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17 お祖父ちゃん家に滞在中 *後書き小話「伝書梟」

 

「エド様


 お元気ですか?

 おじい様のところに来て十日になります。ティガーもすっかり慣れて、屋敷の中を探検することは減りました。それでもいろいろ珍しいみたいで、毎日一緒に外を散歩しています。


 今、一番のお気に入りは海辺の岩浜。潮だまりにいる、小さい魚やイソギンチャクを捕ろうとしているの。

 すごく真剣な顔をして覗き込んで頑張るのだけど魚も上手に逃げるから、まだ捕まえられていません。


 最初は少し怖がった波打ち際も、今は平気。猫は濡れるのが嫌いなはずなんだけど、ティガーはわりと大丈夫みたいで、前足でちょんちょん、って波に触ります。

 昨日もそうしている時に、急に大きな波がざぶんってきて……そうなの、二人でびしょぬれになってしまいました。なのにお母様ったら「もう、そのまま泳いできたら?」なんて笑うばかりで。


 ティガーは海の水が塩辛かったのに驚いたみたいで、毛をぺろっと舐めて変な顔をしていました。あ、すぐに帰って二人で水浴びをしましたよ。

 それと、きれいな貝殻をまた見つけたのでガラスの瓶にいれました。たくさん集めて、王都に戻ったらエド様に見せますね。

 お父様はまだ来られないけれど、もうすぐお兄様や魔術の先生がここに来るので、今よりずっと賑やかになりそうです。


 エド様が『もっと普通に話すように書いて』っていうから、このお手紙からこんなふうにしてみたけれど、これでいいの? やっぱり変じゃない?  エイミ」



 普通の便箋よりも少し薄い紙に書いた手紙を折りたたんで丸め、ルードルの足についた筒にしまい蓋をする。

 食事と休憩が済んだルードルは飛ぶ気満々で、エイミがよろしくね、と、そのおでこをひと撫でするのに鳴いて応えると、早速翼を大きく広げた。


「ああ……今日もなんて美しいフライト」


 青空に吸い込まれそうなスピードで小さくなっていくルードルの姿を、目を凝らして追う。そんなエイミの隣では、ティガーも一緒に空を見上げていた。


「さ、ティガー。そろそろお兄ちゃん達も来る頃だし、外に行こうか」


 二階のベランダから屋内に入ると明暗差で一瞬何も見えなくなるほどで、外の明るさを改めて実感する。


 エイミはしばらく前から、この風光明媚かつ活気あふれる海辺の町――辺境伯である祖父が治めるウォーラム領に来ていた。

 年に一度、母の故郷のこの町に来ておよそ二か月の間滞在するのは、小さい時からの恒例。時に期間が三か月以上になることもあったが、その毎回をエイミは楽しみにしていた。


 国土の北と西に海を持ち、主要内陸部へ通じる大きな街道も擁するためにその窓口にもなるルドゥシア国は、貿易の国。農業や加工業も盛んだが、やはり一番比重を占めるのは交易だ。

 それもあって、王家では代々他国との婚姻が多い。王子であるエドワードの二人の兄の婚約者も、同盟国、友好国からの輿入れが決まっている。

 貿易の中でも、海運は国際的にもかなりの発言力及び影響力を持つ。そんな重要な地域である海岸都市の一つがここ、ウォーラム。

「辺境」とはいうものの、国内でも有数の人口規模を誇るこの町を治めるのが、イサベルの父でありエイミの祖父であるルドルフ・ウォーラムだ。


 しかし住む人々の気質は王都とは違い、非常にざっくばらん。貴族と平民の格差もあまり感じない。

 季節になれば毎年嵐も起こり、過去に何度かは大きな天災ももたらされたこともある。場所柄、異国の船乗りや商人も多く、そのような災害のたびに身分がどうの国籍がどうの、といちいち言っている暇はない。

 そんな背景と、また、領主である祖父のざっかけない性格も相まって、非常に気取ったところのない、活気ある交易の玄関口の町として栄えている。


 辺境伯領主の祖父の屋敷は海に近い高台にある。敷地内には天辺に明かりを灯す塔もあり、灯台の役目もしていた。

 また、防衛や防災の事情から特別に小軍を擁している。彼らの宿舎や軍の施設そのものは隣接した敷地にあり、演習などもそちらで行われるが、頻繁に行われる会議や打ち合わせに使う部屋などはこの屋敷にも用意されていた。


 エイミが外に出ようと降りた時。一階の出入り口に近いその打ち合わせ用の部屋からは、ちょうど祖父と隊長達が出てきたところだった。


「おお、エイミ。外に行くのか?」

「はい、おじい様。そろそろお兄様や学園の皆様が着く頃かと……ひゅわっ?」


 にこにこと近づいたかと思えば、エイミの両脇にさっと手を入れてあっという間に「高い高い」の状態に。

 シルバーブロンドか白髪か分からないが、艶のある短髪で潮風と陽に焼けた硬い皮膚。老齢なのにがっちりとした身体、そしてかなりの強面という、一見「海賊の親玉」に見えるこの人物こそが、エイミの祖父である。まくった袖口からは、歴戦の傷痕も覗いている。

 髪色と年齢は王城の馬場で世話になっているマーヴィンと似ているが、雰囲気は真逆だ。


「おじいさまっ、わたし、も、もう小さい子じゃな、きゃあーーっ」

「ははは、まあそう言うな」


 かなり重量を増したはずのエイミをひょいと持ち上げて、楽し気にくるくると回すまでしている剛腕だ。

 ひとしきり孫娘を可愛がると、目を回したエイミに抱き着かれてご満悦になっているルドルフ。同席した隊員の一人は目を丸くして見ているが、隊長以下数名の部下たちはいつものことと楽し気に眺めている。

 有事の際には鬼人のような領主も、孫の前ではただの爺なのであった。


「お、おじい様、重くないの?」

「なに? エイミならもっと重くて構わん。前みたいに細っこいのじゃあ、いつ風に飛ばされるかと気が気でなかったからな」

「飛ばされないわよぅ。ああ、モフい……癒し……」


 ようやく降ろされて、ふらふらと今度はティガーに抱き着くエイミ。祖父は大好きだし、こうして触れ合うのも楽しいけれど、突然高速でぶん回されるのはなかなかにハードだ。食事のすぐ後でなくてよかった。

 ティガーの首元に顔を埋めていると、外の気配を察した祖父に促される。(ハロルド)達が到着したようだ。


「どれ、馬車が着いたな。儂らも行くか」

「はぁい。お待たせ、ティガー」


 そうして皆で、ようやく外に出たのだった。


 毎年、この町には王都の学園から留学生がやってくる。ある者は貿易を、ある者は船の製法や操舵術を、ある者は各国の言語その他を実地で学ぶため。貴族の子息が領地経営や防災の視察を目的に訪れることもある。その留学生の受け入れも、領主の仕事の一つだ。

 学園内の試験をクリアし本人の希望があれば、身分に関係なくここへの留学はかなう。期間はそれぞれだがほぼ無償で参加できることもあり、毎年幾人もの学生がこの町にやって来るのだった。


 エイミは今までは幼かったこともあり、学生らを見かけはしても直接関係することはなかったのだが、今年は少し様子が違う。兄のハロルドがこれまで身内として来ていたここに、留学生としてやってくるのだ。

 屋敷前の広い前庭に出てみると、学生たちを乗せた数台の馬車が着いたところだった。真っ先に馬車から降りた兄の姿は、すぐに見つけられた。


 ウォーラムの海は沖で海流が混じる場所があるため、漁業も盛ん。あくまで主は貿易であるためあまり大きな漁船は出せないが、小型の船で漁に出る住民も少なくない。

 しかし、小型漁船にしろ大型商船にしろ、共通の問題がある――海の魔獣だ。


「いやっはーー!! 来ったぜーーーーっ!!」

「お兄ちゃん、うるさい」


 そして海だろうが陸だろうがダンジョンだろうが、魔獣がいるところに現れるのが冒険者(ハンター)だ。ハロルドは、ハンター留学生として今年はここに来たのだった。


「おう、冷たい妹だなぁ。俺の体を張った怪我のおかげでティガーが飼えたというのに」

「それとこれとは別。もう、あんな無茶しちゃダメなんだからね」

「分かってるって。魔獣より、母さんの正座小言のほうがよっぽどキッツいわ。なあ、ティガー?」


 そう言って撫でようと出した手を、すっと避けられる。伯爵家には時々の週末しか滞在しないハロルドは、まだティガーから家族認定されていなかった。

 地味にショックを受けたハロルドだが、突然背後からかかった声に、傷心を引きずっている暇はなかった。


「ほほほ……なんですって?」


 先ほどまでいなかった母の登場に兄妹そろって驚く。振り返って平謝りのハロルドを、イサベルは薄目で眺めて腕を組んだ。


「せっかく迎えに出てみれば随分な言いようですこと。これはあれね、クラーケンが出たという話ですけれど、ハルは自宅待機ということで」

「えっ、ちょっ、それはないって! せっかくトライしに来たのに!」


 母に懇願する兄を尻目に周りを見れば、祖父は引率の教師とともに、ぞくぞくと馬車を降りてくる学生達を早速この地での世話役達に引き合わせていた。何かあったら領主を頼ること、教師は定期的に学生達の実習場所を訪れること……そんな説明に頷いて、学生たちは明るい表情でそれぞれの滞在先へと散っていく。

 しばらくするうちに学生は皆目的地に向かい、残ったのは兄ともう二人。隣の敷地にある兵舎が宿泊所になる、ハンターとしてここに来た学生達のみだ。

 王都の伯爵家に兄が何度か連れてきたことがあるので、この二人はエイミも知っている。気取ったところのない面倒見のいい双子の兄弟、ギルバートとニコラスだった。


「クラーケンか。どのくらいの大きさのヤツだろうな、ギル?」

「どうせなら大きい方が狩りがいがあるよな。辺境軍の討伐隊に参加させてもらえるって話だよ。な、ハロルド?」


 母の小言からようやく抜け出したハロルドも加わって、少し立ち話をする。


「そうそう。早速、明日行くって。あ、エイミも回復要員で海岸待機な」

「え、そうなの? いいけど……できれば怪我しないでね」


  初耳だったが、自分の治癒魔術が役に立つのなら断る理由はない。素直に頷いた。


「エイミちゃんの治癒魔術は効果が高い上に、体もラクなんだよな」

「学園の魔術医師よりいい腕してるし。僕もニックも助かるよ」


 よろしくね、と顔も声もそっくりな双子に代わる代わる頭を撫でられていると、ぴったりとくっついて足元にいたティガーがエイミを尻尾でもふんもふんと撫でてきた。飽きてきたらしい。

 出迎えも済んだし、陽が傾く前に海の方へでも散歩に行こうか……そう思っていると、ふとどこからか視線を感じた。

 ピクリとティガーが向いた方向。そちらをそっと見ると、敷地の外、屋敷前の通りの向かいにある街路樹の陰にこちらを窺っている誰かがいる。

 ――と、エイミとティガーがそちらを見ているのに気付いたのか、くるりと背を向けて走り去ってしまった。


「ん? どうした、エイミ?」

「あ、ううん。なんでもない……多分」


 どうしてだろう。胸の辺りがざわざわする。

 距離があったため顔は見えなかった。着ていた服は、何の変哲もないワンピースドレス。分かったのは、同じ歳くらいの女の子だということ。


「綺麗な……ピンクブロンド」


 そして風に翻った腰までの長い髪は、エイミの知る()()()()によくある色だった。






 ~ある日の王城の馬場~



 軽い乗馬を終えてウェントゥスにブラシをかけようとしていた飼い主のもとへ、羽音もせずにルードルは舞い降りる。それに気付いたエドワードは、馬場の柵の上にとまった白フクロウをいたわるように声をかけた。


「お帰り、ルードル。エイミは元気だった?」


 鞍を外すより先に、フクロウの足に付けた筒から手紙を取り出すと、用意していたご褒美のオヤツを渡す。

 あっという間に食べ終わったルードルは、満足そうにその場で毛づくろいを始めた。これまたご機嫌で飼葉を食むウェントゥスに軽くもたれて、エドワードはくるくると丸まった紙を大事そうに開く。

 幼さは残るが、丁寧に書かれた文字。見慣れたそれは、よく知った女の子のもの。


 ――エド様。おじい様のところへ来て十日になります……。

 耳に残る声で再生される文章を読むと心が温かくなる。

 最初の手紙は礼法の教科書みたいだった。少しずつ砕けていく言葉遣いと書き方が、自分との距離を表しているようで嬉しくなる。


 辺境の海の町。交易と防衛の要のあの町で、エイミは楽しそうだ。ティガーを連れて浜辺を歩くエイミを想像したエドワードの口元が綻ぶ。

 波をかぶった顛末なども、くすりと笑いながら読んでいたが、ある一文でぴたりと止まった。

 ――もうすぐお兄様や魔術の先生がここに来るので、


「……ルードルみたいに飛んでいければ、一緒に貝殻だって拾えるのにな」


 王族の一員として、移動一つもままならない自分の身を疑問に思ったことはなかった。それにアレクやエイミと出会えたのだって、結局のところエドワードが王子だったから。それは分かっているけれど……。


 つい呟いてしまった声が聞こえたのか、パサリと飛び上がったルードルが、ウェントゥスの鞍の上に止まる。右側からは愛馬にぐいと覗き込まれ、左側では大きな瞳をくるくると動かす伝令鳥にも気にされている。

 ピコピコ動く黒い耳の間と、お腹あたりのふわっと膨らむ白い羽毛と。

 手紙をもったまま馬とフクロウを交互に撫でる第三王子の姿が、その日の馬場にはあったのだった。




・・・・・



いつもありがとうございます!

「森のほとりでジャムを煮る(N4644DH)」の書籍2巻発売記念のSSを、昨日投稿しています。

そちらにもお寄りいただけると嬉しいです!


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