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7 お茶会は、無事終了

 

 遠くできゃあ、と甲高い声が上がった気がしたが、それよりエイミの頭の中は疑問で一杯だった。

 ――あんなに囲まれていて、どうして突然ここに? 普通は近くの人から話し始めるんじゃないの、それか家格順とかあるでしょうっ? それに、やっぱり、あのスチルにそっくりだーーっ!


 早々に復活してにっこり微笑むイサベルとは対照的に、ぱちぱちと瞬きを繰り返すエイミ。第三王子のエドワードはなんてことはないように穏やかで、礼儀正しく接してくる。

 エイミとイサベルも挨拶を返したところで、年配の侍女がそっと事の次第を二人に耳打ちした。


「安全のために急遽予定を変更して、着座で一組ずつお話をさせていただくことになりました。席についていらっしゃるのがお嬢様方だけでしたので、最初に……」


 周囲を見ると、皆、いそいそとテーブルに移動し始めている。

 言われてみれば納得した。あの混雑では王子の警備だって大変だし、押されたり転んだりして怪我などされたらいろいろと大問題だ。

 理由が分かりほっとしたエイミに、エドワードは先ほどの続きを問いかける。


「何かご覧になっていたようですが」

「あ、あの、綺麗な小鳥がいたのです。青い羽根の可愛らしい鳥が、あの木の枝にとまっていて……」


 青々と葉を茂らせる枝を指先で示すエイミの返答に小さく微笑んで、エドワードは柔らかい声で言葉を続けた。


「鳥が好きなのですか?」

「鳥も好きです」

「犬も?」

「はい、犬も猫も。動物はみんな大好きです」


 振ってくれたのが動物の話題で助かった、と胸をなでおろす。あまり他人との交流に自信がないエイミでも、動物のことなら会話も嫌ではない。むしろ好物だ。

 王子も動物が好きだったようで、自分も犬を飼っていたと口元を綻ばせた。


 エイミの言葉遣いや態度は成人前の子ども同士とはいえ、王族に対して非常に砕けたものになっている。

 今日はあくまで顔合わせ――事前に事務官が家に来て色々と聞き取り調査などもされたが、実際に会わないことには分からないだろうと、人柄や、雰囲気を見る為にと設けられた場だった。

 だからこそ、なるべく体裁を抜いてありのままで振舞ってほしいと言い含められていたし、こうしてお茶会のピンチヒッターというイレギュラーな状況をお膳立てされたのだ。


 しかし、いくらそう言われていても、あまりに普通にし過ぎれば不敬だと処されかねない不安は残る。「悪役令嬢のバッドエンド」がどうしても頭から離れないエイミが両親にこの件について相談したところ、先方から言われた通りにすることを含め、エイミのやりやすいように、と返された。

 万が一、不敬罪を適用されても「ゲーム」のバッドエンドである「一家離散・もしくは処刑」という処遇にはなり得ないから、心配するなというのが父の言い分だ。

 現在、不敬罪での処遇は謹慎や罰金刑、最も重くて貴族籍の剥奪だ。処刑は適用されない。そして貴族籍だが、ノースランド家はそれを失くしたところで大したダメージはない。領地は没収されるだろうが、領民さえ守られればトップなど誰でも良い、と父は笑う。

 自分は国内外の在野の技術職にいつでも変われるし、兄は身分に左右されない冒険者志望。第一、もともと前世は庶民なのだ。そうなったらなったで一般市民に戻るまで。不興を買ったところで何ら問題はないと、頼もしく胸を張られたのだった。


 さらに、もしその態度が「王子妃としての適性に欠ける」と判断されるのなら、むしろエイミにとっては好都合。容姿の他にも候補から外れる一因になってくれれば万々歳だと、そういった意味では気負わずにこの対面に挑んでいた。


「――そういえば、カヴァデール公爵夫人から猫を引き取られたとか」

「ええ、はい! とっても可愛い子です」

「そのようですね」

「でも、寂しがり屋なので、今も泣いていないか心配です」


 ぱあっと開いた満面の笑みは、シュンとした憂い顔に変わる。すぐの帰宅を望むとも取れる言葉だが、裏のない表情で心から言われると不思議と嫌味には聞こえない。


「あ、あの、どうして知っていらっしゃるのですか? もしかして、猫の譲渡は王宮にも知らせがいくとか……?」


 公爵家とノースランド伯爵家の間でティガーに関して金銭の授受は全くない。猫が賄賂やコネクションの為といったことと関連づけられることのないようにと、公爵夫人はそちら方面にも気を回していた。


『私は純粋に、猫達を可愛がってくれる人を望んでいるのです。欲しくもない子を引き取って私に恩を売ろうなど……猫が可哀想じゃないですか』


 時折あるらしいそういったことに、夫人は憤慨していた。

 だから、ただ、一匹の猫の里親になっただけのエイミのことを王子が知っていたことを、純粋に疑問に感じたのだ。


「いえ、そういうことはありません。カヴァデール家のアレクサンダーは幼馴染で、彼から聞いたのです」


 攻略対象者同士が繋がっていたことに内心驚きながらも、まあ、そうだろうと今世のエイミは頷く。歳の近い第三王子と公爵家子息なんて、鉄板の遊び相手だ。

 そして頻繁に会っているのなら、雑談ついでにそういう話題になってもおかしくはない。


「彼とは何度か会ったそうですね」

「二……三回、でしょうか。ちょうどティガーに、あ、猫の名前はティガーっていうのですけれど、会いに行った時に学園がお休みとか、お家のご用事とかで公爵邸にいらして。はい、お会いしました」


 強気で強引なところがあるが、育ちの良さがカバーして反感は抱かれないタイプのアレクサンダー。彼も攻略対象者ではあるだろうが、初対面で必死になりすぎた反動か、普通に話すことができるようになっていた。

 猫と遊ぶでもないのにエイミのそばに来て、やたらと菓子を勧めてくる。しかも差し出してくるのがまた美味しいものばかりだから、つい、受け取ってしまう。

 ――この前のエクレアは特に素晴らしかった。薄いサクフワな皮に、バニラの香りが良い、なめらかなクリームが絶妙な量で詰まっていて、上にかかったチョコレートがまた……と、そこまで脳内再生して目の前に「王子様」がいることを思い出し、コホンと咳払いでごまかした。

 長く一緒に暮らしているアレクサンダーにはティガーも慣れているので、もふもふを撫でながらのお茶タイム、といった、まんま猫カフェの時間を引き取るまでに何度か過ごした。


「彼とはどんな話を? やはり猫の話ですか」

「あ、いえ、アレク様は兄の話をお聞きになりたいようで……」


 アレク様、と呼んだ時に一瞬、ぎこちない空気が場に流れたが、公爵家の猫ルームにまだ思考の半分を持っていかれているエイミは気付かない。

 そして、菓子と引き換えにアレクサンダーが望んだのは「ハロルド先輩」の話だった。どうやらあの兄は、双剣で後輩男子の心も掴んでいるらしい。


「ああ、ハロルド殿のことは王宮でもよく話題になります。騎士団と魔術師団では、早くも卒業後の彼の争奪戦をしていますよ」

「そうなのですか? 私には、普通の兄なのですが……」


 まさかそこまでとは知らなかったエイミは驚く。イサベルはおっとりと微笑んでいるだけで表情が変わらないから、母親の耳には届いていた話のようだ。

 確かに、双剣の剣技は騎士団で、魔力を駆使した空中戦は魔術師団で、それぞれ十分に通用するに違いない。ゲーム熱が高じての結果だが、こうして実際に職として望まれるくらいなのだから、世の中分からないものだ。


 当然そんな設定は「乙女ゲーム」にないだろう。やはりここは似ているだけの違う世界――と、そう思いたいのに、目の前の()()()の姿でどうしてもあのオープニングイラストに引き戻されてしまう。

 やはり、まだ安心はできない。

 抱きしめるように自分の二の腕に触ると、ぷに、と指が埋まった。この弾力はエイミを守る鎧であり、動物と安心して仲良くするための魔力の源だ。


「……もうちょっと太らなくちゃ」

「すみません、なんと?」

「あ、いいえ。それより殿下が飼っていた犬は、」

「エド」

「え?」


 きょとんとしたエイミに、王子はにこりと微笑んだ。それはまさにあの画面の、少し寂しそうな笑顔そのものでエイミは言葉を失くす。


「殿下ではなく、エドでいいですよ」

「え、えっと、あの……はい。エド様」


 そう呼べば、表情はそこまで変わらないのに、明るいグレーの瞳が嬉しそうに輝くものだからエイミはまたしどろもどろになってしまった。





 そろそろ次のお席に、と侍女に促されるまで、動物がメインの雑談だけをして王子はテーブルを後にした。その後は二巡目がくることもなく、滞りなくお茶会は終了となった。

 まっすぐ帰宅したエイミは、すぐさまティガーのいる部屋へと向かう。扉を開けた途端、待っていてくれたように、尻尾をゆったり振りながら近寄ってくるティガーが可愛くて仕方がない。

 とん、と座り込んでまずは両腕をティガーに回して充電する。


「ティガー、ただいま! ごめんね、寂しくなかった? ああ、疲れたぁ……疲れたけれど」


 ――話しやすかった。それはもう、驚くほどに。婚約のことにはお互いに一切触れなかったせいだとは思うけど。

 あのイラストにそっくりの人物が現れて動揺したのは確か。しかし実際に言葉を交わしてみれば、さすが王子というべき柔らかな物腰と丁寧な物言いで、全く怖くなかった。

 それになんといっても、ティガーの話を熱心に聴いてくれた上、自分の犬や馬のことも楽しそうに話してくれた。動物好き同士、嫌悪感や忌避感が湧く隙もない。


 ひとつ気にかかったのは、あの少し寂しそうな笑顔だ。

 まだ十三歳、前世でいえば中学生。もっと屈託のない笑い方ができるはずなのに、記憶の中の当時の同級生男子と比べてあまりにも違いすぎる。高位貴族のアレクサンダーだって、あんなふうには笑わない。

 王族という立場はそこまで「自分」を制限するのかと思うと、エイミの胸はきゅう、となった。


「なんだかな……」


 ニア、と甘えて小さく鳴きながら頭を擦り付けてくるティガーの前足を、エイミは自分の膝の上へと誘導する。

 そうして、両手の指の間にふわっとした毛をたっぷり埋めて、耳の付け根あたりをマッサージするように撫でた……気持ちよさそうに目を細めるティガーの表情とやわやわの手触りに、凝った心がほぐされていくようだ。

 絵に描いたようなティガーの口元は、閉じていると笑っているようにも見える。その端に指を当てて、エイミは自分も口角を引き上げた。


「ねえ、ティガー。エド様は、王子妃になったひとの前では、もっと自然に笑えるといいね」


 王子妃――自分ではない、誰か。会場には綺麗な人が、王子妃にふさわしい人がたくさんいた。王子が他のテーブルで話していた時間も、エイミのところにいた時間よりも長いようだった。

 ……直接話す機会はもうないだろう。

 ほっとする一方で少し心がさやとするが、これでいい。ティガーのもふもふに包まれて眠れば、きっと朝にはいつも通りだ。

 そう思っていると、ドアがノックされて母のイサベルが顔を出した。


「ミセス・ケラハーに早速、明日来てもらうわ。午後に採寸しますからね」

「え?」

「この前一緒に乗馬服も作ればよかったわね。お母さん、まだ早いと思って」

「ちょ、なんのこと、乗馬? 馬も好きだけれど、え?」


 訳が分からずにティガーの上半身を膝の上で抱きしめると、頬をくすぐる艶やかな黒い毛の向こうに少し呆れた顔で笑う母がいた。


「覚えていないの? あなた、殿下とお城の馬場に行く約束をしたでしょう」

「……は」

「お終いの挨拶の時よ」


『――残念ですが、時間のようです。ウェントゥスにはまた』

『はい。ありがとうございます』


 これにて終了! と気が抜けていたが「ウェントゥス」は王子の馬の名前……去り際に返した何気ない相槌が次の約束の了承になってしまっていたことに、エイミはようやく気付いたのだった。

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