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【閑話】8月8日は「世界猫の日」

8月8日は「世界猫の日」だそうです。昨日、お気に入り様の活動報告で知りました。

帰省や何やで書く時間がなかなか取れないのですが、現在、猫連載を持つ身としては知ったからには何か書かねばなりません(謎の使命感)


1000文字程度のSSにする予定が文字数が増え、夜なべしましたが当日に間に合いませんでした……活動報告に載せるには長すぎたので、表に投稿します。

本編との時系列はお気になさらず、さらっと番外編をお楽しみいただければ何よりです。

 

「大変! この機会は逃せないわ……爺!」


 カヴァデール公爵家のサロンで『猫の会』の情報誌を読んでいた公爵夫人は急に立ち上がると、控えていた執事頭の爺に次々と指示を飛ばしていく。


「なるほど、なるほど。かしこまりました、万事この爺にお任せを」


 話が進み女主人の意図が分かると、頷きながら聞いていた爺の顔にも、近くにいた侍女たちの顔にも期待の色が浮かぶ。


「当日はあの子の好きなお菓子も忘れずにね」

「ご心配なく」

「せっかくだからアレクも呼びましょうか。ああ、8月8日が楽しみだわ……」


 さっと用意されたレターセットに向かい何通かの手紙をしたためると、公爵夫人は満足そうに微笑んだ。



 ・・・・・



「それにしても、『世界猫の日』ですか」

「イサベルさんもご存知なかったのですから、やっぱり認知度は低いようですわね。実は私もこのコラムで知りましたもの」


 公爵家の猫ルームで情報誌を広げて優雅に夫人とお茶をしているのは、ノースランド伯爵夫人イサベル。その娘のエイミはぐるっと囲われた衝立の向こうで先程から「え、ちょっと」「それはっ?」「む、ムリですっ」と拒絶の声を上げている。 しかし侍女たちからは「大丈夫です」「最高ですわ!」「まあぁ……!」などとしか聞こえず、すっかり押し切られているようだ。

 こちら側の母も公爵夫人にも止めるような様子は見られず、気にしているのはエイミを探して衝立のそばを困ったように歩き回るティガーだけ。

 そこへ公爵家子息のアレクサンダーが顔を出した。


「ただ今戻りました、母上。ようこそ、ノースランド伯爵夫人……で、何事です?」

「ああ、アレク。あなたはこれを着けなさい」


 ぽい、と何気なく渡されたものは太めの金色のリボン。


「母上?」

「へえ、よく出来ているね」


 怪訝そうな声を上げたアレクサンダーの後ろからひょい、と顔を覗かせたのは第三王子エドワード。


「何か楽しいことがあると聞きましたので」


 ついて来ちゃいました、とにこやかに話すエドワード。王家と公爵家は親戚でもあり、子ども同士も幼馴染で昔から頻繁に行き来をしていた間柄、アポなしには慣れていた。公爵夫人はちょうどいい、とさらにご機嫌だ。


「殿下もいらっしゃるならなおのこと。爺、もう一つあったわよね?」

「はい、こちらに」


 どうぞ、と渡されたのは黒いリボン。二人に渡されたそれには、共通してついている飾りがあった。ぴょこんと立つ三角が二つ……金色の方には金茶色、黒色の方はこげ茶の、やけにリアルな毛がついた『猫の耳』とおぼしき物体が。


「……母上、説明をお聞かせ願えますか?」


 ピクピクと口角を震わせながらそれでも笑顔で詰め寄る息子に、公爵夫人はゆらりと優雅に扇子を振るだけでたじろぐ様子は全くない。


「だって今日は『世界猫の日』なんですもの」

「初耳ですが。それで?」

「せっかくですからね、この日を広く知らしめるとともに保護猫についても考えるきっかけになれば、とお母様は思いましたの。そしてそのために、猫の絵を描いてもらおうと! でも、そのままではつまらないじゃない?」


 ちらりと部屋の奥へと向けられた夫人の視線の先には、画材を手に静かに控える公爵家お抱え画家の姿。


「なんとなく話は見えましたが、断固としてお断りを……って、爺! 勝手につけるんじゃないっ」


 いつのまにか背後に回った老獪執事にしっかり猫耳を装着されたアレクサンダー。髪色にぴったりのリボンは同化して存在を消し、サラサラの金髪からぴょこりと飛び出た明るい茶色の三角耳はまるで本当に生えているようにしか見えない。


「あら、似合うじゃない。さすが今王都で一番と言われるデザイナーね。大丈夫よ、個人は特定できないように絵に描くから」

「冗談じゃな……エド? なに自分から着けちゃってるの!?」


 渡された鏡を拒否したアレクサンダーの目に入ったのは、楽しげに猫耳を着ける我が国の第三王子の姿。


「素敵ですわ、殿下」

「恐縮です、ノースランド夫人」


 エドワードのダークブロンドにこげ茶色の耳は、これまたよく似合った。満更でもなさそうな幼馴染に毒気を抜かれて、アレクサンダーは力なくソファーに腰を下ろす。

 公爵夫人が猫関係で言い出したことに抵抗するだけ無駄なのだと、諦めがついたこともある。そうしてみると、一つのことが気にかかった。


「あれ、でも、伯爵夫人がこちらにいるということは、もしかして……」

「だ、ダメですー! 出られませんっ」


 衝立の向こうからする聞き覚えのある声には、半分以上泣きが入っている。


「そうそう、エイミちゃんには耳だけじゃなくって全部着てもらったの」


 ――全部ってなんだ、「全部」って。

 うふふ、と鮮やかな笑みを浮かべる公爵夫人と、呑気にお茶を飲む伯爵夫人にまた頬が引き攣るアレクサンダー。


「エイミ様、そんなことありません!」

「ええ、完璧です!」

「むしろ尊いですわ!」


 エイミのそばにいる侍女達が口々に反論するのが聞こえる。どれも本心から言っている様子が伝わってくるが、そんな励ましもエイミには通じないみたいで何やらもごもごと言うのが聞こえる。着替えはとっくに終わっているようだが、ちっとも出てくる気配がない。


「エイミ、私も耳を着けたから」

「その声はエド様っ!? な、なんでこんな大ごとに、っていうか、ますますダメです!」


 衝立のそばで声をかけたエドワードに驚いたエイミが何かしたのだろう、中から大きな音がしてそれまで我慢していたティガーもとうとう待ちきれなくなったようだ。立ち上がって端の衝立に前足をかけるとぐらりと傾く。


「危ない!」

「きゃあ!?」


 エドワードがティガーを捕まえたものの、倒れていく衝立には慌てて駆け寄ったアレクサンダーもほんのわずか手が届かなかった。

 カシャンカシャンと倒れた衝立のおかげで、その向こうの景色があらわになる。エイミを庇った侍女達が安全を確認してさっと退けると、そこに現れたのは身を小さく縮こまらせた涙目のエイミ。

 音に驚いて抱えた頭からピョコンと出るのは髪と同じ黒色の三角の耳。黒一色のドレスは鎖骨に沿ったラウンドネックで、短い袖と、肘までの手袋の間は真っ白いぷにぷにの二の腕が惜しげもなく見えている。丸い指先にはピンク色の肉球まで付いている凝りようだ。

 そして、ふわりと広がったスカートは膝までしかない短さで、その先の足は同じ黒い色のタイツで覆われ、腰の後ろには、すっと立ち上がった長い尻尾。

 羞恥に潤む金色の瞳と、首に巻かれた赤いチョーカーが唯一の色彩で目を引いていた。


「まあ、可愛い! 黒猫の挑発的な気高さとミステリアスな愛らしさが見事に表現されているわ! 首元は黒ベルベッドに金の鈴と迷ったのですけど、イサベルさんの言うとおりね」

「黒猫の女の子には赤いリボンですわ。そこは譲れませんの」


 うんうんと頷く母二人と同じ理由か違う衝動か、エイミから目が離せない息子と殿下。


「お、お母様方ってば」


 耳か尻尾か足か、それとも二の腕か。どこを隠したらいいのか迷った挙句、みにゃあ、と猫のような声を上げて肉球付きの手のひらで赤く染まった顔を覆いぺたりと座り込むエイミ。

 エドワードとアレクサンダーはそんなエイミをしばし呆然と見つめていたが、隣に幼馴染がいたことを思い出したときには二人は同じくらいに赤面していた。


「え、えっと、エイミ? あの、よく似合っているよ」

「なんだ、その、お前。まんま黒猫だな」

「は、恥ずかしぃ……」


 とりあえず、床に座ったままのエイミを立たせようと二人が一歩を踏み出したその時、うっかり緩んだエドワードの手からスルリと抜け出して二人を踏んで行く大きな物体に行く手を遮られる。うずくまるエイミの膝に乗り、体を擦り寄せて高い声で甘えるのはティガー。


「ああ、これよこれ! いいわ、最高!」


 ほぼ同じ大きさの猫と抱き合う、ふくふくと丸い黒猫姿の女の子。その構図に夫人はスタンディングオベーションを送り、同室の侍女からは黄色い声が上がり、爺も目を細めている。

 目を輝かせた画家が走り寄ってくるのに気付いて、倒れていた衝立をさっと持ち上げ邪魔をする男子二人。息のあった華麗なコンビネーションプレイに公爵夫人は不満の声を上げる。


「アレク、エイミちゃんが隠れちゃったじゃないの」

「母上、これはダメです」

「あ、エイミが駄目なんじゃなくて、絵にするのはダメってことだよ」


 可愛すぎるからね、と衝立の向こうににっこり微笑むのはエドワード。それにまたあわあわとティガーに埋もれていくエイミ。


「ええ、駄目?」

「ノースランド伯爵も同意はしないと思います」

「ダメかしら」

「駄目ですね」


 とどめの一言でしょぼんと腰を落とす公爵夫人。


「せっかく可愛くしたのに」

「仕方ありませんわね、絵は諦めてこの目に焼き付けておきましょう。よかったわねエイミ、猫耳(おなかま)のヒーローさんが助けてくれたわよ?」


 イサベルの言葉に衝立の向こうから返った鳴き声は、エイミのものかティガーのものか分からない。

 あ、と気付いてようやく金茶色の三角耳を乱暴に外す公爵子息と、お揃いだね、と嬉しそうな第三王子の姿が対照的な8月8日の公爵家の猫ルームだった。




 みなぎる創作意欲の行き場を持て余して肩を落とした画家だったが、後日、公爵夫人に内密に一枚の絵画を献上したとかしないとか……。




過ごしにくい夏ですね。体調一番で秋を待ちつつ、楽しいweb小説タイムをお過ごしください。

短いSSは活動報告(作者マイページ内)に突然あげたりします。お気軽に遊びにいらしてくださいませ。

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(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)
そん猫英語版①書影 そん猫日本語①書影
英語版 Cross Infinite World(イラスト:茶乃ひなの先生)
日本語版 アマゾナイトノベルズ(イラスト:小澤ゆいな先生)
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