SS・5月23日は「チョコチップクッキーの日」
次々と材料を並べてくれたコックのミセス・ターナーに見守られながら、エイミはボウルに入れたバターや砂糖、卵を木べらで練っていく。
ふるった粉と、最後にチョコチップをさっくり混ぜれば、生地の出来上がり。
手でコロコロと丸めて、天板の上でぎゅっと平たく押しつぶしたら、オーブンへ。
「へえ、『チョコチップクッキーの日』ですか。お嬢様は物知りですねえ」
「私も知らなかったけど、今日の新聞のミセス・アキツキの記事にあったのよ」
「おや。その方は、奥様とお嬢様が楽しみにしている連載小説を書いてる人じゃなかったですか」
「うん! 今日はお話のほかに、そんなおしゃべりも載っていたの」
お茶を飲みつつそんなことを話して待っていると、オーブンからはバターとチョコレートの甘い香りが漂い始める。
焼きあがったチョコチップクッキーがようやく触れるほどの熱さになったところで、エイミはミセス・ターナーに礼を言うと皿に盛ったクッキーとともにキッチンを後にした。
「お母さん! じゃーん。チョコチップクッキー♪」
「……猫型ロボットの登場かと思ったわ」
ティガーを撫でながらくつろいでいたイサベルは、手元の本をパタリと閉じると娘に笑顔を向けた。
「珍しくお母さんにティガーを預けて、何をしているのかと思ったら」
「いや、あの記事読んだら焼きたくなっちゃって」
ソファーから降りてエイミのほうにととん、と寄ったティガーもテーブルの上のクッキーが気になるようだ。ほかほかと湯気の上がるそれを興味深そうに覗き込んでくるが、さすがに猫にクッキーはあげられない。
お皿を遠ざけられて見るからにしょんぼりする背中はやっぱり丸い。見事な猫背だと思いながら、エイミはティガーの正面に座ると腕を回して抱きついた。
「はあぁ、今日も安定のもっふもふ……ごめんね、ティガーはダメなの」
「悲しそうな顔してるわねえ」
「でもダメ。あ、そうだ」
首周りの厚い毛に埋めていた顔を上げると、エイミはティガーの鼻先に、ちゅ、と軽くキスをする。
「5月23日は『チョコチップクッキーの日』だけど、『キスの日』でもあるんだって」
「あらあら、ふふ」
ちょっとご機嫌のなおったティガーに猫用のオヤツをあげながら、伯爵家の母娘は焼きたてでまだふにゃりと柔らかいチョコチップクッキーを食べたのだった。
初出:2018.5.23 活動報告より微修正
秋月 忍様(https://mypage.syosetu.com/411932/)から「チョコチップクッキーの日」というのがあると教えていただいて書いたSSでした!