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12 乗馬の途中で出会ったのは

 その細い鳴き声は葉擦れの音に紛れてしまい、長くは続かなかった。


「……ルードル……?」

「そういえば、戻っていないと聞きましたな」


 王子の言葉にマーヴィンは心当たりを思い出したようで、二人はとたんに心配の色を濃くした。エイミが胸に不自然な鼓動を聞きながら問うと、ルードルとは王宮で飼っている伝令用の鳥の名前だという。


「ここから海までも楽に行けるほどの翼の持ち主なのですよ。いつもなら戻っていておかしくない頃合いだと、飼育担当の者が朝に心配していたのです」

「確かめないと」


 そう言う王子に頷いて三人は馬から降り、近くの木に繋いだ。後方にやや離れてついていた護衛の一人――偶然だが、お茶会の時にはエイミ達についていてくれた人で、ダリオス、と紹介された――もすぐに合流する。

 このダリオス、眼光鋭く油断のない雰囲気で迫力のある……つまりはその筋の人、みたいな人物だ。しかし怖いのは外見だけで、話し方も動作も大変丁寧なことは相対すればすぐに分かった。

 護衛の近衛騎士などというものは腕よりも、外見や身分重視でひょろっとした優男ばかりなのだろう、という自分勝手な思い込みを、彼を見てエイミは反省したのである。

 普段エドワードには近衛騎士の中から二名体制で護衛が付いているが、マーヴィンは元軍属で警護に不足はない。今日はダリオス一人が同行して、もう一人は厩舎のイサベル達のところに残っていた。

 マーヴィンが一人で確認に行くのをここで待つ、という提案にエドワードは異を唱える。


「私も行くよ。もし本当に怪我をしているのなら、人手があった方がいい……ルードルは、私も育てたのだから。エイミはここにいて」


 遠乗りに出た際、落ちていた(ルードル)を偶然拾ったエドワードが、マーヴィンや飼育員達と共に世話をして育てたのだという。成長して伝令の役をするようになってからも折に触れて会いに行っていたそうだから、心配して当然だ。

 ダリオスと一緒に残るように、と王子に言われて、今度はエイミが首を横に振る。


「わ、私も行きたい。少しなら治癒魔術も使えるの」


 そのエイミの申し出に、三人は驚いた。

 魔術を小さい頃から習う子女は多い。だが、術として使えるようになるには訓練と安定した魔力が必要で、それができるのは学園に入るくらいの年齢になってから、というのが普通だ。

 エイミが魔法素養の高い血筋だというのは周知の事実だが、それはあくまで素質の有無。まさかこの年齢で実際に魔術を、しかも難易度の高い治癒の分野で使えるとは誰も思ってもみなかったのだ。

 マーヴィンは、真剣な表情で自分を見上げる令嬢と目を合わせる。


「お嬢様は既に使い手でいらっしゃる、と」

「兄の、指の骨折と、これくらいの切り傷は治せたわ。あの、動物にどのくらい効くのかは分からないけれど」


 マーヴィンに向けてエイミが指で示したのは五、六センチほど。

 治療行為は信用の上に成り立つ。ちゃんと説明しなくては、と思ったエイミは正直に言葉を重ねる。


「すぐには治せなかったの。傷が消えて骨がくっつくまでに、二日もかかってしまって」


 動物が飼えるかどうかがかかった「治癒魔術、できるようになったかな?」の家庭内認定試験の時。兄のハロルドはあの乙女ゲームのキャラそのまま、右目の際をざっくり怪我して、のほほんと帰宅したのだ。しかも、左手の指二本骨折のおまけ付き。

 それなのにあの兄ときたら、エイミの試験にちょうどいいだろう、などと軽く言って……聞けば、わざと魔獣の攻撃を避けずに怪我をしたらしい。それを知った母の眉毛の上がり方はすごかった。治癒魔術を受けている間も正座で説教されていた。少しは反省すればいいとエイミも思う。

 この痕が残ったらゲームのイラストそのものじゃないか、と慄いたエイミは、けっこう深い傷だったが、渾身の魔力を使って完璧に治癒させたのだった。


 マーヴィンとダリオスは耳を疑った。魔獣から負う傷は普通の刀傷と違う。それを、負傷して()()()()()()()傷痕も残さず治したというのだ。

 骨折に関しても、痛みを抑えて回復を早める程度なのが一般的な処置なのに――エイミ本人は自覚がないようだが、訓練などで負傷することもある騎士のダリオスや元軍属のマーヴィンにはよく分かる。エイミの行ったレベルの治癒魔術を施せる医師は、王都にも多くない。


 治癒魔術というものは、基本的に患者本人の自己回復力を増幅・加速させることにより効果を発揮するもの。あまりに強引な治癒は患者にも負担が大きく逆効果の時もあるため、その見極めも必要だ。

 また、解毒や異物の排除などは可能だが、欠損したものを再生させることはできず、万能ではない。

 そして、その体内構造を熟知している術者のほうが効果は高い。エイミは前世の記憶により人体についてそれなりの知識があったため、対人の治癒魔術は魔力さえ安定すれば非常に有効だったのだ。


 残念ながら鳥の体についてエイミは詳しくない。それに、その鳥――多分、ルードル――の体力が残されていなければ、治癒魔術を施すこと自体難しいかもしれない。

 それでも、じっとしてはいられなかった。

 しかし客人である伯爵家の令嬢に、林の中の道無き道を歩かせるのはためらわれる。マーヴィンはエイミと目線の高さを合わせて困り顔をした。


「それは心強いですな。しかし下草も多いですし、棘のある枝でお怪我をなさるかも」

「今日はブーツだし、慣れているから平気。手当は少しでも早いほうがいいでしょう?」


 ちらりと見せた足元は乗馬服に合わせた編み上げのブーツ。それに幼い頃から自領や辺境の祖父のところでは、山も海も遊び場だった。泳ぐだけでなく釣りも、木登りだってよくしている。

 兄にくっついてまわることが多かったのだが、考えてみれば「貴族のお嬢様」のすることではない。これもやはり、両親そろって転生者のゆえだろう。


 その時、風に乗ってまた鳴き声が届いた。さっきよりもさらに弱々しくなっているように聞こえる。心配で泣きそうな顔をしたエイミに頷いたのは、王子だった。


「時間が惜しい、皆で行こう。エイミは私が」


 そう言ってさっとエイミと手を繋ぐ。え、と驚いて見上げると、にっこり微笑まれた。マーヴィンも、それならば、とようやく了承した。


「お嬢様は殿下にお願いいたしましょう。では私が先頭で、ダリオスは後ろから」


 ルードルは引退が近いとはいえ、伝令用の鳥の中でも現在一番実績のある大事な鳥。治癒魔術ができる人物というのは正直ありがたい。マーヴィンも騎士のダリオスも外科的な応急処置はできるが、治癒魔術のほうが効果が高いのは確かだった。

 当のエイミは、驚きを隠せないまま繋がれた手とエドワードの顔を交互に見ている。


「エ、エド様、私一人で歩け、」

「繋がないのなら、抱き上げて運ぶけど?」

「だっ!?」


 危ないからね、と、さらっと告げられた言葉に、エイミの心臓が別方向に大騒ぎをした。

 ――何を言うのだこの王子様は! 身長は高いが、どう見ても細身のその腕にエイミの体は絶対重いに決まっている。

 自分で望んで太ったが、さすがに羞恥心はあるのだ。お姫様抱っこで崩折れてしまわれたら、女子として何か大事なものを失くしそうな気がする。

 大慌てで繋いだ手に力を込めて握り返した。


「残念……転ばないように、離したらダメだよ」


 残念って何がーっ!? 聞こえなかったフリをするエイミは、しっかり繋いでいるようにと念を押されてカクカクと頷く。

 手袋越しに感じるエドワードの手は母や父より小さいが、自分よりは大きくて、硬い。

 持たれた手にドギマギするけれど、これが条件なら仕方がない。しかし、大丈夫だとは思うものの急に手汗が気になるエイミだった。


 そしてようやく、マーヴィンとダリオスに挟まれて草深い林へと足を進めると、林の中は言われた通り鬱蒼としていた。時折聞こえてくる鳴き声を頼りに、草や枝をかき分けて道を作りながら先頭を進むマーヴィンの足取りに迷いはない。

 少し息が上がりながらも、エドワードに手を引かれてエイミも遅れることなくしっかりついて行った。


 しばらく進むと、少し開けたところでマーヴィンが足を止めた。見上げた視線の先の木の幹には、僅かだが黒っぽく濡れた跡が見え、周囲には羽根が散っている。


「このあたりですな」


 立ち止まったことで繋いでいた手を一度離したエドワードは、手袋を脱いでピィ、と指笛を鳴らす。と、それに応えるように、ギギ、というくぐもった声が少し前方の藪の陰からした。

 マーヴィンがその茂みを腕で払うと奥に現れたのは、白い羽毛を赤黒く染め、片方の羽根を広げながらぎこちなくも動こうとする大きな鳥――白フクロウだ。


「っ、ヘドウィ、」

「ルードル!」


 前世で親しんだ、映画にもなった某海外ファンタジー小説で覚えのある姿に、ついその名前を呼びそうになる……王子の声に重なって、皆には聞こえていなかったようだ。慌てて手で口を押えたエイミだが、その痛々しい姿に息を呑む。

 弱りながらも興奮しているようで、無理に動こうとしていて危なっかしい。

 マーヴィンが着ていた上着を脱いで大胆にもバサっと被せると、ようやく大人しくなった。見えなくするといいのだそうだ。


「出血は胴体の下のほう、足の付け根あたりですね」


 布でぐるっと巻かれたままマーヴィンに抱き上げられたルードルを、ダリオスも覗き込む。エイミとエドワードも近くに寄った。

 怪我をした場所からなんとかここまで戻ってきたが力尽きて、という状況だろうとマーヴィンは言う。


「羽根は落ちた時に痛めたのでしょう。幸いなことに折れてはいないようですな」

「そう、それは良かった……よかった、とも言えないけれど。傷の原因は分かる?」

「矢傷ではありません。確かには言えませんが、おそらく魔獣かと」


 傷口を見ようとすると暴れるので断言できないが、魔獣討伐の経験もある二人が言うのだ。多分、間違いはないだろう。エドワードは厳しい表情のまま質問を重ねる。


「……伝令鳥の飛行経路は魔獣生息地を避けていたはずだよね。ダリオス、騎士団で何か聞いている?」

「昨夜は西のほうで突風があったようですから、流された可能性はあります」


 ダリオスの言葉にマーヴィンとエドワードは頷いた。

 ルードルが怪我をしながらもここまで戻ってきたのは偉いと思う。原因についてはエイミは分からないが、やらなくてはいけないことは一つだ。


「あ、あの。治療しても?」

「そうですね、お願いします……(くちばし)もですが、爪にも気を付けてください。普段は平気ですが、気が立っていますので」


 治癒魔術は患者に直接触れて効果を発揮する。エイミはその場に座ると、ぐるぐる巻きにされたルードルを膝の上にそっと降ろしてもらう。ずっしりと結構な重さで、ちょっと驚いた。


「いい子ね、ルードル。痛かったね……もう、大丈夫だよ」


 驚かさないように、顔に掛けた布がずれないように。声を掛けながらゆっくりと布の隙間から手袋を外した手を差し入れていく。隣に膝をついたエドワードも心配そうに覗き込んでくるが、そちらに気を回す余裕はない。

 エイミの指先がルードルの体に触れた時にビクリと暴れかけたが、なだめるように布の上から置かれたエドワードの手と呼び掛けに落ち着いてくれた。さすが育ての親だと思う。

 ふわふわの羽毛は厚さこそ違うが、もしかしたらティガーと同じくらいの柔らかさかもしれない。その所々がゴワついているのはきっと出血や付いた泥のせいだろう――こわばった場所に触れるたび、エイミの胸はきしんだ。

 布越しでも頑強な爪が腿に食い込んで地味に痛い。でもルードルのほうが痛いに決まっている。

 深呼吸を一つすると、エイミはその手に魔力を込めた。



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