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37 競技会はもうすぐ(後)


 訓練場を後にする四人。そのうち若干二名は疲労の色が濃いが、エドワードと将軍の表情は明るい。

 剣が持てるくらいの年齢になってからずっと、エドワードとアレクサンダーは、このライリー将軍と孫のケヴィンを相手に武術の稽古に励んできた。

 ケヴィンはエイミの兄、ハロルドと同年齢。二人の練習相手兼指導役をしているが、最近は将軍自らが手合わせをすることも多い。


 三番目の空気王子とはいえ、エドワードも直系王族の一人だ。もともとの素養は高く、訓練次第では兄王子を抜く技量を身につけることも可能だが、周囲も本人もそれを望んではいなかった。

 ただ、エドワードになにかあれば、それも動乱の引き金になりかねない。それゆえの防御特化の指導である。


 訓練場に備えられた控室に戻り、武器の手入れや着替えをしながら、アレクサンダーはエドワードに問いかけた。

 

「俺はこのまま寮に帰るけど。エドは?」

「技術局にいくよ。アレクとはまた明日だね」

「ああ、魔道具のか。何か新しい研究を始めたのか?」

「今晩あたり集計が届くはずなんだ。急ぎではないけれど、その分析をね」


 にこやかに返すエドワードからは、研究室で充実した時間を過ごしている様子がうかがえる。魔道具をあれこれするのは性に合っていたようで、アレクサンダーも新しい製品の開発話を楽しく聞いたりしていた。

 武器以外の魔道具は門外漢のケヴィンが、汗を拭きながら不思議そうな顔をする。


「集計、ですか?」

「文官達に支給している魔道具の追跡調査……といえばいいかな。使用状況や摩耗具合なんかを調べるんだ」

「ふうん、なんかややこしそうだな。エド、それをノースランド伯爵から頼まれたのか」

「言いだしたのは私からだけど、うん。任せてもらえた」


 できる者にはそれ相応の仕事とポジションを――つまり、必要とされる能力さえあれば、身分も年齢も問わないというのが、ジョシュア・ノースランド魔術院技術局長の姿勢だ。たとえ王族相手でも、その実力主義は変わらない。


 ――これまでの個人講師も、表向きは平等を謳う学園でも。

 王族であるエドワードが、能力や結果だけで純粋に自分を判断されたことはまずない。

 ライリー将軍とジョシュアは、エドワードにとって己の身分を忖度する必要のない、数少ない指導者だった。

 そんな上司の眼鏡に適ったと、軍服から普段の服装に戻ったエドワードは顔をほころばせる。片付けた武器のチェックをしながら話を聞いていたライリー将軍が、思い出したように口を挟んだ。


「ああ、あそこはルドルフのところの婿が勤めていましたか。ジョシュアは元気ですかな?」

「病気とかはないけれど、いつも忙しくしているよ」

「はっは、相変わらずですな」


 あちこちの研究班や作業場所を行き来しては指示を出してまわり、複数の処理と自分の研究を同時にこなす上司を思い出してエドワードは答えた。

 実際、いつも多忙のジョシュアと私語を交わす暇は無く、ときたまエイミ関連で手紙や土産などを渡されたり頼んだりする程度。婚約の進捗に関しても、最初の授業の時以来、具体的に何か言われたことはない。


「名目上ではない婚約者として」エイミに想ってもらいたい、と父であるジョシュアに言い切った初日。あれ以来、見定めようとしているのだろう彼を前に、出来ることをするしかないのも確かだった。

 その結果が、講義の受講生から技術局の共同研究者への昇格だが、その点に不満はない。


「それでエド、結局その集計は何になるんだ?」

「うん、故障の予測を出せるかと思って。今後の開発にはもちろんだけど、現行魔道具の修理部品の管理や在庫調整にも役立つし。手に入りにくい材料や、作るのに時間のかかるパーツもあるからね」

「……なんていうか、既に目線が技術者だな」

「本当ですね」


 若干引き気味のアレクサンダーとケヴィンだが、エドワードは気にした様子もなく小首を傾げた。


「そう? アレクだって、もう領地の経営をやっているでしょう」

「それとこれは違うだろ。俺がやるのは決裁や最終的な管理監督くらいだ。爺に振っている分も多いし」

「それだって十分ですよ……この人達はまったく。無駄に能力が高い上に、その自覚がないのだから」


 別に特別なことではない、と言い切るアレクサンダーに、ケヴィンは額を押さえた。しかしそんなケヴィンにもエドワードから指摘が入る。

 

「そう言うケヴィンは、今年の武闘競技会の監督責任者だって聞いたよ」

「面倒な段取りは文官達の仕事です。現場のあれこれくらい、普段とそう変わらないですから。まあ、ギルドや他国との調整が多少面倒なくらいですかね」

「軍属のくせに、あの海千山千の奴らと口で渡り合うお前も大概だぞ」

「ははは、アレク様は人聞きの悪いことを仰る。あの方々に比べたら、私などまだまだ若輩者でして。それより、出場者の大枠が決まりましたよ。ハロルド達からも、ギルド経由で申し込みがありました」


 それを聞いたアレクサンダーが、ばっと身を乗り出した。


「ハル先輩達が出るのか! いつ来るって?」

「それはまだ。彼らのランクは予選免除されているクラスですし、こちらに来るのは直前かもしれませんね。今は『特区』に行っていると聞きましたよ」

「『特区』ってマジかよ、先輩……さすがだぜ……」

「喜んでいますけど、アレク様。彼らと当たる可能性もあるのですよ?」


 武闘競技会は個人戦と団体戦。したがって、パーティメンバーで参加するハロルド達と、将軍を除く今ここにいる三人で挑む予定のエドワード達は、同じ団体戦のトーナメント枠だ。


「ハル先輩と直接手合わせできるなんて、願ったりだよ。それにケヴィンは先輩達と同期だろ?」

「まあ、そうですが、あいつらは……特にハロルドは、必ずこちらの予測値を超えた動きをしますから、私の対戦経験は役に立ちません。実力は認めますが、太刀筋も考えも奔放すぎです」

「ああ、ハロルドのそれはノースランドの血筋だろう」

「ライリー将軍、なにか心当たりが?」


 エドワードが尋ねると、懐かしそうに頷きながら将軍は昔話を披露した。


「ジョシュアがイサベルに求婚するときに、一悶着あったんです。ルドルフはあれで子煩悩ですから、『俺を倒せん奴に娘はやらん』とか言いだして剣の勝負をすることに」

「一対一であの辺境伯を倒せだなんて、難易度高すぎでしょう」


 ケヴィンのツッコミはもっともで、エドワードもアレクサンダーもその通りだと同意する。

 目の前のライリーが陸で名のある武人なら、ルドルフ・ウォーラムは海のそれ。しかも、彼は海戦の指揮に優れているだけでなく、個人の膂力も抜きんでている。

 対して、魔道具の研究界隈では頭角を現し始めているものの、ジョシュアはまったくの文官畑と考えられていたし、事実そうだった。


「局長が剣を握るところとか、あまり想像できないな」

「その通り。詰んだ、と皆が思いましたな。ところがいざ打ち合ってみたら、ジョシュアの独特な剣技にルドルフは虚を突かれまして、からくも勝って無事に二人は結婚できたというわけです」


 実はジョシュアの剣には、前世で馴染みのあった剣道の影響が濃く出ている。今世の武闘スタイルからすると構えも足運びも馴染みがなく、想定外だったようだ。

 そんな二人をよく知る将軍は、エドワードに向かって悪戯っぽく忠告をする。


「舅と婿とはいえ、案外あの二人は似ていますからな。殿下も鍛錬しておいた方がよろしいかと」

「まあ、なんだ……骨は拾うから」

「アレク、それ励ましになっていないよ」


 ぽん、と肩を叩くアレクサンダーと同情の目を向けるケヴィンに、エドワードはにこりと微笑んだ。


「けれど局長のだす条件がもしそれでいいのなら、かえって気がラクだな」

「おや。その意気ですな、殿下」


 朗らかに言い返したエドワードに、ライリー将軍も笑顔をみせたのだった。


 

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