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無力か否か

 万智が教室に戻ってきたのは、昼休みが終わる十分前くらいのことだった。

 先程まで当夜と会食していた月見野は弁当を食べ終わりとっくに自分の席へと戻っていて、当夜の方も昼休みの時間を持て余していた。

 そして教室の後ろ側のドアから入ってきて自分の真後ろに座ろうとしていた万智には、自然と視線を向けてしまうのだった。


 万智が当夜の視線に反応する。だが、愛想笑いのような表情を浮かべるばかりで、肝心のことは何も言わない。

 ――それもそうか、勝手に気にしているのはこっちの方なんだし。

 当夜はそう思うと、重い腰を上げて、万智に話しかけることにした。


「えっと、万智、どうして小町さんと……?」

 当夜は実際に腰を上げて席を立ち上がったので、座ろうとしていた万智は驚いて腰を浮かせた。

「随分と直球だね、当夜」

「他に効果的な聞き方があればご教授願いたい」

 幼馴染であったことが分かってから、当夜も少しは万智に軽口を叩けるようになった。


「まあ、席の近い同性同士だし、私もまだそんなに友達ができてるわけじゃないから、親睦を深めるために……」

 万智はわざとらしいくらいモノトーンな声でそう言う。

 立ち上がってみると、普段はあまり感じないのになんだか相手がものすごく近くに居る気がして、当夜は少し気圧されてしまう。

「そっ、そっか、そうだよね~」


 ……しかし幼馴染であるとはいっても、これだけ時間を経てしまえばやはり心の距離も多少は遠くなる。当夜は妙に緊張してしまって、これ以上踏み込めなかった。


「って」


「なんでやね~ん!」

 当夜がそう渋った瞬間、前方から黒い影が飛んでくる。

 飛んできたのはとてもとても優しい思いやりチョップ。

 肘をきれいな直角に曲げているのが妙にコミカルだ。


「え?」

 そうして万智の手と当夜の頭が触れ合った瞬間、懐かしい記憶が喚起される。

 ――ああそうだ、昔の万智も、よくこうやって……


「いや、そうやって黙られると私もいたたまれない気持ちになるんですけど……」

 当夜が現実に意識を戻すとそこには苦笑いの万智の姿。


「ごめんごめん、いやぁ~万智は昔もこんな風にしてたなぁ~って」

 微妙に抱えていた先ほどまでの緊張を誤魔化すかのように、当夜は明るく笑って見せる。右手を頭の後ろに回して、「申し訳ない」と愛嬌良く表明するような仕草で。


「そ、そう」

 少しばかり恥ずかしそうに万智が言った。


 気まずい空気が流れる。

 当夜にとっての万智は、確かに幼馴染として当夜の目の前に現れているのだが、でもどうしても受ける印象はかつてのそれとは違ってしまうような気がした。


 具体的には、どうしても異性として意識してしまうことを免れない。

 別に今から「学園ロマンス」が始まろうとしているのではない。ただ、あの頃とは伝わってくる息遣いが別のものに感じられた。少なくとも当夜はそう認識してしまうようになった。


「あのさ」

「はい?」

 万智が沈黙を破るように話しかける。対して当夜は、咄嗟に出た自分の返事がどことなく不躾な気がしてそのまま黙り込んでしまう。


「昔の私と今の私、どっちがいいと思う?」

 真剣な声音で万智はそう言った。

「えっ!?……そりゃ、今じゃないのか」

「どうして?」

 少しだけ嬉しそうに、そして照れくさそうに万智が聞き返す。


「……今の万智を見たいから、かな」

 言ったそばから、当夜は自分がものすごく恥ずかしいことを口にしているような気がして、少し言い訳をしたい気持ちに駆られた。

「い、いや、なんか変、かな……ははは?」


「何それ、理由になってないから、ふふ」

 万智は内股で後ろに手を組み、少し俯きながら笑っていた。

 それが控えめな喜びを表していることは、当夜にも分かった。



 昼休みももうまもなく終わる、という所で、教室の出入りも盛んになっている。

 それはつまり、二人の後ろを誰かが通ったり、扉が開閉される音を聞いたとしても対して気にかけない、ということを意味している。


 そして、取り戻した時を暖めあっている当夜と万智の横から、ある刺客が現れていた。


(小町だ……)

(小町さんだ……)

 教室に入ってくる小町を見た途端、二人は沈黙に沈んだ。

 いや、小町が入ってくる前までも沈黙していたのは変わらないのだが、今度の沈黙はもう少し冷たい色合いの沈黙だった。


 そう言えば、結局小町と万智の面会の件について聞きそびれたな、と当夜は思い出す。というか帰ってくる時間がそれぞれ違うって、もしかしたら不仲なのか?なんて当夜は思ってみたりもする。


(結局、大事なことには足を踏み入れないんだよなあ、僕は)

 抱える無力感を呑み込みながら、

「ああ、そろそろ授業だね」

「うん」

 と切り出して当夜は会話を終わらせた。


 ふと盗み見た小町の表情は、少しだけ固かった。

 しかし小町は聡く当夜の視線に気が付いて、当夜に微笑みかけたのだった。

 当夜は照れくさそうにはにかんだ。


 万智もこの光景を、しかと自分の目で見ていた。

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