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僕の目の前を彼女の尻尾が跳ねる。
まるで、犬が喜んで尻尾を振るみたいに。
僕の目の前で彼女の尻尾が跳ねる。
規則正しく。リズムに合わせて。
僕の目の前の彼女の尻尾が跳ねる。
先輩は、いつも僕の前を走る。
その、ポニーテールを揺らして――
ハネウマライダー
前田薫先輩は僕より一つ年上の先輩である。同じ陸上部で、同じ長距離で、読書という同じ趣味を持っている。背は僕と同じくらい。といっても、僕自体がクラスの男子の中で中くらいの背なので、先輩がそんなに高いわけではない。髪型はいつもポニーテール。全体的に部員の少ないこの部活でのムードメーカー的な存在である。
陸上部の部員は全学年合わせて九人。短距離が五人。フィールド競技が二人。長距離は僕と先輩の二人。僕と先輩はほぼ毎日、たった二人で練習をする。それもあって、よく喋るということになったのかもしれない。
先輩は速い。大会などで何回か大記録も出している。それに対して僕はというと……、入賞すらしたことがない。
だから先輩は、いつも僕の先を走る。その可愛い尻尾を揺らして。
「どうしたの?考え事?」
と、先輩の顔が突然視界に入ってきた。
「え?あ、いや。別に」
今は、休憩中。僕はグラウンドの隅にあるベンチに座ってボーっとしていた。
「ふーん。キミらしくないなぁ」
「そうですか?これでも色々考えてるんですよ」
「へぇ。でも、考え事もほどほどにしなよ。もう休憩終わりだよ」
先輩に言われて慌てて腕時計を見た。休憩時間はもうあと一分もなかった。
「ほら、今日はこれでラストだから。いくよ」
「あ、はい」
そう先輩にせかされて、僕は練習に戻った。
先輩は、いつも僕の前を走る。僕の目の前で、先輩の尻尾が先輩の走るリズムに合わせて揺れる。
僕は、この光景が好きだ。
先輩が僕の前を走り、それについていく形で僕があとに続く。
僕らは二年間それを続けていた。
「さっき、何考えてたの?」
「え?」
先輩が走りながら、後ろにいる僕に話しかけてきた。
「だから、さっき何考えてたの?」
先輩はさっきよりもアクセントを強めて言う。
「あぁ、個人的なことですよ」
「あら。話してくれないんだ」
「あんまり一人で考え事してる内容話したくないですし」
「まぁ、いいけどね」
僕達のいつもの練習。
それもあと数ヶ月で終わる。
理由は、先輩の卒業である。
先輩は、あと数ヶ月でこの学校を去ってしまう。
頭もよく、進路が早々に決まった先輩は、夏で引退せずに卒業まで部活をしに来てくれているが、それも残りわずか。
先輩がいなくなれば長距離は僕一人。
僕は先輩に卒業してもらいたくない。と思うのだがそれはわがままというものである。
だから、僕はこの先輩との残された時間を大切にして、一緒に練習したいと思う。
「先輩は、やっぱり高校でも陸上やるんですよね?」
練習が終わり、ダウンをしている時に僕は先輩を聞いた。
「うん、そうだよ。あったりまえじゃん」
「先輩って、進路どこでしたっけ?」
「公南高校だよ。前にも言わなかったっけ?」
公南高校……。僕の学力じゃ、必死に勉強してもギリギリ行けるかどうかのライン……。
「どうしたの?あ、もしかして同じ高校に入りたいと思ってるんでしょー」
「え、えぇ。まぁ……」
僕は、また先輩と同じ高校で陸上をやりたいと思っていた。
僕が先輩と一緒に練習するには、そんな方法しか思いつかなかったのだ。
「キミが私と同じ高校に入るには、もうちょっとがんばって勉強しないと駄目かもね〜」
「ははは、そうですよね」
――こうやって先輩と一緒に練習して、一緒に話をするこの日常が、僕は好きだ。