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万智

 私はそれから、少し意地悪な問いを投げた。

「それで、当夜はどうしたい?」

 そんなこと、一々確認しなくても良さそうなものだ。

 それでも私は、聞いてみたいと思った。


「……ずっと側にいてほしい」


 そう聞いてはっとした。自分の心の奥底までその言葉が沁みるような心地だった。「付き合ってください」なんて言葉が飛んでくるものだと思わずにはいられなかった。そしてそれは――まさしく私が求めていた言葉だった。


 私が涙を流したのはそのときだった。噴水の音が激しいのだから、そこに紛れるだろうと心の底では思っていたのかもしれない。……まあ、実際の所そんなのは都合の良い方便で、本当は涙なんて抑えられなかったからわざと正当化してみただけだ。


「……ありがとう」

「他に何を言われるより嬉しい、期待以上だよ」


「付き合ってください」そんな言葉より、私にとって当夜の言葉はずっと重かった。

 だってそれは、今まで過ごした日々の上に重なった言葉なのだから。


 恋人関係を恥ずかしがる逃げ口上ではなく、本当に私たちのあり方を見つめた言葉だったと思う。

 ――それでも、男女の仲をこれから進めていく身としてはやっぱり少し曖昧で心もとなかったわけで。

 私たちは確かにありきたりな「恋人」という一言で終わらないけれど、それでもこれから深めていく仲はそういう方向性であってほしかったわけで。


 つまり――男と女の垣根を超えてしまう宣言というか――こう深めていくと手垢のついた気恥ずかしい言葉に段々帰着していきそうだからやめておこう。

 とにかく、そんな「証」がほしくて、私はこんなことまで言ったのだ。

 ――このときもう既に初々しい恋人のような浮かれが発生しているのは許してほしい。


「でも、こんなのを言うってわがままかもしれないけど……私たちこれからはもっと…………だから、ね?」


 言葉足らずに誤魔化していたが、正直このときは当夜と話した今までのあらゆるときに勝る恥ずかしさを感じていた。――というか、こう振り返っている今でさえ恥ずかしいのだ。


 そのとき、ぶら下がっていた私の手は暖かな感触に包まれて当夜の方に少しだけ引かれ、その驚きで見開かれた私の目にはだんだん大きく、鮮やかになる当夜の姿がはっきりと映り、少しすぼんだ私の唇には、彼の唇が重ねられた。


 ――自分の顔は自分には見えないが、多分そのとき私は真っ赤になっていたと思う。

 当夜の瞳が物欲しげに見えた。「壊れないように」なんてことを思っていた硬派な今までの態度からは考えられない表情に、私はとろけるような気持ちを味わった。

 ――ここがまさしく公衆の面前であるということを思い出さなければ、どうなっていたことだろうか。


 当夜がやっとのことで顔を離してから、私はこう言った。

「ちょ、そ、そういうつもりじゃなかったんだけど……」


「ご、ごめん、嫌だった……かな?」

 当夜も顔を真っ赤にして言うのだ。――中々かわいらしい所もあるなと思ったが、実際にはそんな余裕のある感情ばかりではなく、本気で当夜にとかされてしまうような激情も含まれていた。


 そこで周囲の視線に気がつく。途端に私はあたふたして、慌てて当夜に耳打ちすると、当夜も同じ状態に陥っていた。

 当夜はその場から去ろうとした。私もそれに続こうと思ったが、一瞬だけ引き止めて、盗み聞きされるわけでもなさそうなのにやはり照れゆえの耳打ちで。


「でも、十分すぎるくらい伝わったから、これでいいよ」

 と言っておいた。

「そ、そうか、それは良かった」

 そのときの当夜はやけに早足だったと記憶している。




 初々しいドキドキ体験を味わって、文化祭も終わり、クラスメイトは教室に一同に会していた。

 そこで改めて小町さんが称賛された。――ちなみに先程の噴水での件についてはクラスメイトには見られていなかったようだ。まあ、すぐにバレるんだけど。


 小町さんも、その称賛を素直に喜んでいるようだった。――それで報われた、なんて考えるのは綺麗事がすぎると思うけれど、それでも私自身だって、小町さんが「幸せ」そうで、その称賛が自分のことのように嬉しかった。


 興奮冷めやらぬ語らいの傍らに立って、夕日の落ちる正門前に立つ感触は格別だった。でもそうやって何でもないように風流心を研ぎ澄ませているようだけど、一方では当夜の方の様子をしきりに伺ったりもしていた。


 ――


 ……私は面倒な女なのだろうか。

 実はあれから少し嫉妬をしていた。

 というのも、思った以上に小町は当夜と親しげに接しているからである。


 当夜の態度は今までと変わらない様子だけれども、今こういう立場になってみると余計に煮え切らない態度を取っているように見えていけ好かない。

 情けない自分が少し嫌になる。自分が特別だという証をもらっておきながら、もやもやした気持ちになってしまうのはみっともない。


 もちろん変わったこともあった。

 小町さんは、前以上にクラスの人気者になった感じだった。今までだって「うまくやっている」という感じまでにはなっていたものの、それ以上に他のクラスメイトとの仲が深まっているように見えた。

 クラスメイトと談笑しながら笑顔を浮かべる小町さんを遠巻きに見ていると、不思議なくらい明るい気持ちになれた。


 さて、これまたとある別の日のこと。

「万智ちゃん!」


「えっ?うん」

「最近、どう?」

 ――なんてことはない社交辞令的な挨拶のようだが、その実小町はかなりにやにやしながら話かけていたので、大方いわんとしていることは察しがついた。


「な、何のことかな?」

「もう、分かってるくせに」

「……多分、普通だよ?」

「その普通が気になってしまうのが人間の性ってやつだよ~?」

 ……小町はこんな人だったろうかと少し疑問に思いつつ、小町の聞き出す態度が面白かったので思わず私は笑った。


「こら、笑ってごまかそうたって無駄だぞ」

「私はお二人に幸せになってほしいと心から願っているんだから――」

「小町ちゃん――」

 そうやって名前を口にするのも、最初は気恥ずかしかったが段々心地よくなっていった。


「それで、それで、どこまでいったの?AですかBですかCですか~?」

「小町ちゃん!!」

 こういう追求をされるとやっぱり困る。――初日でA。以上。

 でも、笑いながらそんな戯れをしてくる小町の顔は好きだった。


 ――


 そして今日の話だ。

 街を一望できる高台の公園に、私と当夜はいた。


 眩しい風景とだけ見てきたクリスマスイブの街並みに、今日は自分達の姿があった。

「周りからは恋人に見られているのだろうか」

 そんなことを思ってみた体験も、今日が初めてだった。


 その賑わいから今は少し遠ざかって、暗がりの側から街灯りを眺める。

 そこは二人の空間だった。

 夜になら、少し大胆になれるような気がした。


 電灯がこぼすわずかな灯りの下に当夜の顔を見る。

 お互いが吐く白い息が重なった。それほどまでに、自然二人は近づいていた。


 結ばれた二人の唇の暖かさ以上に、心から熱さが上ってきていた。


「やっと、一歩踏み出せたんだ」

 万智がそう実感すると、抱かれた自分の体に残る熱はいったん夢のように思えて、しかし寒さがその熱に触れたとき、熱と一緒の現実感が自分の心に包み込まれていくようだった。


 当夜は、万智にこんなことを聞かれた。

「当夜、いま、幸せ?」


 あんなに幸せなキスを交わしたのに、そんなこと確認するまでもないだろうと、当夜は初め思った。

 しかしその言葉の持つ力は決して小さくなかった。


 当夜は思わず他の女の子のことを思い浮かべていた。

 せっかく二人きりでのデートなのに、これは男失格かな、と思いつつ。

 でも自分と相手を包み込む温もりの嘘でないのに頷いて、答える。

「うん、幸せだよ、とっても」

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