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甘さの口実

 また明くる日の放課後のこと。

「小町さん、ちょっと良い?」

 人目を気にしてか、小町は無言で当夜の方に振り返る。「今日も美しいです、小町さん!」などという言葉が当夜の頭の中に即座に浮かんだ。

 

(なんか自分で作ったキャラクターに脳まで飲み込まれそうだ……)

 そんな憂慮を自分の頭の中で処理しながら、完全に当夜と向き合う格好になった小町にピントを合わせる。

 

「来週の学級委員会のことで、ちょっと相談したいことがあるから、ちょっと今日も残ってもらえる?」


 「今日も」という言葉のわざとらしさを包み隠すこともなく、当夜はそう声をかける。自分がただ小町と話す口実として学級委員の諸々を利用していることは、最早小町に勘付かれても良いかもしれない、と当夜は直感していた。


 だって、意外と乗り気に見えるから。なんなら相手も分かって乗ってくれているだろう。

 ――まあだからと言って、まだ生徒が掃けていないこの段階で、「小町さん、お近づきになりたいので放課後残って二人きりの教室でお話しと洒落込みませんか?」なんて言った所を他の生徒に聞かれたら、大惨事が起こりそうだ。

 

 それに、小町の側としてもそうダイレクトに言われると応じづらいのは想像に難くない。――もちろん、これは自分の照れ隠しでもあるのだが。

 

 ――昨日から気丈に振る舞っているけれど、僕の方だって、ドキドキしないというわけがない。どんな事情があれ、相手はあの小町なんだし、隣の席で寄り添いながら歓談(?)をしているわけだし、それも昨日みたいに二人きりになればあんなことやこんなことを想像する余地も――このくらいでやめておこうか。

 

 小町はごくごく自然に、昨日と同じようにまた自分の席に掛け直す。当夜からすればしめたものだ。――相手に何の疑問も抱かせなければ、そのままに成り行きで既成事実を作ることができる。……今何か自分は変なことを言っただろうか?

 

「それで、今日の御用は?」

 小町が例のごとくクールな口調で聞く。小町は席に正面掛けしたまま、その横顔を当夜に覗かせる。やはり隙のない美しさ。何度みても圧倒され、心を打たれてしまう。綺麗な宝石が放つ光に、気持ちが吸い込まれてしまうかのように、当夜の心はその一点へと集中する。

 

 気が付けば教室には誰もいなかった。二日連続で教室から人がすぐ掃けてしまうことは珍しい。もしかしたらクラスメイトたちは二人に気を遣っている……?

 いや、やっぱり遠ざけられているだけだろう。

 

 だからこそ、いつまでも上の空のままだった当夜に、小町は自分から声を掛けたのだった。あくまで建前上は学級委員の用事。このまま教室の中で二人きり隣の席に並んで黄昏れていたら。それは、――まるで、――まるで、

 

「お互いにそういう雰囲気だとは分かっているもののあと一歩が踏み出せず悶々としながら相手が動いてくるのを待ち続ける両思いの男女みたいな感じ?」


「そうそう、そんな感じ!」


 小町は調子のよさそうな声で、人差し指を突き立てながらそう同調する。その直後に、小町は氷山のように固まった。

 

「……ねえ、なんで私の思考を読んでるわけ?」

「え?なんのこと?」

 当夜としては単に物思いにふけって独り言を発していただけだったのだが。当夜は少しだけ誰得な照れ方をしてみせる。

 

 先程までみずみずしくつり上がっていた小町の眉毛が眉間に寄る。折角の美貌が台無しですよ、と言いたいところだが、これはこれで迫力があって、魅力的――かもしれない。

 

「いや、だから、なんというか……うわ……」

 そうやって心を動揺させている間に、小町は自分が恥ずかしいことをしていることに気が付く。一方の当夜というもの、相手の変化に気が付かない。

 

「……なんでもない、忘れて」

「?」

 当夜は首を傾げるが、小町はそれ以上口を開く様子がない。心無しか自分の方向からはそっぽを向いているように見えるし、当夜は不思議に思った。

 

「ねぇ、何か怒らせるようなことしちゃった?」

「別に」

 小町はいよいよ当夜とは正反対の方向に顔を向けて答える。

「怒っている人はみんなそうやって反応するんだよ」


「うるさいうるさい!本当に怒ってなんかないから!」

 ……本当に怒った。小町は再び当夜に向き直って手振り可愛らしく抗議する。

 小町が突然子供っぽい反応をしてくるせいで、当夜は思わず笑ってしまう。本当は笑ってはいけないところなのに。


「それで……何の話をしてたんだっけ……?」

「ええっと……なんだったっけ?」

「最初に話しかけてきたのはあなたでしょうが!!」

 所詮は口実、当夜はてっきり何の話か忘れていた。

 

「まあいいんじゃない?こうやって楽しく談笑してればそれで」

「良くないし、何の生産性もないし楽しくも談笑してもない」

「全否定されちゃったな……」

 当夜は苦笑いを浮かべて見せる。その様子には若干の余裕。そろそろ小町を扱い慣れてきたようだった。

 

 すると、小町が突然もじもじとしだす。

「でもまあ……こうやって話すくらいなら別に……私は良いんだと思うけど……」

 ごくごく小声で小町はそう呟いた。

「え?なんて?」


 当夜が間抜けにそう聞き返してくるものだから、若干怒り気味に小町は答えた。

「だから、別にあなたと二人でいるだけなら私はやぶさかではないって言ってるの!!」


「へっ!?」

 当夜はやけに上ずった声をしながら、視線を横倒しにする。驚いて飛び上がった足が、自分の机にぶつかってやけに大きな音を立てた。動揺丸見えである。

 ……別に小町の扱いに慣れてなどいなかった。

 

(いや、やぶさかではない、って……これなんかニュアンス違うような……)

 そう思った小町だったが、ここで撤回するのもなんだか不自然だ。故に黙りこくる。とりあえず、誤解の糸の絡まりをいつか当夜が誤魔化しくてくれる瞬間に期待しながら。

 

 そして二人の間には沈黙が広がった。数秒後ごとに重なるお互いの視線が、妙に意味深だ。

 

 ((まずい、これはなんだか変な空気だ……))

 なんだか空気に色が付いているような感じがする。これは……薄い桃色?

 

「「あのっ」」

 煮えきれなくなった二人の声が重なる。そしてまた二人は沈黙に沈む。お互いがお互いに無言で手を差し出した。「お先にどうぞ」の合図だろうか。

 

「べ、別に私があなたと話をしたいと思ってるってわけじゃないから!私はただ付き合っても良いって言っているだけで……用がないならもう帰るね?」

 矢継ぎ早に小町がそう台詞を重ねる。 

 気がつけば小町の姿は風のように一瞬で当夜の前から消え去っていた。

 

 これは……勝ち逃げ?いや、別に勝ち負けの問題ではないけれど。

 それはともかく。

 

「なんだよ、かわいいじゃん」

 当夜は誰もいなくなった教室で一人口にした。その声が意外と堂々としていたせいか、それとも周囲が無音だったせいか、意外と教室の中には良く響いた。

 

 言ってみて当夜は自分も恥ずかしくなる。なんとなく自分の机に顔を突っ伏した。そして今度は自分にしか聞こえない小声で言う。

「別に僕がやるべきことは小町をかわいいと思うことじゃ……僕は心を閉ざしている小町を……」


 そこまで言って当夜は黙ってしまう。そして、考えた。正確には、自分の頭の中を検索した。

 

「それじゃあ、どうして僕はそんなことをしようだなんて思ったんだろう……」

 当夜はしばらくそのままの姿勢でいた。

 

 廊下では、意外に響いた例の声を聞いて、たまらず駆け出した女子生徒が一人。

 

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