39 王子不在の馬場ですが
学園内は例外として、未成年の貴族が外出する際には成人が同伴するのが、今世住むこの国の慣習だ。
エイミが王城へ行く時は、イサベルか伯爵家の執事が同行している。しかし向こうから迎えの馬車がよこされる場合は、護衛騎士や王宮侍女が最初から同乗してくれる。おかげでイサベル達と都合が合わない時も登城ができるので、恐縮する反面ありがたくもある。
侍女はともかく、護衛までつくのは大げさではないかとエイミは最初思った。だが、目立たないようにしているとはいえ仮にも「王宮の馬車」である以上、警護は必要なのだとエドワードからも言われ、そんなものかと納得した。
今日の馬車にはアリッサと、初めて会う護衛騎士が乗って来た。アリッサは初めてのお茶会の時にテーブル付きになった侍女で、それ以来エイミが登城するとほぼ毎回担当してくれている。
気持ちのいい風に赤毛の前髪を揺らしながら馬車の前で待つアリッサと、エントランスから出たエイミはお互いにぱっと笑顔を浮かべた。
「エイミ様、お久しぶりです。お元気そうで安心しました」
「アリッサ! 来てくれてありがとう。そちらの方は初めてね、よろしくお願いします」
「本日警護を担当します。お見知りおきを」
スコット・ケラハーザと名乗った護衛担当の男性とも挨拶を交わすと早速、伯爵家の使用人達に見送られて出発する。
もともと子爵家の令嬢であるアリッサは王宮勤務もベテランで、今は第三王子付きの配属になっている。
婚約者候補であるエイミの体型を陰で笑うようなところもなく、関係は良好。イサベルに言わせると、二人でいると小学校の姉妹クラスの六年生と一年生を見ているようだ、とのことだ。
茶会の後に知ったのだが、王宮の侍女頭のハンナは昔、イサベルの家庭教師をしていたそうだ。アリッサが担当してくれることが多いのも、その縁故を利用してイサベルが頼んだのだろうとエイミは思っている。
過保護な感じもするが、王宮内ですれ違う侍女達の中には、エイミに刺すような視線を寄越す人もちらほらいる。エドワードの婚約者候補として名前が挙がった令嬢達の関係者か、自分こそ王子妃になりたいと思う者達だろう。
護衛騎士はともかく、侍女とは距離も近く話す機会も多い。その度にとげとげしい態度を取られてはこちらも疲れてしまう。
そんなわけで、このイサベルのお節介に関してはむしろ感謝している。
そして本当のところは、お茶会でエイミを気に入ったアリッサが、自らハンナに申し出た結果の専属なのだった。
人目を気にしないでいい馬車の中は、お喋りに花が咲く。
エイミはまだ成人前で気軽に出歩けないうえ、休日は動物中心にばかり動いてしまう。城下の流行にも詳しいアリッサが教えてくれる情報は、目新しいものが多く、今も最近オープンしたばかりの菓子店のことで盛り上がっていた。
「王太子宮の配属になっている同僚と、先日の休みに行ってみたのです。サミーン王女用にバクルの菓子を用意する機会も多い彼女が言うには、見た目も味もかなり本場に近いとのことですよ」
「そうなのね! 気になってはいたのだけど、なかなか行けなくて。競技会が終わったら、って思っていたの」
王太子殿下とサミーン王女の婚礼をきっかけに、王女の故国バクルの料理や雑貨を扱う店が多く見られるようになった。新しくできた菓子店にも、そういう異国風を売りにしているところがある。そのうちの一店舗だ。
「喫茶室の内装も凝っていましたから、おすすめですよ。華美過ぎないですから男性も入りやすいようで、ご夫婦や恋人同士でいらしている方も多くて……今日はエドワード殿下が馬場にお越しになれなくて残念ですね、エイミ様」
「っ、え、そ、そうね、あああとそれにハンナさんやウェントスも連れて視察に行っているのよね?」
「ええ、今回は皆様で」
しどろもどろになりつつの話題変換に乗ってもらえてホッとするエイミは、アリッサがこっそり苦笑しているのに気付いていない。
手紙にも書かれていたが、この時期に行われる王都近隣の査察は毎年のこと。だが今年は訪問先での個別応対案件が急遽追加され、調整したものの結局、日程が押してしまったのだそう。
エドワード達は当初の予定より一日遅れて、明日に帰都するはずだ。
「あら、そろそろですね」
馬車が静かに速度を落とし始めたのに気付いたアリッサが降りる準備を始めると間もなく、王城の馬場へと到着した。
スコットが開けてくれた馬車の扉の向こうには、厩舎長のマーヴィンと飼育員のデリクが出迎えに出てくれていた。
「こんにちは、みんな元気?」
「ようこそ、エイミお嬢様。その『みんな』は馬達のことでしょうかな?」
「『みんな』は皆よ、マーヴィンもデリクも、もちろんフェンテも!」
馬車を降りたエイミを目ざとく見つけて、運動場の反対にいたフェンテが嬉し気に駆けてくる。
すっかり親しくなった愛らしい鹿毛の雌馬に両手を伸ばすと、待ちきれないように柵を越えてぐいんと首を伸ばし頬をこすりつけてきた。
久しぶりの再会に、エイミも満面の笑みで首の付け根を撫でて応える。相変わらず素晴らしくツヤツヤの手触りに、うっとりしてしまう。
「ごめんね、最近ちっとも来られなくて」
「いえ、今月末の武闘競技会の準備で、お忙しくしていらっしゃると聞いております」
「うん、当日のお手伝いだけだと思っていたから……ウェントスにも会いたかったな。フェンテは今日も美人さんね!」
目を細めて再度鼻を摺り寄せてくるフェンテに、エイミも抱き着く。
競技会に医療院の一員として参加を、との依頼は期間中だけの話だと思っていた。ところが準備が大詰めを迎えてからというもの、会議や現場に赴くディオン卿に同行する毎日だ。
治癒魔術師達は広く国内各地に散らばっている。それぞれに患者を抱えているし、国主催の大きな行事とはいえ競技会にばかり関わるのは難しい。
開催中は交代で競技場に詰めるが、その前準備等は「王都在住で現役ではなく、責任が持てる経験者」――今回はディオン卿に一任されていた。
卿の実力に文句など出ようもない。
ただ困ったことに、自分を基準にするせいか、一般的な治癒魔術師の能力を超えた設定をしがちな御仁である。
また、相手側の担当者には彼の教え子も多く、当時を思い出しては勝手に委縮してしまったり、おかしな齟齬が発生したりといった弊害があった。
準備期間に合わせて研修先から帰国した内弟子が調整役になっていたが、その彼はこまごまとした準備のため、ここしばらく王都を空けている。
そんな折、たまたま折衝現場に居合わせたエイミが助け舟を出したことから、打ち合わせにはぜひご一緒に、と先方から懇願されたのが始まりだ。
大人に混じって協議をしたり、医療器具や動線の確認をしたり……前世の記憶は高校生までで、スーパーのアルバイト止まりのエイミには初めて体験することばかり。
忙しくて学園も休みがちになってしまっているが、いかにも「助かった」という目を向けられればやはり、誰かの役に立っていると感じられるのだった。
「今日は先生も別の御用とかで、向こうはお休みなの。夕方までいられるから、後で散歩にも行こうね、フェンテ」
エイミの言葉が分かったようで、フェンテは嬉しそうに前脚をかくような仕草をする。少し遅れて集まってきたほかの馬達も、順々に撫でて親し気に話しかけるエイミに、馬場の職員たちは目を細めている。
王城内の厩舎には、視察や見学、持ち馬の相談などで貴族達もよくやって来る。しかし、無茶な注文や言いがかりをつけてきたり、職員達に尊大な態度を取る者も決して珍しくない。連れてこられた貴族の子どもが、馬達にイタズラを仕掛けたりすることもある。
そんななか、エイミは動物の嫌がることはしないし、貴族令嬢にしては非常に珍しく、下級貴族や平民の飼育員に対しても見下すような言動をとらない。
身分差は心得ていて相応に接するが基本的にフラットな態度で、突然怒り出したりすることもない。それだけで、特に平民の職員や下働きの者達からの人気はうなぎのぼりだ。
それに、兄王子達と違って、エドワードは幼い頃からこの厩舎によく来ていて、マーヴィンほか職員達とも気心が知れている。王宮の方針や両陛下の意向により表立っての支援はできないが、厩舎の者は皆、第三王子びいきだ。
そんな王子が望んだ婚約者候補のエイミが、ここで厚遇されないわけはないのだった。




