26. しばらくの別れ
本日、名残惜しくも、帰都の日である。シェラ・ストーナーは、ここを去るにあたりエミリ・ウォールデンを真っ先に思い浮かべた。あんなに張り合いのある人物は、王都にはいない。王都に帰る際にここまで後ろ髪をひかれるのは初めてのことであった。
「シェラ様…」
執事が気遣わしげに、車に乗り込もうとしたシェラに声をかけてきた。この執事はよき理解者で、エミリを思って珍しく寂寥感にとらわれているシェラの心情も正しく慮ってくれているのだろう。
王都へは長距離のため、人力車でなく馬車が用意されている。今まさに車の扉を閉めようとした時だった。
「シェラ!」
心に思い描いていた人物の声。
「エミリ?」
まさか、と思いながらも声の方を振り返る。
「今日が出発の日と聞いて…!」
息を切らしたエミリ・ウォールデンが門の向こうに見えた。少し離れてウォールデン家の車が停まっている。
思わず執事に目をやると、ニコリと微笑んだ。
「知らせてくれたのか」
「差し出がましい真似をいたしました。ここ数日の坊ちゃまのご様子から、お別れの挨拶をされた方がよろしいかと存じましたので、ウォールデン家に連絡をいたしました」
幸いなことに、ウォールデン家の執事ハワードは、あっさりと許可をくれた。どうやらエミリは特に日々のスケジュールがぎっしりの英才教育を施されているわけではなく、かなり自由にさせられているようであった。
ウォールデン家は、この地の古くからの支配者であったが、特に腹芸の不要な家だと言われてきた。竹を割ったようなあっけらかんとした付き合いができることで有名であった。その伝統に違わず、今回の申し入れの際もすぐにエミリ本人に話を通してくれた。真に力のある者は格式を重んじないものらしい。
シェラが馬車から降りて、エミリのいる門まで走り寄った。エミリは別れの挨拶を交わすために息を整えた。
「シェラ、元気でね」
エミリも同じく別れを惜しんでくれているようだ。額にうっすら汗が滲んでいる。
「入学までは、各地を回るの?」
「ああ、ここにはまた二年後に来ることになると思う」
ストーナー家の主だった管理地区は三か所であり、王都とそれらを交互に行き来して、この地区に戻るのは順調にいけば二年後の見込みだ。10歳で学校に通い始めれば、さらに自由度は下がる。
「二年か…長いお別れになるわね。その時にはシェラを驚かせる報告ができるように頑張るわ」
「何か面白そうなことを考えているな。僕もエミリに報告できるような実績を一つ作っておこう」
「二年後が楽しみね。学校は王都内の予定? シェラならきっと王立学校よね」
「まぁそうだろうな。僕はどこでも良いと思っているんだが」
「私は領内かなぁ…。ま、五年後のことはともかく、自由なうちにまた会えるのを楽しみにしているわ。気をつけてね」
「ああ、わざわざありがとう。エミリも元気で」
ふさぎがちだった気分が、浮上していた。執事の読みがあたった形となり、意外と単純な自分に気付かされる。
自分の中ではエミリとの別ればかりがクローズアップされていたが、エミリの方は何か大きなことに取り組もうとしているらしい。それなら自分も、今できることに着手して、エミリに再会したときに恥ずかしくない実績がほしい。
何か意気込んでいる様子のシェラを見て、執事は心中でエミリを拝んだ。いくら変わり者と言われていようとも、シェラの心を動かしてくれるエミリは、この執事にとって良い影響を与えてくれる有り難い存在であった。
馬車は憂鬱な雰囲気を払拭し、揚々と王都への帰途についた。
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シェラは揺れる車内で思索にふけった。
次男坊である自分は、王都の本家ではなく、各地の王族直轄地のいずれかの地区経営をしたいと考えていた。だが、能力者であると判明したからには、名ばかりの領主となって能力者としての務めを果たすことに邁進しなければならない。そのはずであった。
それは何もおかしなことではない。ただ、自分はエミリと出会ってしまった。エミリの考えに触れてしまった。そして、エミリの考えに同調した。
これまで、優秀だ逸材だと言われてきた。自分もそのように感じていた。だが、エミリに会って考えを改めた。自分はただ他の子どもより少し成長が早いだけに過ぎない。後数年もすれば周りの成長もすぐに追いついてくるだろう。そうなれば、自分は優秀でもなんでもない平凡な人間となるだろう。エミリは違う。エミリは、常識を打破する。
次に会うとき、彼女と対峙しても胸をはっていられるためには日々漫然と過ごしてはならない。能力者としてのみ人々に尽くし、身を捧げるのでは不足なのだ。自らを積極的に向上させなければならない。
王都に戻ったら、父に一つ願い出よう。次の管理地の観察で、地区経営の実務を学びたいと。
幼少時の「賢い」って、多くの場合は先取り学習ができているかどうかっていうことだと思うんです。
今までで一番驚いたのは、未就学児で中学卒業レベルまで叩き込まれていた子。親の信念というか執念というか。
さて、次は近日中に更新します。
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