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【閑話】カメラができました

 先だって、ジョシュア(エイミパパ)のところへ届いた、カメラレンズの材料であるシーサーペントの目。

 通常、基礎研究は済んでいても、実際の製作となるとスムーズにはいかないもの。とはいえ、そこは前世で技術者だったジョシュアである。過去スキルを最大限に発揮して、多少時間はかかったが無事にカメラが出来上がった。


 家族だけの居間でお披露目されたそれは、縦長の四角い箱型で、レンズは中央にひとつ。構造はエイミに馴染みのあるデジタルカメラではなく、フィルムカメラに近いようだ。

 とはいえフィルムは使わず現像もしない。本体の背面を開いて、印画紙に当たる特殊な用紙を一枚ずつセットし、上から覗き込んでシャッターを切るスタイルだ。

 当然、準備した用紙の枚数しか撮れないし、撮り直しもできない。

 現段階で完成したのは静止画像のみだが、今後の改良で動画の撮影もできるように設計してあるという。


「二眼レフとか、中版カメラの形に近いわね」

「これが一番しっくりきたからね」


 ジョシュアとイサベルは、フィルムカメラを使ったことのある世代だ。特にイサベルの前世の父はクラシックカメラが趣味だったため、懐かしそうにその黒いボディを眺めている。

 先ほどまではレンズの構成枚数がどうの、露出が、F値が、等々エイミにはさっぱり理解不能なカメラ用語が夫婦の間で飛び交っていた。

 なんとなく分かったのは「ピント」と「シャッタースピード」くらいだろうか。

 

「それで、お父さん。これ『カメラ』じゃなくて『写像機しゃぞうき』って名前にしたんだ」

「ああ。そのほうが説明しやすいだろう」


 写真が存在しない今のこの世界で「カメラ」や「写真機」では意味が通じない。そこにあるものの()()し取る、という意味でその名前を付けたという。


「まあ、大っぴらに見せる予定もないし、これ以外には作らないから、名前はなんでもいいのだが」

「え、そうなの?」

「シーサーペントの目なんて早々手に入るものじゃない。作るにしてもコストがかかりすぎるし、量産は無理だ」

「確かに……」


 実際、カメラがほしいね、と言いつつ材料の問題で何年も棚に上げっぱなしになっていた。

 ぽろっと「シーサーペントの目があったらなあ」と何の気なしに呟いたエイミの言葉を、偶然、本当に偶然にエドワードが拾ってくれたからこそ、こうしてたった一台が完成したのだ。

 できたばかりのカメラを大事そうに持ち上げてしげしげと眺めるエイミに、仮眠を取っただけで目の下にクマを作ったジョシュアが諭すように話す。


「それにこういうものが突然現れると、色々面倒なことになりがちだ。なに、必要になれば他の誰かが似たような物をつくるさ」

「そういうもの?」

「そうね。たとえば、姿絵を描いている画家さん達のお仕事を奪うことにもなっちゃうでしょう。ま、お父さんは、部分的な技術権の確保だけしておいたらいいんじゃないかしら」

「……うちの奥さんは相変わらずしっかりしているな。で、エイミは何を撮るか決めたのか?」

「うん!」


 印画紙に当たる用紙は、特別に作った紙を、これまた特別に魔術処理したものだという。そちらは試作段階でまだ枚数の用意ができないため、今日撮れるのは五、六枚だ。

 写像機を父に戻すと、足元にいたティガーをよいしょと抱き上げてエイミは満面の笑みを向ける。


「ティガーを撮るの!」

「言うと思った。でもなあ、動かないでいられるか?」

「大丈夫、こうして抱っこしてるから」

「はあ……頼むぞ」


 テスト撮影なのに動かれてブレるのは困る、と躊躇されるが、最初の被写体がティガーなのはエイミの中での決定事項。

 レンズの材料であるシーサーペントの目がエイミの伝手つてで手に入ったことを思えば、結局ジョシュアに拒否はできないのだった。


「じゃあ、そっちの椅子に座って。イサベル、横のレースカーテンだけ引いてくれるか」

「ここの窓ね。あ、ねえ、焼き増しはできるの?」

「転写は可能だが、画質はかなり落ちるな」

「それなら、エイミとティガーのを私用にも一枚欲しいわ」


 楽しそうに会話を続ける両親の声を聞きながら、エイミは椅子に掛けてティガーを膝に抱く。今日もふわっふわのティガーはエイミの肩に前脚をかけて、満足そうに喉を鳴らした。


「じゃあ撮るぞ、こっちを見て……ティガー、こっち。おーい、ティガー」

「ふふ、くすぐったーい。ティガー、ちょっとだけお父さんのほう向いて?」


 ジョシュアの声が聞こえないのか、まったく意に介さずエイミの喉元に額を埋めてモフモフと甘えるティガー。エイミのお願いも知らん顔だ。


「あら、そうしたらエイミ、あなたもティガーのほうを向いたら? 見つめ合う二人の仲良し写真にしちゃいましょう」

「……なんだ、その結婚式の記念写真みたいなのは」

「え、写すのはティガーだけでいいんだけど」

「いいからほら、あっ、いい角度! きゃあ、今の素敵、お父さん早く撮って!」

「お、おう」

「きゃー、おでここっつんってしてー! かわいいっ、もう一枚っ! 今度はほっぺくっつけて! あ、そうそう、エイミ人差し指でティガーの鼻つんっ! やーん、いいわーっ」


 結局、用意した枚数全部をエイミとティガーに費やして撮影会は終了した。

 わくわくして三人で眺めた仕上がりはなかなか綺麗な写り具合で、エイミは驚く。写真そのもののサイズは小さめだが、ちゃんとフルカラー。ティガーの綺麗な毛並みもピンと伸びたヒゲもしっかり写っている。

 ジョシュアはまだ少し改良と調整をするというが、これでも十分満足のいくものだ。


「わあ、すごい。綺麗に撮れてるね!」

「エイミ、どれか選んで。シーサーペントの目のお礼に、さすがに殿下にはお見せしなきゃ」

「え?」

「あー、ちょうど明日は魔道具の授業だったか……仕方ない、一枚やるか」

「ええっ」


 撮れた写真はどれも、エイミとティガーの仲睦まじいツーショットばかり。

 ティガーならいくらでも見せびらかしたいが、自分が写っているとなると話は別。そもそも、前世でも自撮りするタイプではなかったのだ。

 

「……次にティガーとふくたを撮って、それにしてもいい?」

「こういうのは、一番最初に撮った、っていうのが大事なの。ね、お父さん」

「まあ、そうだな」


 イサベルがこうと決めたことに家族の誰も抗えないことは、前世からのお約束。エイミは反論を諦めて、迷いながらもどうにか一枚を選び父に手渡した。




・・・・・




 後日。綺麗に包装された小さな小箱が、どこか不機嫌なジョシュアからエイミに手渡された。


「これ、なに?」

「殿下から。写真の礼だそうだ」


 なんだろうと思いながらエイミが包みを開くと、出てきたのはやや厚みのある楕円型のペンダント。

 エイミの瞳と同じ金色で、服装を選ばずに着けられそうな長さの華奢なチェーンが付いている。表面には丁寧な彫刻が施してあり、とても美しいものだ。


「わあ……」

「綺麗なペンダントね。あら、ロケットじゃない」

「ロケット?」


 母に言われるままペンダントの縁の突起を押すと、パチリと開く。蓋の裏にはエイミの名前が彫ってあり、本来ならば細密画ミニアチュールが嵌まるところは空になっていた。

 何も入っていない内側を指さして、イサベルは意味ありげに微笑む。


「ほら、ここに写真とかを入れら「分かった、ティガーのね!」


 ぱあっと表情をほころばせたエイミは早速、先日撮った写真を取り出して選定に入る。

 そんな娘の楽し気な姿に夫婦は顔を見合わせた。


「そこは『エド様の写真を撮って入れるー』くらい言ってほしかったわ……」

「それはいらん」


 前世から換算すると精神年齢はもう成人のはずだが、今世では身体年齢に引きずられがちなようで、「年齢の割にやや落ち着いている」程度のエイミ。さらに前世では、さっぱり色恋に縁がなかった。

 数枚の写真をふっくらした手で持って、あーでもない、こーでもないと、ペンダントと見比べて頭を悩ますエイミと、その隣にぴったりと座るティガー。

 恋にはまだ早いような娘は、それでもどこから見ても幸せそうで――


「ま、いいかしらね。お父さん、お茶飲みます?」

「……そうだな」


 ノースランド家の午後は今日も、穏やかに過ぎていくのだった。





久し振りに閑話でした。

連載更新分も執筆中ですので、もう少々……膝の上で猫を撫でる心持で、のんびりまったりお待ちいただけると嬉しいです!

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コミカライズ始まりました!
そん猫コミカライズ① そん猫コミカライズ②
作画/甘伊ちょこ先生
2025/11/20~ ピッコマ先行配信

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ノベル版は英語と日本語で書籍化しています
(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)
そん猫英語版①書影 そん猫日本語①書影
英語版 Cross Infinite World(イラスト:茶乃ひなの先生)
日本語版 アマゾナイトノベルズ(イラスト:小澤ゆいな先生)
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