12. 訪問
「それじゃ、お母様、行って参ります」
「ええ、気をつけてね。楽しんでいらっしゃい」
いよいよエミリがシェラ・ストーナーを訪問する日の朝、ジェーンは珍しく興奮気味の娘を見送った。
「さて、私たちは早速仕事にとりかかりましょう」
「承知しております。まずは役所の職員と打ち合わせをするということでよろしいでしょうか」
執事のハワードを従え、ジェーンは自らを鼓舞するように息を吸い気合いを入れた。彼女はウォールデン家のトップとして采配を振るわなければならないのである。夫のマクセル・ウォールデンは王都で中央政府官僚の一人として出仕中だ。どの領主でも、夫婦のうち一人が都務めをする間は、もう一人が最高決定権を持ち領地経営にあたることが多い。
昨日は娘から驚くべき仮説や提案を聞き、あまりの事に思考が停止しかけた。しかし、それを聞いてしまったからにはこのままにしてはおけない。これまでの常識を覆す驚愕の説であるが、まずはその正否を確かめる必要がある。
「そうね、事務長に連絡を。しばらく彼らにも通常業務に加えて打ち合わせや企画のために時間外業務をしてもらわないといけないわね」
「左様でごさいますね。前代未聞の事ですので、この改革にどれほどの時間や労力が必要か測りかねます…。しかし、何としてもやらなければなりません」
「ええ。やりがいは十分ね」
二人は、エミリの仮説が正しく立証されるであろうと予測していた。さらにその先の改革について、思いを巡らせている。
「久々の大仕事、腕がなります」
「…サポートを頼んだわよ」
ハワードは現在執事となっているが、数年前まで領地経営の実務を統括する立場にあった。経営的にこの数十年ずっと安定しているため、実務部隊を縮小し、事務方だけで回せる状態に仕上げて実務者トップを退いていたのだ。
ここはもともと豊かな土地であり、財政は健全、国内有数の裕福な地域で、文化的にも成熟していたため、経営上難しい場面はほとんどなかった。周辺と比較しても、ウォールデン家の治める、ここデヴォンス地区は一目置かれる有力地域である。梃入れや改革といった革新的な言葉とは無縁の地域だと言える。ハワードは「久々の大仕事」と表現したが、実際は「初の大改革」となろうことが想定された。
「エミリは何事もなかったかのようにウキウキしながら出掛けて行ったわね」
「本当に。あのようにされていたら年相応でいらっしゃるのに…類い希な才のお子です」
「あの子の才能を無駄にしないように我々も努力しないといけないわね」
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やってきましたシェラ様のお屋敷。
わぁ、クラシカルで素敵! うちも古めかしい方だけど、流石王族系の伯爵と言うべきか、由緒正しい感じが随所にあらわれている。建物は明治の洋館のイメージね。で、細部の装飾なんかが近世ヨーロッパのバロック調という感じ。
お庭は大きくはないながらも、借景などの技術を凝らして造り込まれていて、立派な仕上がりだわ。
今、客間に案内されて、シェラ様を待っているところ。
何を喋ったら良いのかしら。結局昨日の緊急マナー講座は、私が能力の仮説を話しちゃったことで、実用的なマナーの訓練にならなかったし。まぁ、本当に拙い作法だったらハワードが黙っていないだろうから、そこまで酷いことはないんだろうと思う。
「お待たせしました。よくいらっしゃいました、エミリ様」
「こんにちは、本日はお招きありがとうございます」
「早速ですが、僕の部屋にいらしてください。落ち着いて色々とお話したいので」
「まあ。それはありがとうございます」
いきなり自室に連れて行ってくれるのは普通なのかな? ちらりとエマを見ると、表情を変えずに、ただしオーラが白と黄色が入り乱れてチカチカしてる。わー、分かりやすい。めちゃくちゃイレギュラーなお誘いなのね。
「私の侍女も連れて行ってよろしいですか?」
「もちろんです。隣の部屋に控えていてもらって結構ですよ」
エマのオーラに青がチラチラ混じり始めた。不安そう…。
とは言っても相手は5歳児だし。危害をくわえられることもないわよね。




