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ギャップ萌え

 あれから、カレンダーは週末をまたぐことになった。

 あの場面に「あれ」という代名詞が付けられてしまうこと自体が、なんだか重大ではあるが、それは仕方の無いことだろう。

 

 月曜日、なんとも言えない思いで、惰性のままに学校の最寄り駅まで到着する。後はおしゃれな学園通りを歩けばすぐに学校まで着く。

 人の流れに乗りながら改札を出る。この行動パターンにも、いい加減慣れていた。

 

 洒落た町並みに合わせてか、駅舎も中々に洒落ている。まだ開店時間ではないが、エキナカの店舗の小綺麗な装いは外からでも見て取れる。きっと照明が付いて、暖かい色で店の中が照らされれば、より雰囲気が出てくるのだろう。

 

 そう、雰囲気というやつはとても重要だ。それは、別に何か役に立つものを生み出しているわけじゃないけど、人間の気分ばかりか、しばしば行動まで操っているようだ、と当夜は思う。

 

 駅の南口のロータリーに一歩足を踏み出し、何気なく弧を描く歩道全体を見渡す。見渡して、視線が再び自分の正面に戻った時、ようやくその姿に気がついた。

 

「あ、当夜、おはよう~」

 手を上げて、朝にふさわしい眠そうな声で当夜に手を上げてくるその姿には、見覚えがあった。万智だ。


 ……いや、別にふさわしくはないのだろうか。――それにしてもこういう様子の万智は意外と――なんてことが頭によぎった途端に当夜は罪悪感を覚えてその思考をシャットアウトする。


「おはよう、万智、その……今日も待っててくれたのか?」

 それはただ待ってるというだけではなく。わざわざ自分の家とは反対方面にまで足を伸ばしているということ。……どうせ学校が中間地点なんだし、そこで会えばいいじゃないか、という意見は尤もだが、いささか趣に欠ける。

 

 ――そう、やはり幼馴染とはいえ女子と通学路を共にするということのこの高揚感と言ったらいかに……

 そんなことを当夜は思ってみて、いつの間にか自分が変な方向に進化を遂げているように感じる。女子とは縁が無かった時代の硬派マインドを取り戻す旅に、数秒間だけ旅立つことにした。

 

「うん、昨日ちょっと夜更かししちゃったし、今日はちょっと早起きだから眠いよ~」

 そして当夜はこの喜ばしき世界に戻ってきた後で、そんな小町の言葉を聞く。

 実際には硬派マインドなどどこにも存在しなかったようで、頑張り屋の小町のことをただ嬉しそうに当夜は眺めているだけだった。

 

「ありがとう、嬉しいよ……」

 最近、当夜は努めて自分の本心を包み隠さないようにしている。もちろんある程度ビブラートに包まないと、少し問題になりかねないのでそうしているが。

 ――いや、そんな高らかに歌い上げたら恥ずか死してしまう。オブラートオブラート。

 

 それもこれも心を閉ざしている小町のため。自分が手本、という心構えで当夜は日々を過ごしていた。

 最近では少しだけ距離が近くなったような気がしていたが――今度は別の意味で距離が遠くなってしまったような気がする。心は少しだけ開いてくれていそうだったが。

 

 感謝の言葉を聞いた万智は、まだ眠気が残っているのか、控えめながら嬉しそうに笑った。そのふわふわとした表情を見て、当夜も心安らぐ。

 いつもは優しさの中にもほんの少しだけ固い印象が残っていたから、今日の万智はいつにも増して可愛らしく見えた。

 

 ――多分、眠そうなのが好印象か。新たな趣味の息吹を当夜は感じる。

 

 否。

 

「いや、そういうことじゃないよね!?」

「えっ?どうしたの?」


 ――いけないいけない。最近自分の思考にリアルに声を上げてしまいがちな当夜は内省する。

 しかし、それはそれ、これはこれ、今目の前に広がっている問題は、大変重大な……

 

「万智、眼鏡はどうしたの?」

 

 そう、いつもと雰囲気が違って見えるのは、眠そうだとかそういう問題ではなく、眼鏡が無いせいだ。

 眼鏡がない万智は、いつもよりも随分と柔らかく見える。眼鏡があることがマイナスというわけではない。それでも、やっぱり男というものはこういう落差にグラっときてしまう。

 

「あれ?そっか、当夜にはまだ見せてなかったっけ。私、たまにコンタクトにしてるから」

 初耳だった。して、その「たまに」というのは?

 

「それじゃあ今日のたまにファクターは何だったの……?」

「うーん、当夜に会うつもりだったから……かな?」

 ――眠いと言いつつ、結構面倒なことをしてるじゃないか……いや、コンタクトが面倒なのかどうかは、未経験者の僕は知らないけど。

 

 そして当夜がそう思った後に遅れて心の中に衝撃が来る。

 ドキドキせずにはいられない思わせぶりな台詞。そして、いつもと違う印象に自分の目の前にいる女性は本当に幼馴染なのかという(良い意味の)懐疑。少し恥ずかしそうにはにかみながら笑う表情。

 

 これは一発KOだった。当夜は本当に一発かまさせたかのごとく顔を抑えながら中二ポーズで悶々としてみせる。

「うん?大丈夫?当夜?」

 そしてこんな時には幼馴染面をして自分に寄ってくる。もうダメかもしれないと当夜は思った。

 

「大丈夫……だ」

「そう?ならいいけど……」


 揺れる当夜の気持ちなどいざ知らず、純粋に心配をしている様子の万智だった。

 最近オーバーリアクションが板に付いてきた当夜は、その反動か、慎ましやかに万智に歩調を合わせて学園通りを歩き始めた。


「その……私驚いちゃったよ」

 肩を並べて歩く二人。それが自然なままで許されるだけの絶妙な距離感に、当夜は思わず意識を向けてしまう。幼馴染という言葉が、なんだか都合の良い時ばかりに発動されているような気さえしてくる。もちろん当夜としてはやぶさかではない。本人は必死にそれを否定しようと内心と格闘しているが。

 

「まさか当夜が学級委員になるなんて」

「ああ……」


 並木通りはすっかり新緑に染まっている。外を吹く風が穏やかで、緑色の息吹は優しげだった。

 そんな様子に思いを馳せながら、当夜はしみじみと答える。

 変わってしまったなあ……という感情。それを自分にぶつけることになった。なんだか変な響きだけれど。

 

 そして自然な流れで万智の方に振り返り直すと、そこには肩を心なしか自分の方向に下げて頭を寄せている可憐な少女が一人。

 ――いや、幼馴染って仲の良い友達みたいなものだから、好奇心を持って話を聞くというのもごくごく自然なことだ。うんうん。


「それで、小町さんとは良い感じなの?」

 万智がにやにやとしながらそんなことを嘯く。


 そして当夜はすぐに反応した。

 

「他の女の話を今ここでするわけ?」

 言った直後に、「これは男が言う台詞じゃなかった……」という重大な事実に気が付いた。

 いや、もっと言えば、一番問題なのはこの言葉が目の前の「女」を意識しているということと表裏一体であることなのだが……

 

「ごめんなさい、今は当夜のことだけを見ることにします」

 万智は面白がりながらそう言う。そうなると、話が余計こじれてくるではないか。


 つまり、整理すればこういうこと。

 万智は当夜のことを意識しているけれど、小町のことを意識する可能性もあるから、当夜にそんな話題を振ると当夜の嫉妬を受けてしまう、と。

 

 愛の形は人それぞれとはいえ、その先に待ち受けているのは混沌でしかない。いや、もちろんこれは戯れでしかないが。

 

「いやいや、そういうことじゃなくて、立場が逆じゃないとおかしな話になるから」

「えっと……それじゃあ……」

 そして万智は微笑みかけて。

 

「私のことだけ見ていてください」

「えっ、そっ、その~」

 当夜はどうやら本気で動揺している様子だ。


「一応、確認しておくけど、これ冗談、だからね?」

 なんとも言えない当夜の反応に、思わず万智は横槍を入れる。

 

「いや、まあ、それはそれでありではあるけど……」

 そしてごく小声で万智は呟いた。

 それは、当夜に声を発したという事実さえ認識させないほどの、小声で隠匿されていた。

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