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変態!変態!!変態!!!

 今日は例の学級委員会の日だった。

 別に、それ自体は何も特筆すべき点ではない。ただ真面目くさった生徒の代表が集まって、学生にしては妙なくらい真面目くさった意見を言い合って、それを何の意味もなしていないホームルームの場でさらっと報告する。ただそれだけの場だ。

 

 先生からもらったプリントによると、開催時刻は放課の後三十分程度余裕を持ってあるらしい。確かにギリギリの時間設計をすると間に合わない生徒が出てくることも多い。困ったことに、ホームルームの長さは各クラスで全く違うからだ。

 

 だからといって三十分というのは少し時間が長すぎる気はする。

 それで、その長い時間があるとどういうことが起きるかというと。

 

「……」

「……」

 二人きりの教室、という状況は本来そう安々と生じるものではない。それも放課後が終わった直後など、大抵誰かしらの生徒は残っているものだ。


 暇を持て余した二人は、また先週と同じように隣同士の机に座って待っていた。

 正直な所、気まずかった。それはお互いに。

 気づかない間に、二人の距離感は変わってしまっていた。それは近くなったと言うべきか、遠くなったと言うべきか難しい。

 

 完全に無視を決め込まれるか、それともほんの少しだけでも反応をしてもらえるか、そんな賭けをする心づもりでいた当夜にとっては、完全にあてが外れている。

 妙な言葉をお互いに交わしてしまい、自分の口からも変な意味深な台詞が出てしまう。それは自分の本心ではないと必死に隠蔽してみても、やはり態度にどこか現れてしまうのだった。

 

 いや、それでも――当夜としてはやるべきことは決まっている。そう、少しでもこの距離を縮めることが正解なのだ。

 ――それは誰のために?……小町のため。


 唐突に、当夜は今までの自分の行いを頭に浮かべる。とりわけ小町と相対したときの自分の態度のことだ。

 なんというか、自分から見ても大変笑えることをやっているような気がする。変なキャラクターを演じている気がする。――いや、これがもしかしたら自分の本性なのかもしれない。なんてことは今まで何度も思ったし、これからも疑問だ。


 そんな自省と、何か喋ってこの場の空気を変えなければという使命感が同時に当夜にやってくる。

 そこで当夜は言った。

 

「あのさ……僕ってなんだか変態みたいに見えない?」

「その通りよ」

 小町は黒板の側を向いたまま視線を動かさずにそう言う。即答だった。

 

 僕は何を口走っているんだろう、と当夜は思う。よりにもよって地雷のような話題に足を踏み入れてしまった。――いや、何も間違ったことは言っていないのだけれど、残念ながら。

 ――もっと無難なやつがあっただろうに。今日は良い天気ですね、とか、今日の昼食は何でしたかとか。好きな食べ物はなんですか、とか。


(いや、やっぱり絶望的につまらない、僕の発想は)

 もうこのキャラに徹した方が小町の注目を集められるのは必至だった。そう、この変態大権化の柊凪当夜、そう、自分なら――


 今日の下着の色は何?あっ、言いにくかったら片方だけで大丈夫だよ――(優しさアピール)

 お風呂に入ったら最初に洗う場所は?あっ、言いにくかったら実際に触ってもらえれば大丈夫だよ――(紳士アピール)

 

 ……

 

 最早当夜は自分の発想が怖かった。元来真面目な人間である当夜は、既にして変態的発想に侵食されていた。やはりこれが彼の秘めていたポテンシャルだったのだろうか。

 ――もう少し当たり障りのない部位……もとい話題にしておくべきだ。うん。

 

「いや、大体二人きりになったタイミングで『あなたに踏んでほしいんです、どうかよろしくお願いします!』はないでしょ……」

 自分の机に身を沈めながら、呆れて小町は続ける。

 

 当夜としてはそこまで言った覚えはない。明らかに脚色されていることに抗議を表明する。

「いや、そこまでは言ってないから、踏まれたかった憧れの人だって伝えただけだから、まだセーフだって」


「ほら、自分で白状した」

 汚物を見るかのような目で小町は当夜を見てくる。今日初めて目が合う瞬間だった。どきどき。

 

「いや、一応自分の名誉のために弁解したいんだけど、別に踏まれることに何か執着をしているわけではないからね?僕はそういう性的倒錯とは縁の遠い人間だから――」

 やけに早口で焦りながら当夜は続ける。両手を左右に振って必死に否認ポーズ。

 

「なるほど、そっか、なんか当夜のこと誤解してた」

「そうそう、誤解なんだよ」

「つまりなんでもありってことね?」

「そうそう……ん?」


 また蔑むような視線を小町は送る。

「う、うわぁ……、それはちょっと……」


「それは言葉の綾でしょ、いやちょっと!!」

 なんだか自分の変態扱いが必要以上に加速してしまったことに当夜は立ち上がって抗議する。本来は小町のためを思った純粋な行動がきっかけだったのに――確か。

 

「うわ、近寄らないで!変態!」

 か弱い女性のふりをした迫真の演技を披露する。いや、そもそも見かけにはそうとしか見えないわけだが。


 小町が条件反射的に当夜から身を引いた所で、当夜は深刻に心にショックを受けた。凹んで自分の机に頭を打ち付ける。多分釘でも置いておけばワンストロークではまっただろう。


 本当にドン引きまでされてしまうとまだ耐えられないようだ。変態の呼称を本当の意味でご褒美だと思えるようになるにはまだ遠い。

 

「いやー、ごめんなさい、ちょっとからかってみたくなっただけだから」


 小町は当夜の背中をさすってやる。「よ~しよ~し」と。ここで発揮される溢れんばかりの包容力。……小町は自分の意思次第でどんな存在にもなれそうだ。

怖い怖い女にも、思わせぶりな悪女にも、か弱い乙女にも、お姉さんキャラにも、ひょっとしたらイケメンとかにも……?


 小町は、伏せている当夜の耳元にまで顔を寄せる。本当に至近距離まで寄る。この二人きりの教室の中に、さらに閉塞された二人の空間を作るがごとく。

 その距離は、当夜自身が一番深く感じていた。当夜は当然、その姿が見えていない。しかし、視界が真っ暗に染まったことがかえって自分の触覚を尖らせる。吐息を感じた時、当夜の耳は真っ赤になって、当夜は飛び上がりそうになるのを必死でこらえていた。

 

「本当は分かってるからね、ありがとう、当夜」

 

 決定的な言葉だった。

 いままでやってきた演技のような振る舞い――多少本性は混ざっていたとはいえ。それを暗に見透かしているという趣旨の言葉。

 

 心が震えた。嬉しさ、緊張、後悔、そんな感情がないまぜになったような周波数を感じる。

 分からないし、相手が本当にそういう意図だったのかもまだ定かではないけれど。

 でも一番には、「届いた」という感じがした。それは、ある種、感動というべき感情だった。

 

「さ、そろそろ学級委員会の時間だよ?」

「変態さん」

 小町は最後に余計な一言を付ける。今度は柔らかい声音の変態コールだった。

 優しいな、と感じた。

 こんな茶番のような劇に意味を見出して、小町は付き合ってくれた。

 

 当夜は顔を上げる。本当にごくごく近くまで当夜に寄り添っていた小町は、驚いて少しだけ身を引いた。そこに動揺が無かったと言えば、嘘になるだろう。

 

「小町さんが僕の名前を呼んでくれるだけでも、僕にとっては最上の喜びです」

 だから、もう少しだけ続けることにした。

 そしてこの言葉は、別に嘘だというわけじゃない。

 

「うわっ、それまんまストーカーの心理だけど、自覚ある……?」

 楽しそうな表情で、当夜と横並びに歩き始めた小町が言う。

 

「はいはい、それじゃあ、おいおい自覚していきますとも」

 当夜もまた、楽しそうに笑った。

 

 静かに伸びていく廊下の奥まで、楽しそうな談笑の声は響いていただろうか。

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