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6 いざ、お茶会

 

「はぁ……ティガー、どうか何事もないように祈っていて。そして戻ってきたら慰めてちょうだいね」

「エイミってば。行かなければ終わらないのよ。さっさと行ってさっさと済ませてしまいましょう」


 無事にティガーも自宅に迎えつつがなく日々は過ぎ、とうとう第三王子との顔合わせの日を迎えた。

 出かけたがらないエイミも、母イサベルの言いようも褒められたものではない。しかし、降って湧いたこの婚約話に全力で後ろ向きなノースランド伯爵家。使用人達もそこはよく分かっていて、驚かれることはなかった。


「ほら、少しは楽しいことも考えなさい。ガーデンパーティーの形式だから、二言三言お話してほかの方に譲ればいいの。王宮の奥の庭は、いつ行っても綺麗に花が咲いているそうよ。それにきっと美味しいお茶もいただけるわ」

「……ケーキもあるかしら」

「ええ、クリームたっぷりのがね。ビスケットしかなかったら、そのまま帰ってきちゃいましょう?」


 にっこりと茶化されて、エイミは心理的のみならず物理的にも重い腰を渋々上げる。しかし心はついてこない。

 王宮に上がるのは初めてだ。社交界にデビューもしていない身で、王家の方々の居住区に入れるなんて名誉なことだと分かっている。外壁だけでも立派な城の内部はさぞかし美しく、豪奢だろう……登城の理由が「見学会」なら、どれだけ楽しみにしたかと思うのに。


 ここが、乙女ゲームの世界すっかりそのものではなくても、かなり似ている世界だということについては、間違いないとエイミは思っている。

 絵姿の第三王子に始まって、実兄、そしてなんとティガーを譲ってくれた公爵夫人の息子――アレクサンダーまでもが、オープニングイラストのキャラの一人にそっくりだったのだ。

 皆、あの絵よりは年齢が下だが髪や目の色、顔の雰囲気があまりにも似ている。アレクサンダーとはあの出会いの後も何度か話す機会があり、その度にエイミの疑惑は確信に変わった。

 絵師さんはなんて特徴を掴むのが上手なのだろうか、とこんな時でなければ惚れ惚れと感心するだけだったろう。


 丁寧にブラッシングをしたふわふわの毛を撫でる手を名残惜しくも止めれば、ティガーも寂しそうな顔で甘え声を出すものだから、また離れがたい。

 最後にもう一度ぎゅうと抱き着いてもふもふに埋もれると、極上の毛布に包まれているように気持ちがいい……昨晩はさすがに緊張して寝つきが悪かった。滑らかな毛皮とティガーの体温で、つい、うとうとしだしたところをイサベルに引きはがされてしまう。


「ああ、ティガー。私の毛布……っ」

「遅刻は目立つわよ」

「い、行きます、ええ、すぐに」


 そうして訪れた王宮の奥庭。時間ぎりぎりに中にはいったエイミ達で最後だったようで、自分の後ろで門は静かに閉じられた。

 それに何とも言えない気持ちでいると、母の呑気な声が耳に入る。


「まあ、ほら見て。噴水よ」

「え。ああ、本当……」


 促されて前を向けば、花は美しく咲き誇り、枯れた枝の一本もなく完璧な手入れがされている。細く引かれた水は自然の小川のようにゆるく蛇行して、白い石で囲まれた噴水へと繋がっていた。

 ノースランド伯爵家もそこそこの庭園を持つ。自領に帰れば、庭どころか森だって敷地の一部だ。けれども、こんなに立派に整備されたところではない。

 エイミは素直に感心し、見惚れた。前世では特に植物にも庭園にも興味はなかったが、ほかに娯楽の少ないこの今世。こちら方面に審美眼が育てられていた。


「お母様、綺麗ねえ」

「これが見られただけでも、来てよかったんじゃないかしら。普段は入れないわよ、ここ」


 美しい花と緑、爽やかな水音を響かせる噴水。ゆっくりと歩いてくれる案内の侍女の後に続きながら、エイミはうっとりと庭園に見入った。

 会場には既に十組ほどの親子が来ていた。広い庭園の所々に置いてあるガーデンテーブルでお茶を飲んだり花を愛でたりして、思い思いに楽しんでいるように見える。


 今日は「王妃が令嬢たちを招いてのお茶会」という形での登城。だが王妃は急に体調を崩してしまい、代わって第三王子が持て成すことになる、という筋書きだ。

 庭園にいるのは自分たちと同じく招かれて来た親子、そして王宮の侍女たちや警護に当たる騎士達ばかりで、王族の方の姿はまだない。

 格式張らない雰囲気に、エイミも気を取り直す。二人は、建物には近いが出入り口からは遠く、庭園を落ち着いて眺められるテーブルを選んだ。

 レースを編んだような華奢な猫足のチェアがエイミの体の下でキシ、と音を立てる……自分の体重を思い出して、ちょっと居たたまれない気がするかと思いきや、逆に安心感に満たされた。


 あの決心した日から三か月。順調に体重は増え、今や立派なぽっちゃりさんだ。不健康な太り方ではないが、容姿が命とも言われ、折れそうなほどの細身が流行りの貴族令嬢にはありえない体型である。

 ここまで連れてきてくれた騎士も侍女も初見で目を見開いたが、さすがに王宮勤め。一瞬後には何事もなかったかのように粛々と自分の仕事に戻った。その素晴らしいポーカーフェイスに敬意を表し、エイミは満面の笑みで案内と警備の礼を伝えたのだった。


 周囲を見回すと、どの令嬢も美しいドレスにほっそりとした体を包んでいる。服のデザインも体型をはっきり見せるもので、特にウエストの細さを強調するプリンセスラインが多い。

 十三歳の王子の相手候補だから年齢も似たような感じで、エイミを始めまだ幼さの残る令嬢ばかり。しかし向こうに見える侯爵家令嬢などは確か十六歳。さすがに大人の女性の雰囲気で、昼だというのに色気まで醸し出している。

 エイミのドレスは胸の下で緩く切り替え、ふわりと広がるエンパイヤ型。

 ウエストこそは隠れているが、さっぱり凹凸の目立たない鎖骨や、透けるレースの袖の下のほよんとした二の腕、触りたくなるぷにぷにの頬から容易に体形の想像がつくだろう。


「……よし」


 あちらにいる令嬢もそちらにいるお嬢様も、皆エイミを一目見ては安心したように視線を滑らせていく。自分が選ばれることはないだろうとの確信を得たエイミは、テーブルの下で小さくガッツポーズをした。

 一見優雅そうな光景の下で、歳が近そうな、または容姿が似ているところのあるお嬢様方はバチバチと見えるほどの火花を散らしていたりもする。親同士の牽制もピリピリ感じられるこの中で、エイミが全くライバル認定されていないのは明らかだ。


 蚊帳の外に置かれたおかげで、のんびりとお茶を楽しめる。

 庭園の奥から優雅な景色を眺め、爽やかな風に髪を揺らし、香り高いお茶とクリームたっぷりのフルーツタルトを味わった。


「すごい。見られたのは最初だけで、もう誰も私のことを気にしないの」

「ふふ、でしょう? でも、やっぱりうちのエイミが一番可愛いわね!」


 身びいきが過ぎる母の発言に内心それはない、と娘は冷静に判断するが、そう思ってくれるのは親馬鹿だとしても嬉しい。

 くすくすと顔を寄せ合ってほわほわと楽しそうにしているノースランド伯爵家の母子は、別の意味で目立っていたのだが――おっとりうっかりなところのある二人は、そのことに気付いていなかった。





 最初のお茶を飲み終わる程よい頃合いで、王妃が急病の為にこの場に来られなくなったことが庭園にいる皆に伝えられた。

 代わりに第三王子のエドワード・レオ・ルドゥシア殿下がお見えになる、との言に、先程大げさに嘆いてみせた周囲は色めき立つ。予定通りのはずなのに初めて知ったとばかりの名演技に、エイミは圧倒された。


「なんだか怖い……早く帰ってティガーをもふりたい」

「あと一、二時間ってとこね」


 そんなことをこそこそ話していると、しばらくして向こう側で黄色い歓声があがった。どっとできた人垣でよく見えないが、どうやら第三王子が登場したらしい。

 混乱を避けるため挨拶不要、と言われていたし、混雑の中に入るのも躊躇われてエイミはテーブルについたまま。待っていれば必ず一度は声がかかるから、という話だった。


 実物も「乙女ゲーム」の通りなのだろうか――婚約者という立場は断固拒否だが、やはりそこは気になる。せっかくここまで来たのだし、とエイミは少しだけ背を伸ばしてそちらを眺めた。

 年齢の割に背が高いのは現国王譲りなのだろう、令嬢たちの頭越しにきらりと陽を反射するダークブロンドが目に入る。


「あ、綺麗な色」

「そうね、あの髪の色は先の王弟殿下に似ていらっしゃるわ」

「青い背に黄色い脇腹……ルリビタキ? でも今はそんな時期じゃないし」

「え?」


 エイミは王子よりも、その手前の木の枝にとまった小鳥が気になったようだ。すぐ近くで直立不動で控えていた王宮の侍女が、僅かにかくん、と体勢を崩したが、それにも気付かず瞳を輝かせて上のほうを眺めている。

 ああ、あれね、とイサベルも王子ではなく小鳥のほうへ意識を向ける。


「人前にはなかなか出てこない鳥だと思ったのに」

「さすがにここでは捕まえられることもないでしょうし、イタチなんかも入ってこないから」

「安心なのね」


 前世では「都内でも見られる幸せの青い鳥」とも言われていたルリビタキ。実際に見たことはなかったし、同じ鳥かどうかは分からないが、瑠璃色の青い羽根はやはり美しい。こんな所で会えるとは意外で、帰宅したらスケッチをしようとエイミは小さな鳥の姿を目に焼き付けた。

 綺麗な庭で美味しいお茶と珍しい小鳥。今日はいい日だったと、早くもお茶会終了の気分になったエイミは、小さな羽音を立てて飛んでいく青い鳥を空に見送って満足のため息をこぼす。


「……何か気になりましたか?」


 そのままぼんやりと鳥が去ったほうを見上げていたら、突然声をかけられた。振り向く前に斜め横の母を見ると、驚きにカップを持つ手が途中で止まっている。

 嫌な予感を感じて、それでも慌てて立ち上がろうとするとやんわりと制された。


「こんにちは。掛けてもいいですか」

「は、はい、もちろんです。どうぞ……こんにちは」


 護衛の騎士が二人、年配の侍女が一人。騎士の一人が椅子を引き、もう一人は周囲を静かに警戒し続ける。

 それに慣れた様子で同じテーブルについたのは、見せられた絵姿そのままの「王子様」だった。


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