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22 王子と魔術院技術局長


「――そんなふうにして、クラーケンの討伐は終わったの。大ケガをする人がいなくて本当によかった。

 それと、すごく大きいクラーケンだと思ったのに、中くらいのサイズだって言われてびっくり! 海の生き物があんなに大きくなるのは、海が広いからなのかな。エド様は、どうしてか知ってる?

 ディオン先生が先に討伐船に乗っていたことにも驚いたけれど、ここでも魔術を教えてもらえるので、これでまたいっぱい練習ができます。エド様もたくさんお勉強を頑張っているので、私も頑張るね。  エイミ」



 ルードルが運んできた手紙をもう一度眺めて丁寧な手つきで引き出しに収めると、エドワードは自室を後にした。約束の時間はもう少し先だが、遅れるつもりは毛頭ない。

 たとえ時間を無視して訪ねて行っても、王族であるエドワードの訪問は拒否されることはありえないだろう。だがエドワードにそういう傲慢さはないし、これから会う人物の心証を悪くするのは避けたいというのも本音だ。

 護衛を二人従えて進む廊下はいつもと同じはずなのに、なんとなく色が違って見える。

  ――緊張、しているのだろうか。

 他国の特使と接見する時も、視察に行く時も、儀式に臨む時もエドワードの心はいつも平坦でこんなふうに感じたことはない。

 講義を受けにいくだけなのに、そんな気分になる自分が少し面白かった。


 時間に早すぎもせず遅れることもなく、到着したのは魔術院。その一画にある技術局へとエドワードは迷わず進む。おとないを告げると慌てたように事務官が扉を開けた。

 局長室の中で立ったまま礼を取り、エドワードを待っていたのはジョシュア・ノースランド伯爵――この魔術院技術局の辣腕局長であり、婚約者候補エイミの父であった。


「魔術院へようこそ、エドワード殿下」

「申し出を受けてくださり感謝します、ノースランド伯爵」


 しっかりと礼をするエドワードにジョシュアは瞠目する。が、お互い無言でそのままソファーに掛け、口火を切ったのはジョシュアのほうだった。


「しかし、殿下が魔道具に興味をお持ちとは存じませんでした」

「意外ですか?」

「戦時でもなければ、王族の方々は技術進捗にはそれほど、と認識しておりましたので……臣下にそのようなお言葉遣いは不要にございます、殿下」

「いいえ。ここでは貴殿が先生ですから」


 多忙な局長の貴重な時間を一個人の講義に使わせるのだし、と悪びれずに返すエドワードにジョシュアは苦笑いを浮かべる。

 魔道具について勉強したい、と王子のほうから打診があったのはエイミが参加した例の茶会の後。日程の調整などで開始が遅れたが、月に二、三回の頻度で講義をすることになった。

 講義の際はこちらから訪ねるとの申し出にも、生徒が出向くのが筋だろう、とわざわざ自分から足を運ぶと言う――持ち出し禁止の試作品や実際の製造工程などを見せながらの説明も必要なので、この件に関してはジョシュアにしても異議はないのだが。


「宰相あたりにでも聞かれたら目をむかれるでしょうね」

「彼が私を気に留めることはまずないと思いますが……どちらにしろ、この部屋の中の話です。問題ないかと」


 顔色一つ変えずにそう言われて、ジョシュアは片眉を上げた。

 第三王子が常に「空気」であることを求められてきた事実は知っている。宰相ですらそうなのだと認める本人の声に諦めや虚しさといった色はない。そのことにかえって何とも言い難いものを感じた。


「……殿下のお望みのままに。では、早速始めましょう。講義内容は基礎から、とのことでしたね。今日は初回ですし、まずは身近なこちらについて触れてから魔道具そのものについてのお話を」


 ジョシュアが胸ポケットから取り出したのは、金属でできた薄く丸いもの。パチリと蓋を開けると色違いの三本の針が現れる。懐中時計のようだが少し違うのは針の長さに長短はなく、時を刻んで動いている様子もない。


「これは通信用の魔道具ですね。侍女や、彼らが使うのを見たことがあります」


 そう言ってエドワードは部屋の扉前にたつ護衛騎士を見やる。だが、騎士や侍女頭のハンナも持っているそれとは少し違うようだ。それを言うとジョシュアは満足そうに頷いた。


「そうですね、支給しているのは針が二本です。こちらは試作というか、研究用のものですのでご覧になったことはないかと。このベゼル部分に刻みがあるのが分かりますか?」


 ジョシュアが指さすのは盤面の外周につけられた枠部分。一定の間隔でぐるりとゼロから九までの数字、そして星と月、太陽の模様が刻まれていた。


「この針が指す場所によって、内部の魔石から出る魔力の波長が変化するように設計しました。ですので針が同じ数字の位置にある魔道具、つまり同じ魔力波同士である場合、通信が可能になります」


 通常二本ついている針の組み合わせによって、細かく通信範囲を制限することができる。これによって、必要な者同士で連絡を取ることが可能なのだ。


「現在、各部署で使う数字を割り振っているようですね」

「針の位置さえ同じなら、無関係の者も通信に加われますか?」


 そのエドワードの質問にジョシュアは嬉しそうにした。


「そこに気付かれましたか。ええ、可能です。会話に参加せず、やり取りを聞くだけも出来ます。あえて制限の機能は付けませんでした」

「……よからぬことに使用されないように、ということでしょうか」


 直接面会もせずに密談が可能で、しかも手紙など後に残る物がない。そうとなれば悪事に使おうと考える者がいてもおかしくない。

 ――なのだが、ジョシュアはなお面白そうにした。


「その機能をつけると、持ち歩きには不向きな大きさと重さになってしまいます。使う魔石もずっとクオリティの高いものが必要ですし、技術面とコストの問題ですよ」


 斜め上、いや、技術者としては至極真っ当な回答にエドワードはぱちくりとする。


「まあ、殿下のように考える方もいましてね。現在はある部署で終日傍受を専門に行っているとかいないとか」


 最近、これといった理由が公にされず、いつのまにか失脚した貴族が数名いたのはもしや、と思ったが、エドワードは賢明にもそのことには触れずにおいた。


「支給される魔道具は使用前に説明があるはずですが、成人前の殿下でさえ気づくことに思い至らない者も多いのは甚だ不思議ですねえ」


 ……なんとなく、悪戯をするときの幼馴染と今の局長の雰囲気が似ている、と思ったことも内緒だ。


「この魔道具を考案したのは、局長ご自身と聞いています」

「そうですね。伝令鳥を使うより早く連絡を取りたい相手がいましたので」


 ついでのように言うジョシュアだが、一番最初に制作したのは実はイサベルがハロルドを妊娠中のこと。

 初期の頃つわりが重く何度か倒れたこともあったため、緊急時はいつでも連絡が取れるようにと作ったのがこの道具だった。それを見た高官達の依頼で作った簡易版が量産できるようになって、今のように広まったのだった。

 王宮を中心に大変便利に使われている特殊な魔道具の数々は、もとをたどればどれもノースランド伯爵夫妻の個人的な理由によって作りだされていることはあまり知られていない。ちなみに現在は愛妻と愛娘の依頼でカメラの開発に邁進している……レンズで手間取っているが。


「このように、使う者によってどのようにも変わり得るのが魔道具というものです。そもそも発端は……」


 そこからしばらくの間、魔道具の成り立ちについての講義となった。

 日々触れていてなんとなく理解した気になっていても、実際はそうではない道具の数々の話を聞くのは興味深く、時間も忘れるほど。ジョシュアも、王子がところどころで挟むポイントを押さえた質問に気をよくして、淀みなく話し続けた。

 そろそろお時間です、と警護の騎士が遠慮がちに声を掛けなければ、日が暮れるまで続いていたかもしれない。


「非常に面白いお話が聴けました。次回も楽しみにしています」

「いえ、殿下は魔道具への理解がおありになる。ご興味の尽きるまでお付き合いしましょう……とはいえ、娘のことは別問題ですので」


 今の今まで完全に脇に避けられていたエイミの話題に、エドワードは一瞬驚く。


「失礼ながら。私は娘を十八歳の春が過ぎるまで、どこにも嫁がせる気はありません。相手がどなたであっても、です」

「十八歳?」


 それは、十五歳で成人するこの国の貴族女性としてはやや遅めの年齢だ。相手が留学中とかなら別だが、大抵は成人後一年ほどの婚約期間を経て十六、七歳で結婚するのが高位貴族の令嬢としては一般的なのだ。

 真っ直ぐと自分を見て宣言された言葉に、エドワードは重みを感じる。


「もっと言えば、二十歳まではノースランド姓を名乗らせたいのが本音です」


 それではしっかりと嫁ぎ遅れだ。何かのっぴきならない理由でもなければ、令嬢本人にもその実家にもよくない噂がでるだろう。

 それを知らぬはずはないのに、ジョシュアは本気でそう思っているらしい。


「……何か、理由がおありですか」

「話して理解していただくことは難しいでしょう。ですが、父親として譲れない事項だということはご承知おきいただきたい」


 ――十八歳、せめて高校卒業までは。

 前世で叶えられなかった思いがあることを、今世のジョシュアは他人に告げられはしない。

 束の間、真剣な眼差しを交差した二人だったが、エドワードがふ、と微笑んでその均衡が崩れた。


「私は、八年間の猶予をもらえたということですね」

「……殿下には婚約者が必要でしょう」

「急いではいません。それに、私はエイミに婚約者になってほしいのではないのです」

「それは、どういう」


 茶会に集められた令嬢達のなかで、今も交流が続いているのはエイミ一人だけ。

 エドワードの発言の真意が分からず眉間にシワを寄せるジョシュアに、王子は一層鮮やかな笑顔で答える。


「好きになってもらいたい。だから、彼女にふさわしい人間になるように私も努力します」


 それでは、と退室した十三歳の王子の背中は、ジョシュアには入って来た時よりも大きく見えたのだった。


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