両親が二度も殺され行き場を失いましたが、「知覚加速」の魔法と美少女に囲まれて僕は幸せです
ふいに、目が覚めたように意識が覚醒した。目の前に映るのは両親の顔。さらに知覚するのは柔らかく脆い乳児である僕の手。
両親は魔法によって知識を僕へ無理矢理に授けてくれたのだ。それ故の覚醒。突拍子もないようだが彼らの奇妙な行動には理由がある。
僕の眼前で、二人は殺された。ぼやける視界では、狂気に震えるその姿は捉えることが出来なかったが、次に狙われるのは僕で間違いないだろう。
しかし両親は託してくれていた、魔法の使い方というものを。
僕はすぐに体内を流れる魔力を循環させ、すぐに魔法を発動させる。僕が使えるらしい、唯一の魔法だ。
『パーセプチュアル アクセラレーション』
僕の周囲が、制御をかけられたように遅くなる。僕へと伸びていた刃物も同様にゆっくりなものに変わる。
重い腕で僕はその剣身に横から触れ、僅かに逸らして難を逃れる。それでも得も言われぬ死という恐怖が僕を包む。生後間もなく死に怯える経験をする者など僕の他に存在しないだろう。
そんな僕を拾い上げて逃げたのは父の友人である冒険者だった。
「生きてるか⁉ くそっ、こいつの面倒を頼んだかと思えば情けなく死にやがって……あの世であったらどついてやる!」
悪態をつく男性だが、僕をしっかりと掴んで逃げてくれた。それが、親代わりとなる彼との出会いである。
***
思えば自我さえ芽生えていない乳児に記憶を植え付けるなど、無茶にも等しかったのだろう。僕は生まれてから2年、意識がなかったのだという。
しかしそんな空白の年月でさえ埋めて溢れるほど両親から受け継いだ知識は尊く、僕はそれから7年間、魔法の修練に力を注ぐことができた。そろそろ、扱いも心得てきた頃だろう。
どうやら僕の使える魔法は自身の感覚を加速させるらしい。つまり、僕だけ時間が早く進む。あれ、逆だったかもしれない。
まあとにかく、僕の命も救ってくれたこの魔法を、僕は一生磨き続けると決めたのだ。
「精が出るな、セルジュ」
「父さん」
魔力をより素早く循環させようと、僕が精神を集中させていると僕を拾ってくれた父親代わりの逞しい男性が声を掛けた。
「どうだ、手合わせしてみないか?」
「うん」
僕が頷くと父さんは木剣をこちらへ投げてくる。そして自身も剣を構えると、じり、と足を踏み込む。
僕も構える代わりに魔力を逆回転させた。先程とは真反対の、自身の知覚を加速させる魔法へと変換したのだ。
今まで高速に感じていた世界が、一瞬にして遅くなる。その大きすぎる落差に、まるで時が止まったような錯覚を覚えるほどだ。
目の前には父さんが既に迫っていたため、斬りかかる木剣に合わせて僕も刃を交えた。だが遅い時間の中でも感じる、重量感のあるそれは、僕には受け止めきれそうにない。
僕はすぐに作戦変更、父さんの力の入れ具合を感知しながら受け流すように木剣を逸らす。
そして力のかかった剣に僅かに体を持っていかれる父さんの懐へそのまま剣を薙いで当てる。
全てが遅く感じる僕には、如何なるフェイントも通用しない。何重にも重ねられたそれでさえ、僕には対応できる。
「つっ……はは、もうお前には敵わないか」
そう言って剣を捨てる父さんだが、僕には力が足りないことは分かっていた。
「まだまだこんなんじゃ駄目だよ。父さんだって本気を出してないし、力がまるで足りない」
幾ら遅く感じたところで地力が足りないのだ。これでは損傷を与えられない、すなわち無駄な足掻き。
すると父さんがため息をつき、苦笑を浮かべた。
「最後のプライドっつーかな、何ともない振りをしていたが実は結構痛かったんだぜ。お前の力の使い方は俺から言わせれば完璧だ。それに、本気を出しても俺の剣じゃセルジュには届かないだろうな」
父さんは悔しそうながらもどこか爽やかだった。
「そろそろ俺の全てを渡す時が来たってことだな」
そう言って父さんは僕の額に額を当ててくる。「俺がいなくても元気でやれよ」なんて、別れのような台詞を一筋の涙とともに零した。
そんなこと言うなよ。僕達はこれまでのように襲撃を受けても逃げ続けるんだろ。
しかしその言葉が発せられる前に父さんから流れてきた記憶によって僕の思考は止まる。また、これだ。
その膨大な量の情報に目眩がし、僕はそのまま気絶してしまった。
「いきなりで悪かったな」
目を覚ますと、父さんが何かを手にして僕が眠る傍らに座っていた。
「俺からの最後の土産だ」
ほら、またそういうことを言う。縁起でもないことを自ら言うものではないだろうに。
そして有無を言わさず渡されたのは、2つの透明な板の嵌め込まれた奇妙な形の物体だった。
「これは耳に引っ掛けて使う魔道具で、眼鏡と言うんだそうだ。この眼鏡があれば、遠くの物もよく見える」
「え、遠くの物が?」
「ああ。お前、ずっと目が良く見えなかっただろう? 感謝しろよ、それ、安くなかったんだからな」
気付いていたのか、と驚きが僕を包む。僕としては隠し通せているものと思っていたのだが。
そしてそんな貴重な物など要らないと返そうとするが、どうやら僕に合わせて作ったものらしく、代用はできないと無理矢理に握らされた。
「それを使えば今まで抱えてきた足枷も無くなるだろ。付けてみろよ」
僕は渋々ながらその眼鏡とやらを装着してみる。瞬間、世界が広がった。まるで僕の中で爆発でも起きたようだ。
……いや、爆発は現実にも起きていた。なんとタイミングの良いことだろう。
「父さん、逃げ――」
「こいつぁ、無理だな」
諦念を滲ませて父さんは爆発の方向を見定める。「奴らも随分と準備が良いもんだ」と目を細めている彼からは、もう交戦の意思を感じない。代わりに、
「セルジュ、お前は逃げろ。お前なら一矢報いることができる気もするが、ここは逃げろ」
「は?」
僕がその言葉の意味が分からずに父さんの顔を見ると「安心しろ。俺が逃げるのを手伝ってやる」と笑った。
そして父さんは僕を背負って村の外へと駆け出す。しかし人の壁がそれを遮る。村を包囲していたのは、見知らぬ盗賊達と正気を失った様子の住民だった。
父さんはそれを蹴散らし走り抜けていく。その数の暴力を物ともしない父親の姿に、憧れすら抱いた。
しかし、それはすぐに裂かれた。
「『ヘルファイア』」
唱えられたそこからは、全てを無に還してしまうような炎の渦が迫っていた。発動直前に気付いた僕はともかく、このまま飛び退くなりしなければ業火に焼かれることは自明の理だ。
とはいえ、僕の力で父さんを連れていくことは敵わない。僕がその目を見ると、お前だけでも逃げろ、こちらを見ているわけでもないのにそう訴えているように思えた。
すると、僕の頭にある人の声が響いた。
『セルジュを失ってはいけない』
『そうだ。奴は俺の、俺達の、かけがえのない息子なんだ』
僕はそれを聞くなり自分自身の力を振り絞って横へ跳んだ。声を聞いたというより、記憶の中の父親達が本能に従ったという感覚に近かった。
そうだ、すべて失ったわけじゃない。父さんはいつまでも僕の記憶の中に生き続けているんだ。
しかしそんな僕の僅かな希望に縋る姿を嘲笑うように、父さんは呆気なく目の眩むような赤に包まれた。
「父さんっ……!」
断末魔が、聞こえたような気もした。炎が収まると跡形も無く消え去っていた。僕はもう、何も分からなかった。
ただ、目の前で嗤っている悪魔に怒りが溢れるのだけは、明確に理解していた。
「ははっ、これっぽっちで終わりか? もっと楽しませてくれよぉ」
その顔には見覚えがあった。父さん達の記憶の中にある、彼らを殺した本人だ。
一度ならず二度までも。僕の我慢の限界は優に超えていた。
「お前ぇぇぇッ!」
「ん? ガキが俺になんか用かい? へへ、パパが殺されて一緒に死にたくなったか?」
僕がその方向へ向かおうとすると村の人達が僕を掴もうと阻んでくる。邪魔だ、僕はすぐに魔法を行使した。
迫った腕をすり抜け、腹に蹴りを一撃。体がゆっくりと動く中で足を素早く反動で持ち上げ、その腹へと着地させる。そして重心、力加減、全てに気を使いながらそこから跳躍し、仰向けの体を反転させた。
向かいにいた住民の顔へと着地を決める。さらにそこから縦に回転しながら後方へ跳ぶ。別の頭へ両方の手を付きそのままの勢いで背を蹴り飛ばした。
力の使い方は直前にくれた父さんの記憶が全て教えてくれた。僕の今の体格では全部を活かしきることは出来ないが、いつか必ず体現してみせると誓った。
「へえ、なかなかやるじゃん。少しは楽しませてくれそうだな、お前の親父よりも」
その言葉に僕はさらに沸騰した。
僕は地を蹴りその男の元へ肉薄する。向かいくる拳も難なく捉えられるため、敢えて受け止めてやることにした。驚愕すべきはそれに吹き飛ばされるほどの威力があったことだ。
「はっ、止められるとでも思ったか? てめえには無理なんだなあ。まあ、俺の拳に合わせられたことだけでも褒めてやるよ」
尊大な態度を取りながら奴は前傾で僕へと迫ってきた。それは今まで見てきた誰よりも、速い動きだった。
さらに叩き込まれる拳。がその直前にそれを潜り抜けることができた。そのまま、一瞬も気を抜かず、力の入れる箇所、方向を定めた。時が引き延ばされたように遅く感じる分、力が入れやすかった。
一瞬一瞬に力を蓄積させるように押し進め、内蔵まで損傷を加えるように男の腹へつきあげた。
相手がよろめく間もなく僕はさらに自身を加速させる。知覚を、ではない。僕を構成する元素の一つ一つが他の事象をより早く感じることができるように魔法を用いた。
僕は奴の頭に蹴りを入れ、足を返して反対の首にもう一撃を加える。そして着地をした僕を襲ったのは激しい疲労感。魔法の重ねがけはそれだけに体力を必要とした。
それだけでなく命さえ削っているような気もする。
しかしその苦労の甲斐もあり、男は膝をついた。
「見え……ないだと? ……ふはは、ははは! 面白い。俺も出し惜しみは止めよう。『リーインフォース』」
男は魔法を唱え、立ち上がる。まずい、僕が今動くには体力が足りなさすぎる。思わず目を閉じる僕を、一瞬の浮遊感が包む。
何事かと目を開けると、男は遠くに離れていた。そして僕の隣には少女が座り込んでいる。
「えっと……あの、私」
煤に塗れたやや長い金髪と、白い衣服から覗く澄んだエメラルドの瞳が僕を貫く。色白の肌と、整った容姿に僕はドキッとした。
「あ、また来る……」
少女が見つめる方向を向くと、男が笑いながらこちらへその足を進めていた。
「逃げて……今は」
少女が僕を見ながら訴えてくる。僕も思わず足が村の外へと向いてしまう。違う、僕がしたいのはその行動じゃない。
『駄目だ。お前は俺達の希望、ここで終わってはいけない』
記憶の中の父さんはそんなことを言う。
「……指図は、受けないよ」
「え?」
「僕は、僕の正しいと思う道を行くんだ。みんなそれを目指していたんじゃないか!」
重い体を何とか持ち上げながら、僕は男を見据えた。そして彼と同じように僕もゆっくりと歩き出した。
ふと、体が浮かぶように軽くなった。見ると僕の背には先程の少女がしがみついていた。
「気にしないで、これはわたしの魔法なの」
まるで宙に浮かぶかのような身の軽さに僕はよろめきながらも、次の一歩をしっかりと踏みしめた。礼は言わない、でも有難かった。
「何のマネか知らないがおもしれえ戦い方だな」
こちらを見て口端を上げる男、その態度はいつまで持つものか楽しみだ。
すぐさま襲ってくる拳を、僕は一瞬だけ魔法を行使して躱す。体が軽くなった分、多少は無茶な動きが可能になっていた。
頭上へと跳躍し、奴の後ろへ着地。そして振り向きざまに足を首へ当てる。魔法を使うのを忘れずに。
完全に首の骨をへし折った、その感覚とともに息を吐く。すると男がドロドロと溶解しだす彼の体。
「ふ……ふはは、素晴らしいな。今日は取り敢えずここらにしておこうか、大多数は抹殺出来たし、君に個人的な恨みはないからな。その力、持て余していないで完成させてこいよ、待ってるぜ」
男はくぐもった低い声に変質させながら、僕に別れを告げてきた。どこかおかしいと思っていたのは、僕と本気で戦う気がなかったからか。
思えば父さんに用いた魔法を一切使用しなかったのも、そういうことなのだろう。
「もう疲れた……おやすみ」
「えっ、ちょっ!」
僕が思慮に耽っていると、少女が背に負われたまま脱力して寝息を立て始めてしまった。まだ、名前も聞いていないのに……
すると、僕にも変化が訪れた。体がずっしりと重く、持ち上げられないほどに負荷がかかった。今まで重量を感じていなかった反動によるものだろう。僕は支えきれず、倒れた。
そんな僕にも微睡みが訪れ、そのまま意識を闇に落とした。
「……寒い」
その声に目を覚ますと、腹部の上のじんわりとした温もりの正体である少女が震えていた。僕はまだ彼女のおかげで温かかったが、彼女は野ざらしだ。
僕は慌てて彼女を焼失していない家屋に運び込み、掛布をその上に重ねた。
案の定、体調を崩してしまった彼女――ニノンは一日寝込むことになった。
ニノンは僕と同じく家族を失った少女で、村では一度くらい会話をしたことがあったかもしれない。どこか塞ぎ込んだ雰囲気のあった少女という印象だったのだが、何故か今日はよく自分の話をしてくれる。
僕は正直自身の気持ちが分からないでいたが、復讐しか目に見えていなかった僕に光を差し込んでくれたような、不思議な気分になった。
だから僕は、彼女を守り抜くと決めたんだ。
***
あれから5年が経ち、僕らは氷に覆われた洞窟に立っていた。
相変わらず、魔法の訓練ばかりをしてきた僕だが、筋肉は少しだけついたと思う。隣の少女は背丈は変わりお世辞なしに綺麗に成長してしまったものの、志を同じくしてここまでついてきてくれた、僕のかけがえのない存在だ。
「セルジュ、行くよ」
「ああ、いつでもどうぞ」
僕と示し合わせて、ニノンは魔力を高めた。そうする意味は特になかったのだが、僕も同時に魔法を唱えることにした。
「『インターフィレンス』」
「『アクセラレーション』」
瞬間、ふわりと浮かぶ体。そして知覚は加速する。僕が時に干渉するなら、彼女は空間に魔力を介入させた。
「グォアアアアア!」
遅い時間の中で、僕らの十倍ほどの体長がある氷竜が咆哮を上げる。今僕達は、これを討伐しようと剣を構えていた。
復讐は一度休業、僕らは自らの実力を高めるために、日々闘争の中に身を置ける冒険者として毎日を過ごしていたのだ。
今や僕らは一心同体、加速の魔法をニノンにも掛けてほぼ重量を感じない体で地を駆けて素早く氷竜へと迫る。同時に僕らは剣をその首元に突き刺した。
この戦いで驚異的だったのは体表を覆う氷の鎧と、表皮の鋼鉄のような鱗の硬さであった。さらには吹雪のような呼気を吹きかけてくる。
その太陽さえ凍えるような冷気に、直接触れないでも体が震えた。だがこの程度、僕らには問題なかった。
僕は周囲の時を遅らせる。これは僕の魔法の応用である、自身の身体を加速させることの負担が大きい状況を改善するために編み出した魔法だ。
実践で試したのは初めてだが、黒い楕円形の何かが浮かび始めた。
ニノンがそれに意を介さず竜の首元にある氷を叩き割ったので、僕もそこへ急ぐ。そして剣を突き立て首へと刺した。
その一挙手一投足を父さんから受け継いだ剣技に合わせる。ニノンも柄の頭を掴んで押し込んだ。
彼女は既に僕の剣の癖や力加減を正確に理解していた。
挿し込まれた剣が、氷竜の肉を貫く。僕らはすぐに跳んで後退するが、相手もやはり生物、再び立ち上がることなく倒れ込んでしまった。
「あうぅ……」
奇妙な声がした。それも、竜の中からだ。
「負けちゃったぁ。お兄さん達強いんだね」
そういって竜の巨体をどかしながら少女が姿を現した。青い鱗で素肌を最低限しか隠していない様には僕も目のやり場に困った。
「セルジュ、どこ見てるの? 変態」
「いや待ってよ……」
見たのは一瞬だ。それなのにあまりにも理不尽すぎないだろうか。このままでは埒が明かないので僕は上着を少女に着せた。
しかしニノンはさらに気を悪くしたようで僕の腕をつねってきた。痛い。
「君はなぜこんな場所にいるの?」
「えっとね、イエロは呪いで人の姿になってるの」
「えっ?」
「イエロは偉大なドラゴンなんだよ! でも負けちゃったからお兄さん達についていくことにするの」
目の前の子が、ドラゴン? と僕が困惑していると、僕の眼の前に純白の羽が舞い落ちてきた。そこに降りたのは、紛れもなく天使だった。
「禁術の使用を確認したから舞い降りたよ! ネメシスちゃんでーっす!」
「禁術?」
ややこしそうな人物がやって来たので要件だけを聞く。禁術とは一体何のことだろう。
「おやおや、ボクには興味ないみたいだね。まあいいや、ボクは時空間を歪める魔法の使用を止めるよう警告しにきたんだ」
その天使が指差すのは宙に浮かぶ黒い楕円のそれだ。つまり禁術とは僕とニノンが放った魔法の事を言っているらしい。
それも、この黒い、時空の歪みとやらは僕の遅滞を生じさせたことによって引き起こったことから、ニノンの干渉との重なりによって生まれた現象を言っているのだと思う。
「ちょっと人間にとって脅威すぎる魔法だからこれ以上使わないでね。まあ、言っても無駄な人は無駄だろうから、悪いけど監視役をつけさせてもらうよ」
そして、彼女が何かを呼ぶとまたしても天使が舞い降りた。本当に実在したのかという驚きも、ついに胡散臭さに変わる。
「私が何でこんな役を担わなきゃならないんですか……」
「いいじゃん、ミシオンも暇なんだし」
「暇ではありませんよ、私も布教で忙しいんですから」
「なら、彼らについていくついでに布教してまわったらどうなの?」
「ああ……」
なんだかよく分からないが、後から来たミシオンとかいう天使は言い包められてしまいそうだった。
「というわけで、あなたもわが教会で祈りを捧げてみませんか?」
「どういうわけ⁉」
早速布教ということだろうか。それは即ち、僕らの監視役を買って出たという意図でいいのか。
「それとも日頃の感謝を表して金貨1枚でも納めてはいかがですか?」
「そうだな……」
その金貨がどこへ行くのか分かったものではないが、まあ僕らにとって金はあまり重要でないし、難度の高い依頼を受けていればそれは端金だ。
今後の幸福が金で買えるなら、と僕はミシオンに金貨を渡した。
「わっ、貰ってもいいんですか?」
「貰ってもって、別にあなたのではないですけどね」
「ありがとうございます! 私、太っ腹な方って大好きです!」
感謝をしてくるあたり、ミシオンが懐に収めてしまわないか心配だが抱きついてくるのだけはやめてほしい。ニノンからの視線が痛いのだ。
「セルジュに気安く抱きつかないで」
「わあ、イエロも強い人は大好きだよー」
竜の少女も僕の手を握って何度か跳ねる。こちらはなんと可愛らしくて微笑ましい。
「セルジュのバカ。『インターフィレンス』」
「うわっ、体浮かすのやめろって」
ニノンの機嫌を損ねるといつもこうだ。僕も合わせて魔法で対処するのだが、解除してもらうまでは一苦労だ。
そしてどういうわけか、僕達の居場所を探す流浪の旅には竜の少女と天使が同行することになった。
当然、毎日の闘争は避けられない。
「イエロはお兄ちゃんもお姉ちゃんも大好きなのー」
「こうしてみると、お二人とイエロさんは親子みたいですね」
「んー、それもいいけど、イエロはお兄ちゃんのお嫁さんになりたいかなぁ」
大好きと聞いて顔が綻んでいたニノンもその言葉に表情を引きつらせた。
「あっ、いいですね。私も天使ながらセルジュさんと結ばれたいと思ってしまいました」
「駄目、セルジュは渡さない。というかミシオンは絶対金目当てでしょ」
ニノンが僕の前へと出て、そんなことを言い出す。
「渡さないって、いつからセルジュさんはニノンさんのものになったんですか?」
「あ、いや……」
「ねえ、お姉ちゃんってお兄ちゃんのことどう思ってるのー?」
「それは、その……」
顔を赤くして俯くニノンに、皆は笑う。
僕らはそうして順風満帆な日々を送った。
こんな楽しげな日々が、いつか僕の復讐などという馬鹿げた生き様を、忘れさせてくれるのかもしれない。
そんな日を願って、僕は大切なその一瞬を時を遅らせてでも噛み締めて、これからも生きていくんだ。




