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3 家族で相談しました

 動物を飼いたいというエイミの願いに母も理解を示してくれたが、父は条件を付けた。

 前世では体質だったアレルギーが今世で発症しないとは限らない。防ぐ手立てがあればそれをとるべきだし、もし、なってしまった場合には治療が必要だ。

 そのために――『魔術』を身につけなさい、と。


 治癒魔術ができれば、自分で対処ができる。また、清浄や防御系の魔術も習得すれば、ある程度防ぐことも可能だろう。そう言って、広く魔術を身につけることの必要性を説いて聞かせた。


「貴方お得意の魔道具で、根本的に解決するような何かいいものは作れないの?」

「私はもともと機械畑出身だからね、医療方面は明るくないんだよ。そもそも、この世界にはアレルギーっていう概念がないし」


 近隣諸国との争いが落ち着いている昨今、近々に手配すべき武器系の魔道具の必要性が薄いことから魔道具の開発に掛けられる全体予算は減らされる一方。

 平和なのはいいことだと、ノースランド伯爵は妻と娘の前で気楽にぼやいた。


「道具よりも騎士団や魔術師団に予算の比重が傾くのは分かる。抑止力としても示しやすいし、人材を育てるのには手間も時間もかかるからね。認知されていないものに対応する魔道具を研究するほどの予算は余っていないな。うちの部署も結構カツカツなんだよ」

「しょっぱい台所事情だわ」

「ええっと、無駄遣いよりいいんじゃないかな?」


 苦笑いの父と容赦なくツッコむ母に、そうしか言えないエイミだった。

 前世の記憶を思い出してから、家族の間はどう変わったかと言うと……あまり変わらなかった。家族だけになった時に思い出話に花が咲くのと、かつての口調が混じる程度。

 この世界で生まれ、今まで生きてきた年月というものは体の隅々まで染み込んでいて、変えようとしても変えられるものでもない。

 過去はやはり過去のもので、現在には敵わない。

 自分の一部ではあるけれど、今の自分を覆い尽くしそっくり塗り替えてしまうような、そんな強烈なものではなかったことにエイミは正直安堵した。


 たとえ十年といえ、今までの全てが過去(ぜんせ)に取って代わられたら、どこに立っているのかも分からなくなりそうで不安だったのだ。

 父母も兄も、前世を自覚したときに同じように感じ、同じような道を通ったという。

 先達が身近にいることも安心材料の一つで、大きな混乱もなくエイミは過去と現在を受け入れることができた。


 精神的に急に大人っぽくなり、同年代の子どもに比べると落ち着いて見えるはずだが、内弁慶は変わらなかったので、表面的にはあまり変化はない。

 好むドレスやアクセサリーがお姉さんっぽいシンプルなものになったくらいで、近くで世話をする侍女を含め使用人達も「少し早いけれど、そういうお年頃」と特に気にしていないようだ。


「分かった。魔術の勉強をもっと頑張る。そうしたら、猫を飼ってもいいんだよね?」

「ああ。まずは治癒魔術を一通り身につけなさい。そうしたら最初の一匹を飼っていい。しっかりできるようになったかの判定は、そうだな……ハルに頼もう」

「お兄ちゃんに?」

「そうね。ダンジョンとかでよく怪我をしているから、治癒魔術の効き具合にも詳しいはずよ」


 学生の身分で魔獣のいる森やダンジョンに入るには数人のグループでないと認められず、その中に治癒魔術を使える者がいることは必須条件である。

 エイミの兄、ハロルドにはこれまで生死にかかわるような大きな怪我こそはないが、打撲や切り傷擦り傷などは日常茶飯事だ。毎度治してもらっているので、確かにこの家の中で一番「治癒魔術を受け慣れている」といえるだろう。

 翌週、帰宅した兄は笑って了承してくれた。


「じゃあ、その時は連絡くれ。向こうで治癒魔術受けないで帰って来るから」

「ええ、酷い怪我だったら治してもらってきてよ。それで、こっちでもう一回怪我したらいいんじゃない? 階段からちょっと落ちてみるとか、うっかりペーパーナイフで手を切っちゃうとか」

「何気にハードな役目だな、おい」


 お兄ちゃん頑張れ、とのんきに応援する母親にハロルドは額を押さえる。そういえば、とエイミは記憶の中の乙女ゲームのことを口にした。

 兄にも「乙女ゲーム」のことは伝えたが、女性向けのゲームにはとんと興味がない彼だったため、実感には薄い反応だった。意識された結果ゲームの軌道に乗っても面倒なので、その程度でいいかもしれない、とエイミは思っている。


「ゲームの中の画面でさ、お兄ちゃんっぽい人のここに傷痕があったんだよね」


 指で示したのは、眉尻から右目の際を通って頬骨の上あたりまで。薄く残る筋のような傷の痕、それがまた「冒険者」っぽくもあり「ちょいワルな遊び人」っぽくもあったのだが。

 実際にそんなところに怪我をしたのだとしたら、失明の危険だってあったはずだ。にわかにエイミは心配になった。


「そうなん? そりゃ顔だって怪我することもあるけれど、痕が残るほど深いのはないなあ。それに、その場で治癒魔術かければ綺麗に治るし。それ、わざと残したんじゃないか、きっと」

「なんで?」

「んー……モテそう、とか」

「思春期の考えそうなことだわ。そんな理由でわざわざ傷を残すなんて、お母さんは悲しいっ」

「俺、やってねーし。彼女いるし」


 その彼女の名前が前に聞いたのと違っていて、また母に突っ込まれている兄。

 特に政略による婚姻を必要としないノースランド家は基本的に自由恋愛推奨で、十八歳までは婚約者も無理に置かないというのが以前からの両親の方針だ。今回エイミにもたらされた第三王子との婚約話というものは、この家にとってよほどイレギュラーだったのだ。

 そんなわけで、ハロルドにも自分で責任のとれる範囲で恋愛含め行動の自由は認められている。


「浮気なんてしねーもん。なのに『やっぱりごめんなさい』ってなるんだよ、俺は悪くない」

「お兄ちゃんさあ、魔獣の討伐にかまけてるだけじゃん? それで愛想つかされてサヨナラされちゃうんじゃないの」

「た、楽しいんだよっ! 仕方ないじゃないかぁ!」

「……ハロルド」


 じとーん、と半分呆れた目で母に睨まれたカエル状態の兄を見ると、ゲームに夢中で宿題もせずに夜更かしして怒られていた前世の兄と重なる。

 あれだけ好きだったのだもの、そりゃあ、のめり込むだろう。しかも、実際に冒険者(ハンター)としてそこそこ名も売れるくらいには努力もした。その結果の今なのだから、気持ちは分からないでもない。


「だってさ、俺の双剣に惚れたとか言ってくるくせに、ダンジョン行ってると寂しいとか、もっと構えとかって……無理だろ。どうしろって言うんだ?」

「どうせデートの時も、剥ぎ取りの方法とかばっかり話題にしてるんでしょ、お兄ちゃん」

「ぬっ!? 女子は宝玉が好きだろう、好きなものの話は楽しいはずだっ」


 倒したばかりの魔獣を切り刻んで宝玉や原料素材を取り出す血みどろ風景を詳細に実況されて、嬉しがる女子がいたら教えてほしい。


「うふふ、ハロルド? そこになおりなさい。ものには程度というものがありますの、ご存じ?」


 前世を思い出す前も会話の多い家だったが、余計気が置けない雰囲気になった。それがエイミにはちょっと楽しくて嬉しい。

 歴代の彼女に代わり、母から正座で苦言を呈されたハロルドは、なんだかんだ言いながらも楽しそうにまた学園へと戻って行った。


 そうして、エイミは魔術の習得に没頭するようになった。

 それまでも、魔術の勉強は嫌いではなかった。しかし猫がかかっているのだ。ここで本気を出さずにいつ出すというのか。

 半月も経つ頃には家庭教師が驚くほどのスピードで成長を遂げたが、しかし、あと一歩のところで上手くいかない。


 魔法素養の高い母方の血だろうか、エイミの魔力はもともと質が良い。しかし絶対量が少なく、出力の安定に欠けるのが欠点だった。

 こればかりは本人の体質や年齢によるところも大きく、コントロールや練度を上げたところでどうなるものでもない。頑張れば頑張るほどお腹が空くだけで、肝心の魔術のほうは置いてけぼりだ。


 まだ十歳。時間とともに成長していくだろうが、それを待つ時間がもどかしい。こうしている間にも、猫がどんどん遠ざかる……などと、半ば落ち込んでいた時。

 活路は思いもかけないところからやってきた。


 魔術の練習は停滞を見せていたが、同時進行していた「たくさん食べて太ろう」計画のほうは順調だった。ノースランド伯爵家のコックは腕が良く、また伯爵夫人の指示するメニューはあくまで健康的に体を育てるものだった。

 まんべんなく体重も増え、その変化はエイミ本人でも分かるくらい。それまで整った容姿ゆえ感じられた冷たさが、頬がまあるくなったことによって親しみを感じられるようにもなった。愛嬌がでたのだ。


 着ていたドレスがきつくなりお針子を呼んだあたりから、魔力の出方に変化を感じられるようになった。

 体重が増えるごと、それに比例するように魔術の展開が安定していく。発する魔力も、今までは象さんのジョウロでチョロチョロと水を撒くようだったのに、大きな園芸用のに変わったかのようだ。

 どうやら体重が増えると土台が安定するらしい。

 やはりというか、魔力が個人に属するものである以上、それを宿す肉体とは切っても切れない関係なのだろう。オペラ歌手の声量と似ている、とエイミは思った。


 食べれば体重も魔力も増える。

 そのことに気付いたエイミの食事には、もう一皿追加されるようになったのだった。 


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