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気を衒う

 小町が生じさせた今日随一の空気の振動は、二人を措いて誰もいなくなった教室に強く反響した。小町自身も、自分の出した声が存外響いていることに驚きを隠せない。


 小町の中にもどかしい感情が渦巻く。「黙っているつもりだったのに、口を開いてしまって悔しい」?「素っ頓狂な声を上げてしまった自分が情けない」?「いや、そもそも目の前のこいつから私は逃げるんべきじゃないか?」そのどれとも完全には一致しない感情の束だ。

 

「うん、あのさ、率直に言って、意味わからないんだけど」

 小町、たどたどしくも今日一番の長文を唱える。

「ああ、たとえそうだとしても、僕の思いは真剣だったんだ」

 当夜は開き直ったような真顔でそう言う。

 

「どうしようもない人ね……」

 小町は心の底から呆れてしまう。それは、小町が今日はじめて見せた明確な感情の発露だった。

 当夜はその表情と声音の変化を捉える。


「ありがとう、僕なんかのくだらない……いや、くだらなくはなくて、真剣な話なんだけど……に付き合ってくれて……」

 申し訳程度に「真剣な話」だという体を装いつつ、当夜は頬を綻ばせる。まさか本気で「踏まれたい」なんて……それはありえないだろう……多分。

 

 「付き合ってくれてありがとう」と言われてしまうと、不思議と自分が本当に懇切丁寧に付き合ってあげているような錯覚に小町は陥る。いやいや、そんなつもりではなかったはずなのに。

 

「いや、ただとう……あなたの発言が、あまりにも変態チックだったから」

「ありがとうございます!!」

 ……通訳するなら、「変態」だなんてわざわざ練り上げた言葉まで使って自分との会話に参画してくださってありがとうございます。だ。――決して変態と言われることをご褒美のようなものだと考えているわけではない。

 

「……変態って言われて感謝なんて、本当に変態ね、ド変態、超変態、超ドレットノート級変態。ハイパーウルトラエクストリーム変態」


 小町が絶好調になった。一周回って楽しげ……に見えなくもないかもしれない。両方が。

 当夜の方はもうあえて訂正することはしない。もうこのまま変態キャラで貫いた方が小町との会話を繋げるには都合が良い気がした。

 

「さあ、会話もノリに乗ってきた所で……」

「別にノリには乗ってないと思うけど……」

 先程まで無口だった小町までもがツッコミ側に回るほどの当夜の暴走機関車ぶり。もう誰にも止められないし、事実この教室には当夜と小町以外誰もいない。

 

「その、踏まれたかった、っていうことの具体的内容を話すと――初めてあの校門でぶつかった時にあんな凛々しい口調で声を――」

「ストップ、ストップ、もう、私の負けでいいから勘弁して――」


 心無しか、小町の頬が赤かった。小町は自分の左手右手を気ぜわしく動かしながら、自分の机に突っ伏してみたり(額を天板に衝突させてみたり)自分の方を向いている当夜の視界を遮ろうとしてみたりする。見ているのは小町の方なのだからそれを自分で遮るとは何事かという話だが。

 

 小町は無意識に「負け」という言葉を使った。何と勝負していたか、と問われれば、その答えは「自分」になるのだろうか。

 

「そうか、僕としては小町様への思い入れをぜひともつまびらかに申し上げたいところだったのですが……」

「……やめてね?」

 今日一番の笑顔で小町が微笑む。ここまで「怖いものなんてない」と言わんばかりの肝の座り方でこの場に臨んだ当夜も、この表情を見てようやく怖気づく。

 

「はい……」

「分かればよろしい」

 中途半端に怖い顔をされるより、満面の笑みを浮かべられたほうが逆に狂気じみてて恐ろしい。

 

「どういう風の吹き回しなの?これって」

「これとは?」

 当夜は知らんぷりをして首を傾げてみせる。

「学級委員の件しかり、あなたの本性の露呈しかり」


 変態であることが既成事実化してしまったという点には、当夜は大いに不満を抱いているわけだが、ここは辛抱のしどころだと考える。

 

「……小町の近くに居たかったという点では、あながち嘘じゃないよ」

 当夜はあっさりとそう言った。その声は確かに小声だったが、すぐ隣にいる小町に届くには十分だった。

 そう言った直後に、当夜は自分がとんでもないことを口走っているのに気が付く。

 

「いや、べ、別に深い意味はないんだけど……ただ……」

「文字通りの意味で……」

 文字通りだろうがそうでなかろうが、あまり良い言い訳にはなっていないようだった。

 

「そう」

 小町はまた無表情に戻って言う。

「あなたも随分暇ね」

 プラスともマイナスとも取れない表情で小町が続ける。この言葉を、当夜は一瞬どう捉えるべきか迷ったが、一度前を向こうと決めた自分を貫くことにした。

 

「そうそう、僕は天下随一の暇人、これには古代ローマ人もびっくりだよ」

「古代ローマ人って本当に暇だったの?」

「ほら、奴隷に色々任せてたから家事とかはしなくて良かったし――いやでもそれはそれで色々と興じるところのものがあるのか……」

 当夜は右往左往しながら無駄に困惑する。

 

「そこ、迷うくらいなら初めからちゃんと考えて発言しないと」

 小町が少しだけ楽しそうに笑いながらそう言う。

 

 当夜としては、自分が真剣になるごとに自分の振る舞いがコミカルになってしまうところが少し気に食わなかったが、それでもこれで良いのかもしれない、という言葉をすぐに頭の中に浮かべた。

 

 目の前には小町がいる。それは表面だけにしか現れていないもので、蓋を開けてみればそこには空虚な空間が広がっているだけなのかもしれない。

 それでも、目の前には確かにほんの少しだけ心を開いた小町の姿が見える。そのためであれば、自分がどんなに馬鹿らしい存在になったとしても、それで構わないのだろう。

 

 今まで傍観者に過ぎない自分が、なぜこんなところにいるのだろう、と当夜は疑問に思った。ややあって、自分は傍観者だったらこそここにいるのかもしれないということを考え始めた。

 見栄も活躍も何もなく、ただ馬鹿みたいなことを繰り返しているだけ。それは、ヒーロなんかとは到底遠い存在だけれど。

 

 目の前で本当に大事なものが動くのを見られる、それが全ての本質なのだと。求めているものなのだと。

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