【閑話】ティガー視点
ティガーがエイミと会う前のお話です。ちょっと悲しい別れのシーンもあります。
※ 原案:mobipon 様 文責:小鳩子鈴
夏は涼しい風が通るテラス、冬は暖かい暖炉のそば。そこで俺を呼ぶのは、大好きなおばあちゃん。
おばあちゃんのほかには、おばあちゃんのことを「奥さま」と呼ぶ、ちょっとおばあちゃんのお手伝いさんが二人で住むこの家が、俺の家。
小さい頃はおばあちゃんの膝の上で丸くなって撫でられながら眠るのが好きだった。今はもう膝には乗りきれなくて、一緒に眠れるのはベッドでだけ。それでも、俺はおばあちゃんが大好きだ。
おばあちゃんのそばは、ぽかぽかとあったかくてお日さまの匂いがする。それと、いつも読んでいる本の匂い。
時々家に来る「シンセキ」とかいうやつらは、お日さまの匂いはしないし、俺に会うたびに大げさに驚くからあんまり好きじゃない。だからつい、隠れてしまうんだ。
暑い夏を過ぎて涼しくなり始めたある日。
俺はいつものようにおばあちゃんとテラスにいた。クッションをたくさん置いたベンチで本を読むおばあちゃんの膝に前足を乗せて寝ていると、ドン! と俺の上に本が落ちてきて目が覚めた。
びっくりして見上げると、おばあちゃんは目を閉じて眠っている。明るかったはずの空は薄暗くなりはじめていた。さやさやと渡る風もいつもよりひんやり感じて、なんだか急にブルっと震えた。
おばあちゃん、中に入ろう。風が冷たくなってきたよ。
……おばあちゃん?
いくら鳴いても強めに叩いても、おばあちゃんは目を覚まさない。
本を持っていたおばあちゃんの手はベンチの上にぽすりと落ちていて、俺の背中を撫でていたはずのお日さまみたいに温かい手は、ピクリとも動かない。
――おばあちゃん、おばあちゃん!
俺は家の中にいる、お手伝いさんの所に走って行った。
「おや、ティガー。ご飯はもう少し待ってね」
俺はお手伝いさんの服を噛んで引っ張る。こっちに来て、早く!
「どうしたの? 今日は変ね……あら、そういえば奥さまは?」
おばあちゃんの所に連れていこうと、先を走る。お手伝いさんもおばあちゃんだけど、息を切らしながらついて来てくれた。
「ティガーは足が速いわねえ。あ、奥さまー、もうそろそろ中に入られたほうが……奥さま? 奥さまっ!」
――あぁ、安らかな寝顔でございますね……お手伝いさんはそう言った。だから寝ているだけだと思ってほっとしたのに。おばあちゃんはそれきり目を覚まさなかった。
そうして俺は、おばあちゃんに会えなくなった。
それから色々あって、大勢の仲間がいるところに住んでいる。ここはおばあちゃんと暮らしていた家より、部屋も庭もとても広い。
「新しい家族に出会えるまで、しばらくここで過ごしなさい」
カミラ夫人とかいう、俺をここに連れてきた女の人にそう言われたが、俺の家族はおばあちゃんだ!
新しい家でもおばあちゃんを散々探したが、どこを探しても逢えない。だからもう、探すのはやめた。庭にある大きな木がおばあちゃんの庭にもあった木に似ていたから、お日さまのあるうちはそこにいることが多かった。
たくさんいた小さい仲間達は、知らないシンセキみたいなやつらが屋敷に来るたびに、減っては増え、増えては減った。
俺も何度かここに来るそいつらの近くまで連れて行かれた。けれど、返事はいつも似たようなもの。
「これはさすがに大きすぎるかな? 小さい子を欲しいのだが」
「ああ、ごめんなさい。子どもが怖がってしまったわ」
俺だって、おばあちゃんじゃない人のところは嫌だ。
そのうち俺が来た時にいた仲間は全ていなくなり、俺より後から来たやつらばかりになった。
そのまま、暑い夏と寒い冬を繰り返していたある日。
朝からなんだか落ち着かない。
いつもの庭の木に登ってみるけれど、なんだかソワソワする……まるで、おばあちゃんに呼ばれているみたいだ。
気になって仲間達がいる部屋に行ってみる。でも、いつもと何も変わらない。よく分からないけれど、なんとなくここにいたほうがいいような気がして、部屋の隅のクッションに隠れて眠ることにした。
――誰かが来た気がする。
――誰かに呼ばれた気がする。
おばあちゃんと同じ、お日さまの匂いがする。
目を覚ますと、いつものカミラ夫人のおしゃべりに応える女の子の声が聞こえた。
気になって、気になって。
ちょっとだけクッションから出てみた。そうすると窓の外でやっぱり誰かが呼んでいる気がして、そっちも気になる。けれど耳をいくら澄ましても、風の音が聞こえるだけ。
「いらっしゃい、ティガー」
そう呼ぶ声に、ようやく窓から視線をはずしてカミラ夫人のほうを向くと、お日さまの匂い……あの子だ!
俺を見て、綺麗な色の瞳を大きくして驚いた顔をして――そうして、嬉しそうに笑ったんだ。まるで、おばあちゃんが俺を見るときのように。
ドキドキしながら近づく。逃げちゃわないかな、泣いちゃわないかな。ゆっくり、少しずつ進むたびに、女の子の目がキラキラと輝く。
撫でてくれる手は、おばあちゃんと同じ。お日さまみたいにあったかい。
――おばあちゃん、この子だね。おばあちゃんが逢わせてくれたんだね。
『ティガー、幸せになりなさい。その子が新しい家族よ』
その子にぎゅっと抱き着いた時、おばあちゃんの声が聞こえた気がした。
作品に寄せてくださったSSをベースに、この閑話を書かせていただきました。
mobipon様、ありがとうございます!
(2018年6月26日追記)
「二次創作 番外編 そんなことより、猫が飼いたい〜乙女ゲームの世界に転生しました〜(N3568EV)」としてmobipon様が本投稿をしてくださいました!
こちらのティガー視点と、もう一作のほろりとくる素敵なSS。そしてコミカルタッチの楽しい一作の、合計三作が掲載されています。ぜひ、合わせてお楽しみいただければと思います。