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ある日、休憩中のことだった。
僕がベンチに座ってダラダラ休んでいるところに、先輩がやってきた。
「ねぇ、ちょっと相談があるんだけど……」
先輩が深刻そうな顔でそういうので、僕は身構えた。
「は、はい。なんでしょう」
先輩は僕の横に座る。
「私さ、卒業前にやっておきたいことがあってさ」
「はい」
「三年五組に、松本君っているんだ」
「あぁ、先輩の隣のクラスですね」
なんだろう。
その次に出てくる台詞は、
聞きたくない気がする。
「私、その人に告白しようと思うんだ」
「――え?」
なぜか、
僕は、
動揺した。
「どうしたらいいだろう。どういうタイミングで言えばいいかわかんなくってさ……。そういう小説とかよく読むけど、やっぱり実際こうなってみるとわかんないんだよねぇ。私、こういうの初めてだからさ」
もう、僕はそれから先の会話の内容をよく覚えていない。
何故だろう――。
僕はなぜ、動揺したのだろう――。
僕は先輩と、一緒に練習がしたいだけなのに――。
僕は先輩の尻尾を追いかけるのが好きなだけなのに――。
僕は、先輩の笑顔が好きなだけなのに――。
僕に話しかける先輩は、笑顔なのに――。
その笑顔は、僕に向けているものではないと気づいた瞬間、何かもやがかかったような感じが僕の胸の中に現れた。
「五組の松本?あぁ、あいつか」
短距離の中山先輩を放課後につかまえて聞いてみた。
「松本は、なかなかいいヤツだと思うよ。結構成績もいいみたいだし」
む、先輩はそんな人が好みだったのか……。
「で、なんでそんな事聞くんだ?」
「え、いや。なんとなく気になったんで……」
「ふーん。まぁいいや。練習頑張れよ」
「はい!」
と大きく返事をして、僕はその先輩を見送った。
この先輩は陸上にそこまで情熱を燃やしているわけでもないらしいので、夏で引退し、それ以来たまに顔を出す程度である。それが悪い事だとは言わないが、部員が少ないから、なんかもうちょっと気を使って欲しいとか思ったりもする。
その他の先輩にも、軽く調査をしてみたところ、どうやら松本先輩というのは中々の美形で女子からの評判も結構いいらしい。勉強も出来てスポーツも出来る。なんて万能野郎なんだ。
先輩が好きになるといっても、おかしくはない人だった。
それが、僕の胸をとても痛めつけた。
先輩が、松本先輩に告白するといったときから、生まれたこの妙な感覚は、いったいなんなのか。僕にはまったく理解する事が出来なかった。
先輩の恋が成就してくれれば、先輩は笑い続けるはず。
僕は先輩の笑顔が好きなのだ。
だが、それは何か違う。
正しいのだが、何か違う。
何だろう。この感情は。
先輩が、告白すると決めた日は、三日後のバレンタインデー。