【小話】レティシア嬢のノースランド伯爵家初訪問
(本編時系列より少し前。初めてレティシアがエイミ宅を訪れた時の小話です)
「本当に急にお邪魔してよろしいのかしら」
「うん、平気。あ、お父様お母様、ただいま戻りました」
ノースランド伯爵家のエントランスには、室内に飾る用の花を抱えたイサベルと、珍しく明るいうちに帰宅した父の姿があった。
「エイミ、お帰りなさい。いらっしゃい、ロザリンドさん。あら、今日はもう一人お友達……」
レティシアを見るなりイサベルは大きな瞳をさらに丸くして、持っていた花籠を取り落とした。
――ああ、やっぱりお母さんってば。
「っ、日比谷っ!? 何故スターがここにっ」
「違うから。気持ち分かるけど、そうじゃないから。お母様、落ち着いて」
「え、ヒビ、ヤ……?」
イサベルが手放した花籠を冷静にキャッチした彼女の夫は、おや、と感心の声をあげた。
「羽根の軽量化の相談か? 荷重減の魔道具はまだ試作段階だが、耳が早いな」
「お父様も違うから。背負わないから」
「はね?」
エイミとロザリンドに誘われて、ティガーに会いにノースランド伯爵家に来たレティシア。居合わせたエイミの両親には貴族にありがちな威圧感が無く気が緩んだが、言われている話の内容が分からなくて首を傾げる。
歓迎されているのは伝わってくるが、他家で受けるような「侯爵令嬢向け」の反応とも違っていて戸惑う。とはいうものの、悪い気はしない……伯爵夫人の盛り上がりは、少々予想外ではあるが。
「ちょ、ちょっと誰か、軍服とレイピアをっ、ロザリンドさんには赤……いえ、ピンクのドレスがいいかしら、フリルたっぷりで、リボンとベルスリーブは外せないわよね、あとそれと」
「お母様、落ち着いて」
「え、だめ? じゃあ、シャンシャンを持ってそこの階段から降り」
「お・か・あ・さ・ま。レティはティガーに会いにきたの」
――イサベルの前世での趣味の一つは「観劇」
住まいが遠く、本拠地の大劇場にはほとんど足を運べなかったのが心残りだと、以前にぼやいていたことがあった。そして付き合わされた父も、それなりに嗜んでいる。
遅ればせながらの自己紹介の間も、娘とお揃いの金色の瞳を輝かせて友人達を見つめるイサベルに、エイミは自分の予想が間違っていなかったと小さく肩をすくめた。
「どうぞゆっくりしてらしてね……ティガーを抱くオスカr」
「ああ、大丈夫だから。ほら、行きなさい。ティガーが待っているんだろう?」
「そうするね。さ、行こう二人とも」
「え、ええ」
自分の想像にうっとり空を見つめるイサベルと、それを取りなす父を残して、女子三人はそそくさとエントランスを後にした。
・・・
自室の扉を開けたエイミの姿を認めるなり、待ちかねたティガーがクッションの下から出てきて「おかえりなさい」のご挨拶タイムが始まった。
「……この子が、ティガー……」
「ね、レティ。可愛いでしょう?」
「お、大きいのですわね。聞いてはいましたけれど、予想以上ですわ」
ティガーに迎えられてご満悦のエイミだが、レティシアはその大きさに目を丸くする。
太い足に、長い尻尾。フカフカした長毛のせいで、ますます大きく見える体。キラリと光る金色の瞳はどこか野生めいて――膝をついたエイミにのしかかるように抱き着いて帰宅を歓迎する様子は、襲われているんじゃないかと一瞬勘違いしそうになる。
自分の飼っていたミミと行動は同じなのに、大きさが違うというだけで受ける印象がこんなに変わるとは。
「こう見えてティガーはすごく静かな子なのですよ、レティ。ポーシャのほうが元気がよくて、いつもティガーに呆れられるくらい」
「ロザリンド、本当?」
「ええ。この前もポーシャばっかり『遊んで、遊んで』ってしてて」
何度かポーシャを連れてエイミの家に来ているロザリンドは、その時のことを話して聞かせる。
体が大きいことからくる余裕なのか、もともとの性質なのか。
元気印のポーシャが走り回るのを尻目に、ティガーはエイミに体のどこかをぴとんとくっつけて、ゆったりと尻尾を揺らしてばかりのことが多い。
ポーシャから何度も誘われて、エイミにも勧められて、ようやく立ち上がるといった余裕のみせようだ。
自分の周りをくるくると勢いよく走り回るポーシャにちょい、と足を出して動きを止め、そしてまた楽し気に走り出すと同じように足を出す……そんなふうにして遊ぶ二匹を、飼い主の二人はにこにこと眺めたのだった。
「……見た目に反して、大人しいのね」
「うん。私と遊ぶ時もね、どんなにはしゃいでも引っ掻かれたことがないの。あ、甘噛みは時々あるけど、痕も残らないくらいだし」
「そうなの?」
子猫のミミに何度も引っ掻かれた思い出のあるレティシアは素直に驚く。そうされても使用人に世話を投げる気にはならなかったし、しばらくすると扱いにも慣れて、痛い思いをすることもなくなったのだが。
勧められてソファーに腰掛けながらも、猫談義は続く。
「レティのミミはどんな子です?」
「ティガーほどは大人しくはないですけれど、聞く限りポーシャのようでもありませんわね」
「毛並みが優雅なんでしょう、性格もお姫様っぽいのかなあ」
「姫……そうね、否定しませんわ」
――刺繍のクッションの上にすらりとしたミミがくつろいで座り、少し離れた窓辺にはお昼寝のティガー。二匹の間を走って行ったり来たりするポーシャ。
「「「……可愛い」」」
そんな絵がするりと思い浮かんでしまい、三人揃って幸せなため息がこぼれたのだった。
(前半:WEB拍手より微修正再録、後半:加筆)
お読みいただきありがとうございます!
本編で触れた「女子会」ではないですが、ちょっとした小話でした。次回更新は来週です!
他作ですが『森のほとりでジャムを煮る(N4644DH)』の3巻が、カドカワBOOKSより明日発売になります。
猫ではなく、犬が出てくるそちらもよろしければ!(書籍1,2巻はウェブ版から改稿&大幅加筆、3巻は書き下ろしです)