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16 試飛行 *後書き小話「ティガーとルードル」

 

 エイミはルードルの下腹、足の付け根の怪我をした部分にそっと触れる。

 お腹部分は、ほわっとした毛が密集しており白い色も相まって綿のよう。そんななか、一部だけ羽毛が裂かれて地肌が見えていたところにも、産毛が生えてきている。

 今は消えた傷痕を撫でるエイミの手の甲を、もう痛くないよ、とでも言うように軽く(くちばし)でツンツン、とされてくすぐったい。


「……よかった、本当に」

「エイミのおかげだよ。魔獣から受けた傷は時間が経つほど治りにくくなるから、もしあの場で治癒魔術が受けられなかったら、飛べなくなっていたかもしれない」

「ここまで頑張ってルードルが戻ってきたからだよ。えらいね、ルードル」


 そう言えば、機嫌良さそうにホッ、ホッと鳴く。やっぱり言葉が分かっているようだ。


「あ、このあたりを撫でられるのも好きだよ」

「おでこ? じゃあ……わ、」


 言われた通りに眉間あたりを指先で撫でる。ふわりと軽く羽毛に埋まり、すぐ下の頭部はちゃんと硬い。くりくり、と上下にうごかすと気持ちよさそうに目を細めて、もっともっとというように顔を寄せてきた。


「やっ、可愛いぃ……っ」

「撫でられるのが苦手な鳥も多いのだけど」

「ルードルは好きなのね。よかった、おかげでこうして触れるもの」


 とろけそうな表情で白フクロウと見つめ合うぽっちゃりな令嬢の周りは、ほわんほわんとした空気が漂っている。ホットケーキの匂いでもしそうな雰囲気に、コホンと咳払いを一つして話しかけてきたのはマーヴィンだ。


「殿下、お嬢様。楽しい時間をお邪魔するのは忍びないのですが、そろそろ……」

「あ、そうだね。向こうでも待っているだろうし、始めようか」


 ――っ、邪魔? お邪魔って!?

 にこりと言われた一言が引っ掛かって赤くなるエイミをそのままに、ルードルの飛行試験の支度が進められた。

 今日は、事故と認定されたとはいえ、決まった飛行経路を離れて怪我を負ったルードルが伝令鳥の立場に戻れるかどうかの試飛行(テストフライト)が行われるのだ。 


 ルードルの見舞いに何度も王城に来ていたエイミだが、直接馬場に来ていたのでエドワードと会うことはなかった。それが今日、こうして久し振りに顔を合わせているのは、この飛行試験が王子の立会いの下に行われるから。

 普段より飼育員の人数も多く、見学に来たらしい文官や事務官達の姿もある。よく見知ったマーヴィン、それにルードルや馬たちも近くにいるからエイミも笑っていられるが、そうでなかったらこの人数に怯みまくっていたに違いない……なんとなく自分まで注目されている感じがして、気もそぞろになりがちなエイミだった。


「じゃあ、行こうか」

「頑張ってね、ルードル。今日は向こうにデリクがいるから」


 応援の気持ちを込めてもう一度おでこを撫でる。伝令の役を負えなくなってもルードルはルードルだ。でも、餌こそ自力で狩ってくるが、雛のうちから人間の手で飼育されているルードルが自然に戻ることはない。そして、王宮の鳥として公式に遠方までの飛行が認められ、その安全に十分配慮してもらえるのは現役の伝令鳥のみ。

 引退した伝令鳥も引き続き王宮で飼われるし、邪険にされることもない。しかし、遠くまで飛べる機会は減り、もし勝手に飛んで戻らなくても捜索がかかるとは限らない。

 伝令鳥は一羽の負担を少なくするために引退までの期限が決められている。ルードルの引退はまだ少し先……それまでは安心していっぱい飛べる環境に、とエイミは思っていた。


 エドワードは用意された壇上にマーヴィンと共に上がった。護衛の二人は壇には上がらないものの、今日も横と後ろに付いている。

 そのうちの一人は、ルードルを助けた時にも一緒にいたダリオスだ。心配顔のエイミにその強面で頷いてくれて、エイミも少し心が楽になる。


「伝令鳥ルードルの試飛行を行います。達成条件は『時間内に目的地に着き、書状に印を貰って帰還する』こと。制限時間は半時、目的地は城下のノースランド伯爵邸。ではこれより……開始」


 マーヴィンの口上に合わせてエドワードの腕が動き、ルードルがその翼を広げる。高く飛び上がり、足元に付けた小さな書類筒を見せるように少しの間空中で止まると、あっという間にその姿は小さくなった。

 怪我の影響を全く感じさせない動きに、あちこちで感心の声があがる。


 目的地は「ノースランド伯爵邸」……エイミの自宅だ。

 試験の距離にちょうどいいし、場所を覚えさせておけばルードルに手紙を持たせられるでしょう、とのエドワードの提案で目的地に決まったのだった。

 手紙!? と一瞬及び腰になったエイミだが、来年からは王子も学園に入り、寮生活になることは決まっている。頻繁に会えない「友達」には手紙を書くだろうと言われればその通りで、拒否する理由はなかった。


 ――おかげで飛行経路を覚える訓練も見せてもらえたし、事前の予行演習で伯爵家にルードルが飛んできたときは、ちょうど庭にいたティガーと交流もできたし。結果的にはいいと思う……多分。

 ティガーは突然現れた白フクロウに最初だけ驚いたものの、先に王城でも姿を見ていたからか、怖がる様子はなかった。どうやらこの二人……二匹……二頭? は、相性が良いようだ。

 ちょっとずつ物理的な距離を縮めて、最終的にはお互いにちょん、とつつき合うようになっていく様子をイサベルと飽きることなく眺めさせてもらった。


 今日の伯爵家では、伯爵家執事のクロードと王宮の事務官、そして飼育員のデリクがルードルを待っている。自信ありげな飛びっぷりに感心のため息をついて、エイミは見えなくなった空から視線を地上に戻す――大丈夫。絶対。

 そして、エドワードやマーヴィン達と顔を合わせてにこりと笑ったのだった。




 この日ルードルは、無事に飛行試験を終えて伝令鳥に復帰する。

 そうしてこの賢くて有能な白フクロウは伝令鳥の仕事の合間や引退後も、城下の伯爵邸だけでなく、時に辺境の祖父宅にいるエイミの元にまで手紙を運ぶようになるのだった。






 ~今日のノースランド伯爵邸(5)~




「……というふうに、この魔石に込めた魔力を目印に進むのです」


 そう伯爵家の庭でエイミとイサベルに話すのは、王宮の伝令鳥飼育員のデリク。今は、試飛行の目的地に決まった伯爵家の場所をルードルに覚えさせているところだ。

 特別な魔力を発する魔石をエイミに持たせると、親戚の子を見るような表情でにこりと微笑む。彼は地方出身の平民で、飼育の腕を買われて王宮に勤めている。故郷にいる姪っ子が、エイミと同じくらいの歳なのだそうだ。


「人の顔も覚えますから、目的地に到着したら基本的にはいつも同じ者のところへ行きますね。こちらでは、エイミお嬢様にお願いします」


 一番慣れておりますし、と言われて頷く。エイミは手の中の、小さめのおにぎりほどのサイズの赤く発光する石をまじまじと眺めた。

 普段目にする魔石は魔道具の中に入っているものが殆どで、大きさもずっと小さく、色も黒っぽい。これは特別感がありありだ。


 伝令鳥は王都と辺境も行き来する。

 イサベルは辺境に住む子どもの頃から何度となくそのやり取りを目にしたことがあった。


「私が子どもの頃は大体、鷹が来ていたわね」

「そうなの? お祖父様のところでは伝令鳥をまだ見たことがなかったわ」

「タイミングが合わないとそうかもしれません。最近も飛んでいますよ、やはり郵便よりずっと早く届けられますから……ああ、ほら、来ました」


 言われて頭上に目を凝らすと、ぽつりと見えた点が音もなくどんどんと大きくなる。わ、わ、と言っているうちに魔石を持ったエイミの頭上でホバリングを始めた。


「すごーい……」


 魔石をデリクに渡し、腕カバーを嵌めた左腕を教えられた通りに構えると、ルードルはすぐに降りてくる。

 ズシリと腕にかかる重みによろけそうになるのを踏ん張って――というか、ティガーに足元を、イサベルに肩を支えられて受け止めた。


「ルードル! ちゃんと来て、えらいわ!」


 褒められたのが分かるのか、ご褒美が嬉しいのか。ルードルは首をひゅ、ひゅ、とご機嫌で動かしながら、パクパクとデリクの手からおやつをもらってご満悦だ。

 足につけた筒に入っていた紙片には、マーヴィンのサインと向こうの出発時間が書いてある。たしかに、馬を単騎で駆けさせるよりもずっと速い。

 食べ終わると、パサリと羽を広げて近くの木に止まるルードル。少し休んで、また王城まで飛ぶのだ。

 ルードルが止まったのは、ティガーお気に入りの樫の木。ナワバリを気にしてティガーも飛ぶように走っていく。


「あっ、ティガー! ……行っちゃった。喧嘩しないといいけど……」

「何度か会っているし、大丈夫じゃないかしら。ほら」


 言いながら後を追うと、ティガーは幹側に、ルードルは枝先に。樫の木の中ほどの高さにある同じ一本の枝に、一羽と一頭が距離をとって、お互いをチラチラと気にしている。どちらも大型種なのでなかなか見ごたえのある光景だ。

 ハラハラしながら見守っていると、驚いたことにルードルが少しずつティガーに寄り始めた。一歩動いて、止まって。少し時間をおいてまた一歩――というふうにして、最終的にはぴったり寄り添うまでになった。


「仲良さそうですね」


 デリクの言葉にエイミがほっとしていると、木の上で動きがあった。

 ルードルがティガーのフカフカの前足を、嘴でツンツンとつつく。ティガーは尻尾をパサリと振りながら、お返しのようにその前足でルードルの白い綿毛みたいなお腹にポス、と触れる。

 ツンツン。ポス。

 ツンツン。ポス。

 ツンツン……


「何あれ、なにあれ、なーにーあーれーっ」

「ちょ、動画! カメラ! もうっ、なんで無いのっ?」


 視線はほぼ合わせずにコミュニケーションを取る猫とフクロウに、顔を真っ赤にして悶える令嬢と、地団駄を踏んで何やら惜しがるその母親。いつも澄ましているお堅い貴族ばかりではない、という事実に改めて感動する王城勤務の飼育員。

 ――ノースランド伯爵家は、要するに今日も平和なのであった。


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