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残されたもの

 神妙な面持ちで、万智は気持ちを吐露する。

「私は、何をできたわけでもない、私は、自分の気持ちをアピールしてきたわけでもない」


「……諦めたわけではなかったけれど、でも、そんな程度のことしかできなかったんです」


「でも小町さんは、自分の力で多くのことをしている。ずっとずっと自分の意思と力で当夜の側にいる。そして何より――自分の意思で自分の気持ちを伝えられる」


 小町は万智の迫真ぶりに息を呑んだ。

 

「私には、小町さんの勝ちに見えるんです。私は、私はずっと何もできなかった。小町さんはあんなにも自分で行動していたのに、どうして報われないんだろうって……私……」


 万智はそのことに思いを巡らすと、小町の顔を直視しているのに耐えかねて顔を横にそむける。

 

「ごめんなさい、私が当夜の側にいたいと思っていながら、こんなことを言うのは矛盾してるし、安い同情なんて小町さんには却って失礼だと思うんですけど……」

「でも、小町さんの思いが報われてほしいという気持ちと、私が報われたいという気持ちも、嘘じゃないんです」


「……だから、私は当夜を追いかけられない」

 小町は、その言葉を聞いて安易に言葉を掛けられなかった。

 求められているのは、単純な同情なんかじゃないし、万智と当夜を結ぶための言葉だって、それが正しいかなんて小町には分からなかった。

 

 困り抜いて、小町は本心を告げることにした。

「――それでも、当夜と万智さんが温めてきた日々は決して軽いものじゃないから」


「長い時間を経てきた気持ちの厚みは、外からはその大事さは見えないから」

 小町は自分で言ったその言葉が自分に刺さっていくようだった。

 覆せない気持ちの厚みに触れてきたのは、まさしく小町のこれまでの体験だった。

 

「昔からの万智さんの思いが、そんなに軽いものだと私は思わない」

 自分に刺さる言葉の痛みを乗り越えて、殊勝に小町は続ける。

「でも……」

 万智はまだ寸分だけゴールに達していないかのような表情で眉尻を落とす。

 

「……私ね、私の深くまで入ってくれる当夜が好きだった」

「私は、人とそれなりに打ち解けることは得意だけど、深い付き合いをするとなると、却ってそういう軽い親しみが仇となっているような気がしていたの」

 小町は当夜と出会う前、出会った後の色々な出来事を思い出す。


「でも、私は当夜と出会って、初めて本音をぶつけ合うような体験をしたの」

「だから、とても嬉しかった」

「叶わない気持ちを抱いてしまったのも、それがきっかけだと思うけど……」


「私は、万智さんのことが羨ましい」

「……もちろん、だからって万智さんと当夜の関係に口を出すのは正しくないのかもしれない」

「でも、一つ当夜に教えてもらったことがあるの」


 数歩だけ横に小町は歩いて、少し万智は視線を動かしてそれを追った。

 そして万智の方に鋭く体を向け直す。

 



「人の幸せを願える幸せがあるんだってことを」




「私は、当夜と万智さんに幸せであってほしい、それが、私の今の最大限の幸せだから」


「……これが許されるかどうかは分からないけれど」

「私の幸せのために、当夜の所に行ってくれない?」

 精一杯の力で、小町は声を出し切る。

 穏やかな調子でありながら、力強さのこもったお願いだった。

 

「……これはもっとわがままだけど」

「私は万智さんが羨ましい。私には昔に遡って当夜と接することはできないから」

「どう、かな?」


 小町はその美しい表情の力をねだるような様子に差し向ける。――それは、自分を犠牲にするのに近いことでもあるのに。

 残酷なまでに小町は力があった。

 

 自分の無力さを嘆くばかりであった万智も、小町の言葉に深く心を打たれる。

 小町のその表情に、心を鷲掴みにされる。

 それは、「今まで積み上げてきた時間」という正しさと共に、万智の原動力になっていく。

 

「……うん」

「私、今度こそやり遂げようと思う」

「……ありがとう、小町さん」

 短くそう告げて、万智は屋上から去っていく。

 

「自分の気持ちくらいは、伝えられたかな」

 小町は万智が去った後の屋上でふとそう呟いた。

 

「私の幸せが当夜の幸せであって、当夜の幸せが私の幸せであれば、それに勝る喜びはない」

「……なんて、ちょっと強がりすぎかな」




 万智は屋上へと続く階段から降りて、さらに賑わいのある下の階へと下っていった。

 当然のように、そこに当夜の姿はない。

 それもそのはず、わざわざ探すのを始めた場所に戻る、なんて最後の最後に思いつく手段だろう。

 そう考えると、万智は自分が如何に遠回りをしているのだろうと苦笑せざるを得ない。

 

 ――小町に、「それでも、当夜と万智さんが温めてきた日々は決して軽いものじゃないから」と言われたシーンが鮮明に何度も意識に上ってくる。

 その言葉のことを考える度、自分の内側に潜んでいた気持ちが一層燃え上がるような気がした。

 

 ――自分は何ができたというわけでもない。ただ、思いが報われないという運命に打ちひしがれて、それなのに諦めきれずに(ほだ)しでしかない思いを残した。

 ――でもそれは単なる消極的な理由ではなく、確かに捨てきれないだけの重大さが自分の中にあったからなのだと思う。

 

 身近にいることの大切さを知って、いつからかその人が自分の側にいてほしい、いなければならないというように思うようになって。

 それは確かに素朴な感情ではあるけれど、時が課した重みはとても重い。

 

 ――そんな大切なものさえ大切に扱えなくて、どうするのだ。

 そう自分に言い聞かせながら、校舎のあらゆる場所に当夜の姿を求めた。

 

 校舎をある程度回って、今度は外に出る。

 庭の噴水の所まで行って、どこに向かおうかと四方を眺める。

 すると、視界に入ったのは目当ての人だった。

 

「当夜……」

「万智!探してたんだ」

 ――さっきまで自分が逃げ隠れていたこと当夜は知っているのだろうか。

 

「伝えたいことがある」

「……うん」

 



「僕は、万智のことが好きだ」




 当夜は勇気を持って。

「怖かったんだ、本当は」

「幼馴染の関係が壊れることに、ずっとずっと前から怯えてきた」

「それでも……いや、それだからこそこの気持ちは本物だから」


 噴水が水面を叩きつつける音の余韻が、二人を穏やかな空気に包み込む。

 単純な胸の高鳴りは、二人が経てきた時間の重みを表現するには不十分だった。

 ゆっくりと心の底から湧き上がってくる。

 

「うん、私も、ずっと好きだよ」

「当夜のこと――」

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