20. 二度目の訪問
今日はシェラのお屋敷を訪問する日。
楽しみだけど、しばらくのお別れの挨拶も兼ねてるから少し寂しくもある。
「エミリ! よく来てくれたな」
シェラが笑顔でエントランスまで出迎えに来てくれた。
ちょっと日を置いて再会すると、改めて完璧なお顔の造作だこと。
「お邪魔します。しばらくぶり、元気そうね」
機嫌良さそう。
「今日を楽しみにしていたからな」
それは嬉しいけど。
シェラは人たらしっぽいわね。将来、苦労しないと良いけど。
「私も楽しみにしてたわ。はい、これお土産。紅茶だけど。紅茶は飲む?」
今お気に入りのもの。なかなか良い香りで落ち着くの。ここは紅茶の産地から遠いんだけど、うちでは王都勤めのお父様を介して入手してるみたい。
ところで、この世界のお土産のスタンダードはこういう嗜好品や飲み物に限る。
手土産だとお菓子っていうイメージが日本人的にはどうしてもあるんだけど、それは絶対ダメみたい。
能力者の食事量が多いために、食べ物は家族とだけ共有するものっていう不文律があるの。一般人と同席で食事をするのが難しいし、一般人から見たら驚くべき食事風景になっちゃうしで、食事そのものがタブー視されているよう。
だから、外食という概念もないし、手土産に食べ物というのも非常識なんだそう。
今日焼き菓子を持って行こうとして必死でとめられたのは私です。よそのお宅訪問がまだ二回目の初心者なんだからしょうがないわよね。
街には喫茶店はあるけど、料理屋というのは皆無。こんなに文化的に発展しているのに、料理は発展途上という世界なの。
別に不味いってわけじゃないんだけどね。前世の感覚だけはしっかり残っている身としては、グルメじゃないなぁという感想。
うちはそれなりに丁寧に調理されたものが出されているけれど。
どうも全体的に質より量という雰囲気がある気がする。繊細な盛り付けとか飾り切りとかいったものはないの。食文化が成熟前というか、食は楽しむためのものじゃないっていうか。
「ああ、ありがとう。紅茶は好きだ。早速、後で煎れさせよう。さあ、中へどうぞ」
寸暇を惜しんでくれているみたい。前回の会話で何がそんなに琴線にふれたのかしら。いや、私も楽しかったけど。
付いてきてくれたエマは、また隣の部屋で控えてもらうことになった。
シェラの部屋に入って、手提げ鞄を置こうとしたときだった。
「キュウ」
「え?!」
鞄の中からメルがこそっと顔を出していた。
「あら!」
この子、今朝は見ないと思ったら…。
困ったわね、ひと様の家に連れてきたのはまずいわ。
この世界は、魔獣化の不安要素のために、動物を連れ歩く習慣がない。家で飼育している分には良いんだけど。
ひとまずシェラにお詫びして、エマに連れて帰ってもらうか、預かってもらうかしないと。
「ごめんなさい、言いにくいんだけど、リスを連れて来ちゃったらしいの。ついてきていたとは知らなくて。すぐにエマに預けてくるわ。」
「エミリは動物を飼っているのか?」
「ええ、つい最近飼い始めたんだけど。えらく賢い子なので気に入って。もともと庭にいた子だから安全だとは思うわ。いつも自由にさせているから、部屋にいなくても気にならなくて。鞄に入っていたなんて…策士ね、絶対分かっていてやってるのよ」
正面から連れて行けと頼んでも無理だと知っての強硬策ね。
「そんなに賢いのか」
「うん。意志疎通もかなり正確にできるわよ。メル、シェラにご挨拶して」
そう言うとメルは、胸の前で小さな手を合わせて「ごめん」のジェスチャーをした。
「本当だ。よく言葉を理解しているな」
シェラが驚きに片眉を上げた。
普通の挨拶ポーズではなく、謝罪ポーズというのは完全に私たちの会話を理解している証左。
「私が絶対に連れて行かないことを見越しての鞄潜入なのよ。悪い子ね」
「だとしたら物凄い知性じゃないか?」
「あ、やっぱり? そうよね、こんなに賢いなんてちょっと変?」
「まぁ、数百匹に一匹の逸材なのかもしれないが…」
あらあら、やっぱり普通じゃないのかしら。
不穏な風向きになってきたことを悟ったメルが聞こえないふりで鞄から這い出てきた。




