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それから、僕と先輩は特に何もなく、ただ一緒に練習して一緒に話をして一緒に登下校するいつもの毎日だった。
そして、先輩の卒業の日。
先輩は僕だけじゃなく部員の中でも色々と人気だったり、在校生の中でも色々と支持があるらしく、先輩やその他を取り囲む集団に僕は入り込む余地がなかった。
結局、そのまま先輩を見失ってしまったので、ここにくれば確実に先輩に会えるだろうと思える場所にきた。
先輩の家である。
僕は先輩に『家の前で待ってます』とメールを送った。
そのまま先輩の返信を待っていたら、誰かが近づいてきた。
「やぁ、待った?」
先輩だった。
「いえ、大丈夫ですよ。それよりどこに行ってたんです?」
「いやね、いろんな人に呼ばれたりしちゃってさー。なんか、色んなトコ回ってたんだ」
「だから在校生の僕よりも遅かったんですね」
「うん。そういうこと」
よく見ると、先輩が着てるブレザーには色々足りないものがあった。
僕達の通う学校には、親しかった友人たちに自分の制服についてるものをあげるという妙な風習があったのだが、先輩のブレザーにはそれがほとんどついてなかった。
「先輩……、それ……」
「ん?あぁ、色々せがまれちゃってね。第二ボタンとかブレザーには関係ないしそれ以前に私は女の子だって言うのにね。校章も、名札も全部あげちゃった」
「それって、全部じゃないですか?」
「うん。そうだね」
僕の分は、残っていないというのか。
「――でも――」
先輩は言葉を続ける。
「――これは、キミのために残しておいたよ」
と、先輩が駆け寄ったと思ったら――
――唇に、やわらかい感触があった。
先輩はすぐに僕から顔を離し、僕にクルリと背を向ける。
先輩の尻尾が、僕の鼻をかすめた。
「……私の初めてだから」
尻尾の向こうで、先輩はそうつぶやく。
僕は、いまさらになって心臓がフルスピードで動き出した。
「もう少しがんばれば、キミも私と同じ高校に入れるよ」
先輩はそう告げる。
「キミには、ずぅっと私の後ろを走ってきてほしいな。後ろで、私を支えて、一緒に走ってくれるかい?」
かすかに見える頬を赤らめながら言っている先輩が、とても愛おしくて。
僕は、大きく返事をした。
了