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一般的に普通な転校生

「何がなんだかさっぱり分からないよ」

 廊下に出ていた当夜が月見野に話しかける。

「まあ、当夜の後ろの席におもむろに机が置いてあった時点で、あの事態は予測できたことだろ」

「おもむろに」とは何だろう、と当夜は思う。いや、そんなことより、自分があの机に意識を向けなかったことこそが一番不思議なわけだが。なぜか当夜は自分が一番後ろの席だと錯覚していた。


「それに、九段下小町が隣の席だったことの方は一切予測不能だよ」

「ははは、それもそうだな、精々怒らせないように頑張ることだ」

 当事者ではない月見野は悠々としている。当夜にとってはかなり深刻な問題なのに。当夜はそう思うと同時に、「怒らせないように」の部分が心に引っかかった。


「怒らせないようにって……」

 それも、あの時偶然出会った小町は、口調こそ普通ではなかったものの優しかったのだ。もちろん、あれは当夜が悪かったわけではないのだからあのような待遇を受けるのは当然といえば当然なわけだが、怖いイメージばかりが先行していた当夜には驚きだった。


「そりゃ、変な気を起こして告白でもしようものならひどい目に遭うわけだよ」

「まあな」

 ……当夜は、自分の言いたいことを秘めて同調を選択した。「あの時は優しかった」というのは、開示するような類のものではなく自分の心に留めておくべき事柄に思えたからだ。


「一つエピソードを述べると、一年の頃に彼女に告白をしようとした同級生が、屋上に彼女を呼び出すと、『決闘でもするつもり?』と圧力をかけられた挙げ句、しどろもどろで告白したら『今の時代は良いな、鏡なんか見なくともスマホをみんな携帯しているのだから。試しに自分の顔をカメラに通してみるといい』と言われたそうな」


「……そりゃまたスパイスの効いた断り文句だこと」

「最早単なる人格否定の域だがな」


「まあ、とにかく振る舞いには気をつけたほうが良いだろうね、健康的な学生生活のためにも」

「……ああ」

 気にかかる所を残しながらも、当夜はそう答えた。

 気にかかる、なんて言っても別に何かミステリーが秘められているわけでもない。存在している事実は、たまたま当夜と初めて出会った時の小町の印象が、それほどきつくなかったというだけだ。


 しかし当夜にはそのことが、単なる事実以上の意義を持っているように感じられた。


 チャイムが鳴る。それと同時に月見野は「あらら、もうこんな時間か、ほら、行くぞ、」と言いかけ小走りで教室に行く。

 廊下の奥へ遠ざかり始めるその姿を追うまでに、当夜は少しだけ時間が必要だった。

 自分の踏み出した一歩目が、素っ頓狂な足音を立てていたように当夜には聞こえた。


 教室に戻ると、生徒達は一様に起立していた、今にも礼をしようという直前だった。

 扉を開ける音で、後ろ側の生徒数人が当夜の方を見たので少し恥ずかしい。しかし小町は後ろ側の席であっても当夜を一瞥するようなことは無かった。


 当夜はその場で礼をして何千回も繰り返されてきた儀礼に従うと、他の生徒に溶け込むようにして自分の席まで移動し、そして座った。


 ガイダンス程度で特に中身のない授業はとても楽である。別に聞き飽きた話だというわけでもないから退屈もしないし、かと言って脳が疲れるような作業は必要ない。

 後ろの席に座っている「まち」は、やっぱり静かだ。とはいえ、授業中なのだからそれは当たり前だな、とやっぱり気付く。そう感じてしまうのは、それだけ寡黙そうな印象が見た目から醸し出されていることの証左なのかもしれない。


 右隣の席の小町もいたって大人しく見える。やはり授業中なのだからこれも当然だが。

 少なくとも、噂に聞くような悪女的存在の小町の姿はそこにはない。悪女と言っても小町は男たらしをしているわけではなく、単純に恐ろしいだけなのだが。


 なんだかこれから起きる学生生活が、平穏無事であるかのように錯覚してしまいそうだった――



「と、当夜くん」

 当夜は後ろから自分の名前を呼ぶ声を聞いた。その声はとても控えめで、自分のことだと認識するのに時間がかかる。


 授業が終わった直後のことだった。弛緩した意識の中に、突然異物が紛れ込んできた。尤も当夜はそれを敵視しているわけでもないが。


 自分のことだと気付いてすぐに、声の主が「まち」であることにも気付いた。

 そして当夜は後ろを振り向く。やはりメガネをかけた地味な女子生徒の姿がそこにはあった。


「えっと、突然話しかけちゃってごめんね、びっくりした?」

 見た目の印象通りやけに腰が低い。噂に聞く小町の存在を思い出した後だと、天使のような態度にさえ思える。そんな気がしたので、当夜は心の底から安堵して答えた。

「いやいや、そんなことはないよ、話しかけてくれてありがとう」


「話しかけてくれてありがとう」はなんだか不自然な気が自分でもしたが、「まち」の方はそれには構わなかった。

「えっと、私、もちろんだけどこの学校に知り合いなんていないから……。しかもなんだか席も沖ノ鳥島もびっくりの僻地だし……やっぱり当夜くんとはこれからも仲良くしたいなぁ……と」


 初対面の女子にこれだけ言われて嬉しくない男なんていない――っといけない。別にこれは自分が評価されたからこんな風に言われているわけではないのだ、と当夜は気を引き締める。

 というか寡黙そうな印象の割には言葉回しが少し独特だな、と当夜は思った。


「うん、そういうことなら大歓迎だよ、僕だってそんなに知り合いは多いわけじゃないしね」


「今の高校生はぼっちへの圧力が必要以上に強いからね……といっても昔は弱かったというわけでもないだろうけど。共同体意識とか色々あっただろうし。それじゃあぼっちコミュニティーでも作ったら良いのかな」

「いやまあ、それはもうぼっちでもなんでもないだろうけどね……」


「今でこそ私はこういうキャラづけでいるわけだけど、人間なんてそんな一面的なキャラで表せるわけじゃないしなあ……いっそのこと明日からギャルにでもなって見たら、転校生という希少さも相まって注目されるのかも」

「えっと、まち……さんは中々面白い話をするね」

 どういうわけかこういう口ぶりの人間には当夜は親しみが持てた。


 しかし、当夜の頭には重大な疑問が浮かんでくる。

 それがどんな意味を持つのかを考える前に、当夜はその疑問を口にした。


「そういえば、どうして僕の名前を?」


 そう当夜が言うと、「まち」は沈黙した。

 今までほとんど気にならなかった周りの生徒の話し声が聞こえてくる。

「まち」の表情は心なしか切なげだったが、それが元々の表情なのか、あるいは感情の現れなのかは、当夜には知る由も無かった。


「うん、座席と名前が掲示されてあったから、それで」

「あ、ごめん、ちょっと用があるから失礼するね」


 そう言うと、「まち」は足早に去っていく。


(転校直後だし、周りの人のことが気になってわざわざ調べた、ってことなのかな)

 この時当夜は何の疑問も抱かずにそう考えていた。


 隣の席に座っていた小町は、授業が終わった後からずっと顔を伏せていて、外界との接触を絶っているようだった。


 この時の当夜にとってはこの教室は平穏が流れる場所でしか無かった。

 窓の外からうっすら見える桜の木が、自分の存在を必死で見せびらかしているかのように屹立していた。

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