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我慢の限界

 二人は指定された会議室に着く。

 普段の教室の戸とは違う、前後に開くドアに手をかけると、その奥の人々は皆怪訝な目で二人を見た。

 

 当夜には分かっていた。おそらくこうなるであろうということは。

 結局の所、自分がいくら小町と仲良くなろうと、距離を縮めようと、小町が皆から遠ざけられているという事実がそう簡単に変わるわけじゃない。

 

 だから、しばらくはこのままの状態が続いてしまうのだろう。それも仕方がない、と当夜は思った。

 だが、当夜には余裕があった。少なくとも、今の当夜には、その宝物の価値がしっかりと分かる。だから、たとえ周り全員がそれをただの石だと言おうと、自分が分かっている分だけの余裕があった。

 

 誰か一人にでも分かってもらえるのであれば、きっとそれは捨てられずにとって置かれるだろう。そうすれば、いつか、その価値を分かってくれるもう一人は現れる。

 

 生真面目そうな生徒たちが部屋を一周四角に取り囲む大テーブルに掛けている。全クラスから代表が集まるので、収容人数は結構多く、見慣れない景色が広がる。

 皆、規範をしっかり守りそうな人間だ。物腰も普通の生徒に比べると心なしか柔らか。リーダーシップを発揮するような人物も多いだろうけど、無駄にその労力を使おうとはしないのだろう。

 

 とはいえ、所詮は生徒同士の集まり、この部屋の中には、特に会議室らしい緊張感が張り詰めているわけでもない。談笑に興じている生徒も多い。

 唯一違和感があるとすれば、それは小町が存在しているせいで変わってしまったひとつかみの空気に違いない。

 

 当夜と小町は自分のクラスの席に腰掛ける。窓際の、扉から一番遠くにある席だった。なんとなく部屋全体を見渡しているような気分になる。もちろん実際にはどの席にいても部屋全体を見渡すことは可能なのだが、真正面に出入り口を見ているせいか、なおさらその感覚が強い。

 

 だからこそ、余計に人の動きが気になった。

 当夜も、いつまでもふやけた顔をしているわけにはいかなかった。そして小町もまた、いつかどこかで見たことのあるような真剣な表情をしていた。

 

「ねぇ、あの人って噂の女子だよね……?」

「なんで学級委員になんかなったんだろうね?」

「隣の男子はどう思ってるんだろう」


 声を抑えたヒソヒソ声も、嫌というほど耳に入ってしまう。当事者であるせいか、敏感さが増しているのかもしれない。

 まあ、気にし過ぎるのも良くないだろうか。

 

 ややあって、会議らしきものが始まる。

「それでは、第一回学級委員会を始めます」

 仕切っているのはおそらく去年の学級委員長だろう。通例学級委員長は二年が就任することになっていて、そういう人間は大抵次の年度も学級委員を続けることが多い。

 

 まず、話は今期の学級委員長決めから始まる。と言っても、どうやらこの界隈の人間には誰がふさわしいのかという共通認識があるようで、二年から出た一人だけの立候補者が選ばれて終わった。

 

 その後は、多少の行事予定やら仕事の話を新委員長経由で聞いた後、一部のやる気のあるクラスがくだらない提案を述べて終わった。特に議決だとかそういうものはないので、その手の意見は自然と流されるか、「じゃあ各メンバーともクラスで周知しておいてください」で終わった。提案というのは、大体真面目くさった規範のことだから、適当に周知しておいてくださいという対応がふさわしい。

 

 そうしてあっさりと学級委員会は終わる。やっぱりこんなものか、と当夜は思った。結局の所、学級委員っていうのは象徴的存在に過ぎないのだということを再実感する。

 それなら、この場も特に目ぼしいことも起こらないままに丸く収まるのだろうと思った。

 

 解散が宣言されると、参加者達は脱力モードに入ってまた私語を始めた。

 そんな他愛のないものにまで、普通は耳を傾けるものではないだろう。赤の他人の与太話に興味を示すのは、よっぽど特異な人間だ。

 

 だが、当夜にとっては聞き過ごせない言葉もあった。

 

「今更になって良い子ちゃんするなんて、一体何がしたいんだろうね」

 誰かが、小声でそう話すのを耳にした。

 

 当夜は人の流れに従って会議室を出る。そうした瞬間に、あの場ですぐそう発した人間を追及しなかったことを後悔した。

 理性的に考えれば、声しか聞こえなかったのだし、追及というのも現実的ではない。でも、心のどこかであの場で大声を張り上げて無理やりにでもそう発した人間を引きずり出すべきだったんじゃないかと思ってしまう。

 

 そもそもあの言葉が小町に聞こえていたかどうかも分からない。小町が傷つかなければ、本来はそれで良いはずなのだ。悪いイメージをもたれているのは仕方がない。大切なのは、今この瞬間に致命的な傷がつくのを避けること――

 そう頭では分かっていた。だが当夜は本能的にその中傷を拒絶した。それが自分のことにように嫌だった。

 

「なあ、小町」

 この時ばかりは、当夜は呼び捨てで小町を呼んだ。

「……どうしたの?」

 対して小町も並々ならぬ気配を感じて真剣な表情で答える。

「ちょっと付き合ってほしい」

「分かった」


 当夜は、一旦荷物を取りに教室に戻ると、一直線に校舎から出ようとしていた。小町は何も言わずにそれに付いていく。

 校舎を出て、すぐに見える噴水はもう茜色に染まっていた。

 

「ここから南側に少し歩く。構わないか?」

「うん」

 そして当夜は南側の通りを少し歩き、途中で脇道に逸れて、南方向に伸びる木々に囲まれた小道に合流する。それはついこの間、和光と一緒に歩いた道だった。

 

 その道を抜けると、開けた視界に見える大きな川が、夕焼けの光に照らされていた。

 

「少し落ち着いて話がしたかった、学校からは離れて」

 川の土手に伸びる道から少しだけ離れた所に、二人は並んで立っている。

 当夜は立った状態のままで話し始めた。

 

「ごめん」

 当夜がそう発した直後に、小町は当夜の隣に追いつく。

「僕はもう……我慢できそうにない……」

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