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ヒーローノットヒロイン

 幕が下りて、キャストが全員舞台に立ってから再び上がった。今日も大きな拍手が上がる。文句無しの大成功だった。


 ナレーションの成瀬が一人一人の名前を読み上げる。最後に万智や当夜の名前が出ると、拍手はより一層大きくなった。


 最後の舞台上のキャストである自分の名前が読み上げられて、拍手の勢いが少し衰えてきた頃、当夜は右手に持っていたマイクを構えた。


「皆様、多大な拍手を、ありがとうございます」

「最後に、今日の一番の主役の紹介をします」


 当夜はそう口にすると間をおいてマイクを構え直した。

 演劇の盛り上がった勢いのまま、一部の生徒の集団からは「おーっ??」なんて声も上がってくる。


 一般公開ゆえ、そういう盛り上がりが起こることをはあまり期待していなかったが、当夜にとってありがたかった。


 ーー


 演劇が終結する最後の瞬間を、舞台裏の最前線から眺めていた。

 大歓声が客席から上がる。


 当夜と万智さんならきっとうまくやってくれる。

 そんな確信を持って本番を迎えていたが、客からの反応もこれほどまでに良いとは予想外だった。


「脚本の、九段下小町です」

 当夜がそう言うと、舞台裏にいた他のクラスメイトは小町の背中を押す。


「ほらほら、呼ばれてるよ」

「えっ?」

 小町は心底戸惑っていた。

 成功の盛り上がりは小町にとっても本物だった。でもそれは、小町の外にあるものだったはずだ。


「ほらほら」

 されるがままに舞台に押し出される。会場からは万雷の拍手が飛んできた。


 スポットライトの灯りの眩しさに驚く。端に立っていたキャストに誘導されて、小町はそのまま舞台の中央に立った。


 隣には当夜がいた。


「私が始めて小町の脚本を読んだ時、そのあまりの素晴らしさに泣き出してしました」

 当夜のマイクに声を吹き込むと、小町は思わずそちらに振り向いた。


 そこには、勇ましく主役の顔をした男が一人いた。



「私はこのように表舞台に立つようなタイプではなかったのですが、小町に押されて、主演を任されることになりました」


「素敵な舞台に立たせてくれた小町は、この物語のもう一人の主役です。皆様、盛大な拍手をお願いします」


 再び拍手が飛んでくる。そして、今度はステージからも、舞台袖からも聞こえてきた。

 当夜が小町の近くに寄っていく。


「どう、今の感想は」

 そう言って当夜はマイクを手渡してきた。


 勢いのままにそれを受け取る。


 マイクを持つと、会場の奥行きは先程よりずっと深く見えた。


「突然だったので、本当にびっくりしています。私の脚本がこんなに良い劇になったのは、クラスの皆のお陰だと思いますし、当夜と……万智のお陰だと思います」


「重ね重ね、本当にありがとうございました」

 模範的で無難な回答を小町は返した。


 全員が一礼して、そのまま舞台は幕を下ろした。


 時間ギリギリで慌ただしく撤収をして、講堂裏の渡り廊下にクラス全員が散っていく。

 クラスメイトは事情を知っていた一部を除いて、皆驚いた表情で小町の所へ駆け寄った。


 口々に驚きや賞賛の言葉をかけてくるクラスメイトに、小町は愛想笑いを返す。


 当夜も、小町のもとに寄ってくるクラスメイトの集団が少し落ち着いた所で、小町に声をかけた。

「小町」

 小町に声をかけようとしていた他の女子生徒が少し遠慮した。ーー当夜は間違いなく、今日はヒーローであったから。


「ごめんな、突然あんなことをしちゃって」

「ううん、ちょっとびっくりしただけだから……」


「……知ってたんだね」

「咲夜から聞いた」

「そっか」


 自然と二人は、待機場所の教室に向かおうとするクラスメイトの山から少し外れて、人通りの少ない所へ逸れた。


「なんか、放って置けなくてさ」

「どうして?」

 人通りの少ないロビーまでたどり着いて、そんな会話が始まる。


「自分の力の発揮した成果が、自分に返ってこないなんてことが、あって欲しくはないんだ」

 当夜は真剣な表情で、しかし平然とそう言ってみせる。


「小町の力は小町のために使って欲しいと思うんだ。自分の力で他人が報われる、それは確かに素敵なことかもしれない」

「でも、これだけは知ってほしい」


「小町が他の誰かに幸せであってほしいと思うように、小町に幸せであってほしいと思っている人がいるんだってことを」

 そう伝える当夜に一切の怯みは無かった。

 気恥ずかしいとか、そういう感情は今伝えようとしていることへの自信のなさから来る。


 当夜は間違っていないと思った。そう確信していた。……なぜなら、当夜自身が小町に幸せであって欲しいと願っていたから。


「……」

 小町は閉口した。それは、突然舞台でのあんな出来事があり、突然こうして当夜と話をすることになり、そして突然そんなことを告げられたからだ。


 ――ずるいよ。

 ――どうして、そんなに優しい言葉を掛けられるの?

 ――優しさが心に沁みるのは、それが痛いということでもあるかもしれないのに。

 ――いや、かもしれないじゃない。今は確かにそうだ。


「そう、思ってるの?」

 小町は自分の言葉を反則だと思った。

 咄嗟にそう言ってしまったのではなく、それが反則だと初めから認識していた。

 ……それでも、言わずにはいられなかった。――だって、初めに反則をしたのはむしろ当夜の方でしょう?


「ああ、そう思ってる、僕は小町に幸せになってほしいよ」

 当夜はそう断言した。当夜の瞳は真っ直ぐにその輝きを飛ばしていた。

 普段言えないことを口にする、異性に向かう、自分の心の底を恥ずかしげもなく口にする。……でも、何の躊躇もなかった。そんな様子を見て、小町は思った。

 ――やっぱり、私の負けなんだな。


 ――反則して、少しだけ真実を開けようとしたけれど、やっぱりそれは想像通りでしかなかった。


 ――あなたが幸せにするのは私ではないのだということが、その揺るぎない瞳のうちに浮かんでいるのだから。


「うん、ありがとう」

 小町はあっさりとそう言った。

 客観的には心から感謝すべき所を、主観的な事情で少しばかり割り引いて表現した。


「私ね――」

 そう口にしながら、小町は自分で自分に終止符を打つような感覚になる。……でもそれは錯覚でもなんでもなく、確かにそう通りだ。


「私、当夜に出会って――」

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