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夜の仮面

 ビルとビルとをつなぐペデストリアンデッキの上から、視界の右側に大画面に映し出された広告を見た。左側には駅名の電光掲示、正面にはモノレールの架線がある。

 夜闇に包まれても埋もれてしまうことのない、圧倒的な情報量が好きだった。


 街の大地図が掲示されている駅の正面玄関付近は、多数の人々が行き交っている。

 丁度通勤通学の人たちを満載したモノレールが駅へと入線していった。その間に、背後にあった花壇の植物の葉が風に揺らめいてカサカサと音を立てた。


 人混み、という表現がまさしく的確だと思う。こんなに多くの人がいる中で、特定の一人を探し当てるのは困難なこと。集団としてしか捉えられないくらいの人の山が、次々と目の前を流れていくのだ。

 当夜が立っている場所は、人の流れとは少し外れた場所にある。けれども、後一歩だけでも踏み出せば、その流れに身を任せることになりそうだ。


 一度流れに入ってしまえば、自分では何もできないだろう。


 当夜は意を決してその流れの中に飛び込んだ。そして、自分の意思では追いつくことのできない前方の方に、その姿を発見した。しかし当夜は流れを乱さないような速度でしか歩けないのだ。


 純粋に声をかけようとした。一列しかないエスカレーターの、もう既に一番下の方まで来ているのを一番上から追う。といっても、歩くことはできないのでただ相手の背中を見つめているだけ。


 なんだかストーカーでもしている気分になって、当夜は一人で苦笑いを浮かべてしまう。追っているうちに、自分が異様なくらい相手に執着しているような気分になったのだ。実際の所は、ただ偶然を祝って挨拶を交わそうとしただけなのに。


 エスカレーターを降りて、道幅が少し広くなった所で当夜は人の流れをすり抜けてみる。人の障壁が少なくなると、当夜はすぐにその相手のもとへと追いついた。

「小町さん」

 出会った時のような、恐れとか戸惑いとかが少しだけ薄れている気がした。それよりも重大なことがあったからかもしれないが。


 少し先にある信号が青になって、誘導音が鳴り始めたタイミングで小町は振り返った。

「当夜、か、奇遇だな」

「ええ、奇遇ですね」

 半身で振り返る小町の姿は美しく、勇ましい。

 当夜は率直な疑問をぶつけた。

「どうして学級委員になんかなったんですか?」


「クラスメイトなんだから、敬語でなくても良い」

 またも、噂のイメージとは違う発言が出る。もうそろそろ当夜は噂と実際が異なることに疑問をもたなくなりそうだ。

「そうだな、それをいつかは聞かれると思っていたけど……」

「なんだか、ギャップが激しいですよね」

「ギャップ?」

「ええ、ギャップ」


「噂に聞くとなんだか怖いイメージなのに、実際には結構優しいじゃないですか、小町さん」

「だから敬語でなくても良い」

 立ち話にはそぐわない話を、人の流れを横目にしている。耳に入る足音が、なんだか少しだけゆっくりで、奥で光る青信号も、なんだか長く続いている気がした。

「優しい……と思うのか?」

 真剣な表情を崩さない小町はそう尋ねる。


「思いますよ、気遣いを感じるというか、なんというか……」

「……ありがとう」

 存外素直な所があるのが、少しだけ可愛らしい。普段の顔立ちはあまりに美しすぎて、かわいいだとかそういう上から目線の感情とは無縁だったので、当夜はその感情をより一層強く抱える。


「でもそういう君も、結構あるんじゃないか?」

「結構あるって?」

「ギャップ、とかいうやつが」

 当夜は不思議そうに首を傾げた。

「あるよ、きっと」

 これ以上聞いても答えは聞き出せないような気がして、当夜は不満げに疑問を呑み込んだ。


「あと小町さんって、時々口調とか声音が優しかったりしますよね」

「褒めているのかけなしているのか分からないけど何も出ないよ」

「ほら、少し語尾が柔らかくなった」

 夜の力を借りているせいだろうか、当夜が少しだけ垢抜けているように見える。小町に翻弄ばかりされているいつもの当夜とは一味違った。


「そういう所なんだけどな……無自覚か」

 そう小声で発したのは小町だった。


「それで、今日は何の用事なんだ、高校生が用も無いのに夜出歩くものではない」

「それはこっちの台詞でもありますよ」

「それじゃあ、お互いに不問ということで」

 小町は心なしか少し笑った。


「それじゃあ、私はもう帰る予定だから」

「ええ、また明日会いましょう、小町さん」

「また」とか「明日」という響きは、字面以上の意味を持っているように思えた。


 小町が当夜の方に手を小さく挙げて振り返る。

 そして当夜に聞こえないくらいの小さな声で言った。

「少し違くてもいいのかな……」

 その口調は確かに柔らかかった。


 当夜は、小町の姿が交差点の角に消えた後で、自分が肝心の「学級委員になった理由」を聞きそびれたことに気づいた。


 明日も会わずにはいられない、当夜はそう思いながら、またデッキを上って駅の方面へと帰っていった。

 学園最寄りから一駅離れたこの駅で、今日も当夜は帰りの電車に乗る。


 今日も二度目の帰路となる。

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