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28 談話室の会話

 その後は少し落ち着いて何気ない会話が続いていたが、そういえば、と今年開催される御前試合――競技会の話題をレティシアが持ち出した。


「ジャハル王子、本当に出場なさるの?」


 バクル国は武術も盛んで、特に王族は剣技を磨くのをよしとする国風。そのため出場すること自体は不思議ではない。しかし、年齢制限がなく体格によって体力・魔力面で当然ハンデがついてしまうため、トーナメントに参加するのは基本的に成人ばかり。

 レティシアはそういった意味で確認したかったのだが、予想外の返答がジャハルの口から飛び出した。


「そうだよ。今年はエドやアレクも出るって言うから」

「え?」


 それにはエイミも驚いた。手紙でも先日会った時にも、そんな話は出てこなかったから。慌ててエドワードのほうを向くと、ごめんね、と微笑まれてしまう。


「内緒にするつもりはなかったのだけど、言いそびれてて」


 なんでも、王族の男子は在学中に競技会に出場するのが習わしだそう。

 兄王子達も過去に出場したというが、彼らとは年齢が離れているし、あまり興味がなくハロルドが出場するまで観戦もしたことがなかったエイミは知らなかったのだ。


「兄上やハロルド殿ほどではないけれど、簡単に負けるほど弱くはないつもりだよ」

「エド様、でも、怪我とかしたら……」


 次兄の王子は騎士団長でもある。その位は血筋によるところもあるけれど、それなりの実力がなければ団を率いるのもままならない。王族とはいえ、いや、だからこそ、剣や魔術の腕を磨く必要があるのは分かる。しかしエドワードには荒事の雰囲気がないため、なんとなくしっくりこないのだった。 

 安心させるように穏やかに話すエドワードだが、競技会はルールがあるとはいえ実戦で、負傷者もそれなりに出る。心配するなと言われても、兄の時と同じようには気楽でいられない。

 そんなエイミにアレクが話しかける。


「まあ、心配するな。エドも俺もこう見えて案外出来るし。それに、何かあってもちゃんと治癒魔術師が控えて……って、もしかしてエイミもか?」

「あ、うん。ディオン先生から、今年の競技会では救護室を手伝うようにって、ちょうどお話がきたところ」


 アレクの予想は当たりでエイミは素直に頷く。


「そう、それじゃあ、私もますます安心して出場できるね」

「エド様、だからって怪我はダメ」


 いくら治療ができても、進んで怪我をしてほしいわけではない。エイミは本気で言っているのに、エドワードはどこか嬉しそうにしている。


「エイミは治癒魔術が得意だとか。その年齢で出来るとは珍しい」


 国が違っても人間が変わるわけはなく、魔力の成長度合いも同じようなもの。特に治癒魔術は成人後に習得する場合が通常で、エイミの年齢で術を行える者は多くない。

 感心するジャハル王子の隣で、友人を褒められたレティシアがちょっと得意そうにしているのが嬉しくて、エイミは笑みを浮かべて頷いた。


「自分から訓練を始めたのか?」

「はい、猫が飼いたくて」

「猫?」


 ――あ、うっかり本音が。

 動物を飼うために始めた魔術訓練だが、動機として理解されにくいということは分かっていた。なので、普段から口にする「対外的な理由」に言い直す。


「いえ、兄が冒険者で怪我が多いものですから。治してあげたくて」

「ああ、なるほど。『ルドゥシアの双剣使い』の噂は聞いたことがある。ハロルド・ノースランドはエイミの兄だったな」

「ご存じとは……あの、光栄です」


 他国の王族のところまで名前が届いていたとは。さすがにエイミは目を丸くした。ハロルドの名前が出て、アレクが目を輝かせて身を乗り出す。


「そういえば、ハル先輩達は今はどのあたりにいるんだ?」


 立場上気軽に魔獣生息地やダンジョンなどに出かけられないが、実は「冒険者」は小さい頃のアレクサンダーの夢だった。

 現実は討伐の話などを聴くにとどまっているが、公爵家の子息でなければ、もっと魔術や剣の訓練に力を入れて兄達のパーティに参加を希望しただろう、とは本人の談だ。


「アレク様、それがさっぱり。国内なのか国外なのかも」


 最後に連絡がきたのはエイミが入学する前。冒険者を謳歌しすぎているマイペースな兄を思い出して肩をすくめるエイミに、エドワードも質問を重ねる。


「ハロルド殿は相変わらずだね。ご両親は心配されていない?」

「便りがないのはよいたより、って呑気なの」


 しばらく家に帰ってきていない兄は、学園時代からの友人二人――ギルバートとニコラス――と、今もどこかの外国で魔獣モンスター討伐ハントしている。

 普通の旅行者と違い、冒険者は世界各地に支所を持つギルドの管轄になるため、討伐が目的ならばどの国も出入国が簡単で滞在にも便宜が図られる。なので国から国へと渡り歩く冒険者も少なくない。

 時折聞く話では、兄達のパーティーはなかなか腕がよく、着実に冒険者としてのランクを上げているそう。エイミたち家族の元に思い出したように届く手紙や荷物からは、旅生活にも馴染んでいる様子が窺える。

 ギルドに問い合わせれば所在地や足跡そくせきは分かるし直接連絡も取れることもあって、両親や祖父はそこまで心配をしていない。ウォーラムでは海に出るとそれこそ何ヶ月も戻ってこないことも普通なため、家族の長期不在には慣れているのだ。


 実は、ハロルドの旅には、討伐の他にもう一つ目的がある。メンバー探しだ。

 彼らのパーティは双剣を得意とするハロルド、槍使いのギルバードとクロスボウのニコラスの三人。足りない人員は現地で募り、その都度臨時に手を組む、といったスタイルだ。

 攻撃関係は今のところ不足はないが、サポート役を兼ねた回復職を正規メンバーに一人ほしい、と随分前から言っている。兄とニコラスは魔術も使えるが、エイミと違って回復系は得意ではないのだ。


 名も売れてきているため、加入希望者は多い。だが、ハロルドの求める理想が高すぎて、なかなかメンバーが決まらない。

 というのも、前世で兄のゲーム内でのハンター仲間に、非常に優秀なサポート役がいたのだ。リアルでの知り合いではない。オンラインでお互いがソロプレイをしていた時に偶然出会って、たまたま手を組んだ相手だった。


 可愛らしい猫獣人のアバターながらレベルはプラス付きの最高値マックス。先手を読んで仕掛ける罠はことごとく決まり、武器の扱いも確か。また、敵の居場所を突き止める能力も高く、高位のモンスターとよく遭遇できたという。

 愛想も無駄話もなくそっけない人物だが、必要な時に確実に送られてくる援護射撃、効果抜群の回復スキル……恐ろしいくらい有能なサポート役との討伐体験に感動し、その場で懇願して仲間になってもらったのだそうだ。

「スッゲー奴見つけた!」と泡を飛ばしながら叫ぶように話す兄の、あの時のテンションの高さは思い出しても引くくらいだ。


 それらはエイミの前世での記憶の最後のほう。

 少しリアルが忙しくなるからしばらく来られないと連絡があって、一緒にプレイできなくなったと兄が嘆いていた。

 それからまた復帰したのか、それきりなのかエイミは覚えていない。だが、兄にとっては今も彼の人が理想の回復職なのは間違いなかった。


 いいメンバーを探すのは冒険者として大事なことだが、前世のその人を基準にすると、今世で見つかる保証はない。それに、そんな有能な人がいたら、既に他のパーティに入っているだろう。

 自分でもそう分かっていても諦めきれないハロルドは、国内外をうろうろしながら今世での出会いを探しているのだった。

 付き合わされているギルバートとニコラスだが不満はないそうで、それだけは救いだ。お気楽で猪突猛進な兄と一緒に過ごし、戦える仲間が二人もいるなんて、十分恵まれているとエイミは思う。

 

 ――まあ、お兄ちゃんも気が済むまですればいいよ。「兄のために始めた治癒魔術」なんて言っても、当の本人がいないのがあれだけど、私は私で頑張るし。なんといってもお母さん曰く、せっかくの二回目、だものね。


 今もまだゲーム画面はちらつくものの、以前に比べると随分前向きに考えられるようになったとエイミは自分でも思う。

 動物を飼うため、そして「乙女ゲーム」から離れて自分ができることをするために、ずっと魔術訓練に取り組んできた。公爵夫人の「猫の会」で時折獣医師を手伝ったり、王城の馬場や獣舎を訪ねて動物達と触れ合ったりも。それらを通して飼い主や様々な人と接して、少しずつではあるが、今のこの世界にいる実感や自信がついてきていた。

 なんといっても、家に帰ればティガーがいる。大好きなティガーと過ごす時間は何物にも代えがたく、心が落ち着く。ゲームや悪役令嬢などの不安から完全に解放される時間が一時でもあることは大きい。

 とはいえ、まだすっかり気は抜けないと、目の前の三人の男性を見てエイミはそっと小さく息を吐くのだった。


 そんなことを考えていたエイミの隣では、ポーシャやほかの動物達に施した治癒魔術の話を、ロザリンドがジャハル王子に披露している。


「優秀なのだな。では、もし競技会で怪我をしたら私の手当もエイミに頼むとしよう」

「あ、はい。でも私の出番はないほうがいいです」

「そうですわ。エイミはこの前も魔力を使いすぎていましたもの」

「やだ、レティ。ちょっとお腹が空いただけだったのに」


 魔力実習や剣技の授業では実技もあるため、うっかりすると怪我をすることもある。医務室に行くほどの大怪我でない場合、近くにいるエイミが治すことも多いが、小さな傷でもそれなりに負担はかかる。しかも人数が多ければお察し、だ。


「嘘おっしゃい、今にも倒れそうな顔色でしたわ」

「でも、エイミが掛けてくれる治癒魔術はよく効くし、それに、すごく心地いいから。頼むほうの気持ちも分かるわね」

「ロザリンド、そうなの? 自分ではよく分からないけど……」


 首をかしげるエイミだが、実は腕前は国内でもトップクラス。治癒の魔術は他人と簡単に比べることができない類であるが、実力だけでいえば既に王国の筆頭魔術医師を凌ぐほどに成長していた。

 この年齢で治癒魔術を発動できること自体は、珍しくはあるが魔法素養の高い家系では過去に例もあり、問題はない。しかし、エイミの場合は少し事情が違う。発現できる者が希少なヒーリングの能力までその身にあったからだ。


 ティガーなど、動物には感じられていたその力に、人間で最初に気付いたのはディオン卿だった。訓練中、自身を対象に治癒魔術を行使させていた時に、通常の魔術とはほんのわずか違う力が働いているのを感じ取ったのがきっかけだ。

 ヒーリングの力は、精霊からの祝福のひとつとしても考えられている。加護を身に受けた人物は宗教的・政治的にも強い影響力を持つため、その身柄を各所から望まれる。ルドゥシア国内でも、王宮はもとより魔術院と医療院、そして神殿のそれぞれがエイミを引き入れたがるに違いなかった。

 現時点では王子妃候補のエイミだが、進展がないことを理由に他国の王族や国内の有力貴族から婚姻の申し入れも届くだろう。強引なことをする者も現れるかもしれない。


 そうなれば生活は一変し、学園に通うどころではない。ノースランド伯爵夫妻やディオン卿は、まだ未成年でもあるエイミの身に起こるだろう事態を憂慮した。

 幸いにも現時点でエイミにヒーリングの力が「ある」と断定できるのはディオン卿のようによほど魔力の高い者だけ。祖父も含め話し合った結果、しばらくの間このことを、エイミ本人も含めて周囲に秘匿することに決めたのだった。

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