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 ――なんてことだ。


「これは、いわゆる……転生。え、しかも『乙女ゲーム』?」


 自室の天蓋付きベッドの中で目を覚ましたエイミは、そのまま両手のひらで顔を覆った。思い出すのは()()の自分。

 高校生になってようやく持たせてもらったスマホ。いそいそとダウンロードしたいくつかのゲームアプリ……前世の「(エイミ)」はちっちゃいぷよぷよしているのを積み積みするのが好きで、あとは農場を作ったりして遊んでいた。

 その中にひとつだけ入っていた、友人から勧められた恋愛シミュレーションゲーム。


 フレンド枠充実のためと頼まれて、イベントの時だけ毎日ログインしてガチャを引き、件の友人に友プレを送るという微妙な遊び方。タイトルも内容も今のエイミはよく覚えてはいない。

 しかしふんだんに使われていたイラストは、やたらキラキラしく美麗だった。


 長身のダークブロンド、明るい銀の瞳。少し憂いのある上品な笑顔――大人になった感じの「まさにあの顔」が、他の数人の各種イケメンと一緒にオープニング画面で、たいそう美しく儚く微笑んでいたのを覚えている。


 ……なんてことだ(二回目)


 乙女ゲームの世界に転生、といえばお決まりのコースがいくつかある。

 オンライン小説にどっぷりハマっていた母のウェブ本棚にはこれ系のがたくさんあって、一緒になって楽しく読んだものだ。


 大抵は、ヒロインかライバルキャラになるのが定石だが、圧倒的にライバル――いわゆる「悪役令嬢」と言われるキャラになっているパターンが多かった。

 ゲームの進行通りに行けば、用意されているのはゲームヒロインをいじめた罪で()()()されて国外追放や一家離散、酷い時だと処刑されてしまうという未来。それを回避するために、色々頑張るのだ。

 悪役令嬢もの、としてジャンルが確立されていたくらい人気だった。


 友人Aとかのモブならいいんだけど、セリフがあるようなメインは嫌だなあ。人前で何かするのは苦手なんだよ――前世の口調が頭の中で響く。

 話し方はどうあれ、やや引っ込み思案なところは昔も今も共通しているようだ。

 小さなころからダンスを習ってきたエイミはともかく、前世の「私」は体育のダンスでさえ滅べばいいのにと思うほど苦手だった。 


 チュートリアルこそは通過したが、ゲームの中身は未プレイ。ヒロインは髪色も長さも選べたから、その後の本編でどう変わったかエイミには分からない。

 それを言えばモブの顔だって、ライバルキャラがいるのかどうかさえも未知の領域なのだが。


「私の立ち位置って、ま、まさかね……?」


 のそのそとベッドから起き上がり、エイミは嫌な予感を感じながらサイドテーブルにあった鏡を手に取り、改めて自分の顔を眺める。

 できるだけ、客観的に、と心がけて。


 ――ツヤツヤしたまっすぐな黒髪は、背中の中程まで。つり目がちな大きな瞳は猫のような金色。

 ふっくらとした唇はくすみもない綺麗なピンク色で、陶器のような白い肌にほんのり染まる頬。

 整った、しかし可愛いというより十歳にしてすでに綺麗系の顔立ち。


 自分の顔は嫌いじゃなかった。父譲りの黒髪と母譲りの金色の瞳も、気に入っている。けれど……どんなに脇役命なキャラデザイナーが張り切りすぎた結果だとしても、この顔はモブではありえない。それくらい、華があるのだ。

 そして、倒れる前の父伯爵の言葉が脳裏をよぎる。

「第三王子の婚約者」候補……これは、きっと、ヒロインでもモブでもなく、悪役令嬢。それしかない。


 ――なんてことだ(三回目)


 目の前が真っ暗になる、という経験はそんなにすることがないはずだが、エイミはベッドの上でまた気を失うところだった。

 ええ、嫌だ。

 だって小説では「悪役令嬢」なんて大抵、好きでもない偉いさんと婚約させられて、結局ヒロインという名のビッチに盗られて無実の罪、もしくは軽微なことを大仰に騒ぎ立てられ婚約破棄、のち一家離散などというものばかりだった。

 そんな将来など最悪以外の何物でもない。


 ノースランド家は、両親は貴族にしては珍しく恋愛結婚で仲がいいし、領地経営も父の魔道具開発の仕事も順調。

 年の離れた兄は少々元気すぎるが、妹の面倒もよくみてくれて、兄妹仲も良いまま育った。今は学園の寮に入っているが、休みにはマメに帰ってきて――そこでハッと気付く。


 兄弟が攻略対象者だというのも『乙女ゲーム転生』の定石だ。

 あのオープニングの中で兄に似ている人はいただろうか……たしか画面に出ていたのは五人。エイミはまだ少し痛む頭を必死に回転させて、美麗なオープニングスチルを思い出す。


 少し影のある王子様っぽいのと(疑惑の相手だっ)

 育ちが良さそうで自信ありげな貴族のボンボン(多分、公爵家か侯爵家)

 魔術師風のローブを纏った人(まんま魔術院の関係者だろう)

 騎士の甲冑をつけた美丈夫(騎士団長の息子とかかなあ)

 一人だけ年下っぽかった子は、他のキャラと違って異国風の衣装だった。隣国の王子といったところだろう(シークみたいな恰好だった。南の友好国関連とみて間違いない)


「あ、よかった、いなかっ……?」


 ――いた。

 友人がせっせと参加したイベントにばかり出てくる()()()()()

 オープニングにはいないのに、イベントガチャの場面では必ずでてくる、あのちょいワル兄貴。隠れキャラだというのは、その友人が教えてくれた情報だ。少し垂れた目元に傷痕のある、遊び人の冒険者風の……。


「うわっ、なりそう。しょっちゅうダンジョンや魔獣生息地に入り浸っているお兄ちゃんなら、将来あんな感じになっちゃいそう!」


 独り言なのに叫んでしまったエイミは慌てて口を手で押さえる。

 人好きのする兄は小さいころから男女問わず交流の幅が広い。彼が十六歳の現在、婚約者こそいないが、恋人を切らしたこともないはずだ。

 ……兄も攻略対象者に確定でよさそうだ。ますます「悪役令嬢」のフラグが立つ自分に、いっそハンカチを噛みしめたくなる。


 前世の記憶に混乱しながらも、十年間慣れ親しんだここはゲームの世界だったのかと、嘆きとも諦めともつかない気持ちにぐるぐるとがんじがらめにされていって、気付けばほろほろと涙がこぼれていた。


「エイミ、起きた? 具合はどう」

「っ、お、おかあさま……」


 軽いノックに続いて、心配そうな表情でそっと部屋に入ってきた母は、泣き顔の愛娘を見ると困った顔でベッドに腰掛けた。傾いたスプリングのままにぎゅうと母に抱きつく。

 この人も、この温かさも「ゲーム」のものなのだろうか。自分の過去の全ても作られたものであったかもしれないという仮定は既に確信に変わり、何とも言えない虚しさがエイミの胸を埋めていく。


「そんなのって……っ」

「あらあら、泣き虫さん。まだ気持ちが悪いの? それとも頭が痛い?」

「ちが、ちがうの。わたし、ゲームお、もいだし……っあ、あの、」


 乙女ゲームと言ったところで、今のこの世界では意味不明だ。

 十歳とはいえ、貴族令嬢としての教育が始まって数年たっている身で、普段だったらそう分かったはずだった。しかし前世を思い出したばかりのごちゃごちゃした頭は、そこまで理性的には動かなかった。

 つい、ぽろりとこぼれた言葉。出てしまってから我に返って言いつくろおうとするとエイミの背中を、母は、ぽんぽんと撫でた。


「あら。エイミも思い出したの」

「……え?」


 驚いて見上げた母は、娘と同じ金の瞳を面白そうにきらめかせてにこりと微笑む。


「びっくりするわよねえ、家族まるっとみんなで転生しているなんてね」

「っ、はぁ!?」

「あっちもこっちも大して変わらないから、大丈夫」

「お、お母さん……?」


 娘の戸惑いを置いてけぼりで、家族全員思い出した記念にお赤飯でも炊こうかしら、なんてにこにこと楽しそう。お赤飯ってこっちにもあったのかと場違いな疑問がエイミに浮かぶ。

 いや――そうだ。「お母さん」は、こういう人だった。ちょっとずれていて呑気でマイペース、ところにより頑固。

 どどっと流れ込んだ前世の記憶と今世の記憶が、エイミの中でマーブル模様になっている。


 そして今、耳に入った言葉にようやく理解が追いついた。


「家族まるっとみんなで転生」……()()()? え、ちょ、それは聞き捨てならないぃっ!?


「え、待って、あの、お父さんも?」

「そうよ、お父さんも。相変わらず機械いじってるでしょ」


 前世の父はメーカーの技術者だった。

 今世の父は、一風変わった魔道具の開発を熱心にしている……おお、納得。


「お、お兄ちゃんは」

ハロルド(ハル)? 思い出した瞬間に『リアルで狩ってやるぜ!』って。あの子は本当にもう……」


 ちょっと遠い目をした母は「あの肉はなかなか上手に焼けないと思うわあ」などと手をぐるぐる回して、串肉をバーベキューするジェスチャーをしながら呟いている。

 ハンティングアクションゲームが大好きで、狩猟スタイルは双剣でエリアルがお気に入りだった前世の兄。ある時期からやたら魔術と剣術の習得に意欲的になった今世の兄が重なる……うん。間違いない。

 学園では成績優秀で通っているようだが、絶対にその動機はモンスターをハントするワールドではっちゃけるためだ。賭けてもいい。


「お母さんも、私も……みんな一緒に……」

「ふふ、仲良し家族ね」


 そういう問題だろうかと思う一方で、すごく懐かしく心強い。おかあさん、と抱きつけば前髪をよけて頬を撫でてくれる。その手の温度は、前と同じ。

 家族みんなでまた、一緒に――こんな転生なら悪くないかも。

 エイミはようやく凪いだ心で、そう思った。


 

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