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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 終焉への始まり

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九九話 粛清

 レットと斧男の闘いの終結は、この場での争い全てに幕が閉じられたことを意味していた。

 神持ちの軍団長が敗北した今、兵士たちの戦闘意思は完全に消失したのだ。

 投降した元第二軍団の受け入れは、順調にことが運ぶかのように思えた。

 ……だが、そこに予想外の誤算があった。


 斧男の配下には、想定以上に()()()()()が多かったのだ。

 特に斧男直属の部下たちは、遠征の度に守るべきはずの軍国の村や街から、頻繁に略奪まがいの事を繰り返していたらしい。

 ――それが判明したのは、第二軍団の古参兵による内部告発が切っ掛けだ。

 以前から古参兵は、悪行を為す連中を苦々しく思っていたようである。

 ……軍団長が率先して不義に手を染めているとなれば、さぞ歯痒かったことだろう。


 投降を受け入れてから処罰するのは体面上良くないが――ナスル軍に腐った血を入れる訳にはいかない。

 そこでナスル軍はしばし進軍の足を止め、大規模な粛清を行うこととなった。


 ここで大活躍したのは、レット、ルピィ、セレンの三人である。

 悪を見逃さないこの三人は、大車輪の活躍で悪党たちの悪行を暴いていく。

 …………悪を即殺せずにはいられないジーレやフェニィは、ひとまず僕が抑えておいた。……ナスル軍の兵士たちを納得させた上で裁かなくてはならないのだ。


 僕の予想に反して、粛清に対する兵士たちの不満の声は小さかった。

 懸念だった兵士たちの反発の声を抑え込んだのは、先の英雄レットの存在のおかげだろう。

 裁きのプロである〔裁定神持ち〕な上に、あれほどの力を見せつけたのだ。

 兵士の内心はともかく、表立って文句を言える人間はいなかったようだ。


 悪党を裁く過程で、評判の悪い〔裁定神持ち〕であることも広まってしまったレットだったが、レットの周りからは人が離れるどころか――女性兵士たちの間に〔ファンクラブ〕ができるほどの人気になっている。

 元々レットは容姿も優れており人柄も良いのだ。……現在の状況は当然と言えば当然である。


 ロブさん情報によると一時期、僕のファンクラブも存在していたらしいのだが、「それは是非会ってみたいですね!」などと言っていた次の日には、「キノウ、ナクナッタ、ラシイゼ……スマネエ」と言われてしまったのだ……! 

 ロブさんに引き合わせてもらう約束をしていたが、こればかりは仕方がない。

 まさかファンクラブの存在を知った日に、たまたま同じ日にその存在そのものが消えているなんて――なにか背後で大きな力が動いたようではないか!


 だがロブさんが謝るようなことは何も無いので、謝ってくれるロブさんになんだか申し訳ない気持ちになってしまった。

 ……きっと僕の不徳の致すところなのだから。

 僕の平和思想の理解者たちとは、是非会って話をしてみたかったが仕方がない。

 ルピィたちも理解者の存在に喜んでくれていただけに残念だ。

 親睦を深める為なのだろう、根掘り葉掘りファンクラブの情報についてロブさんから聞き出していたのだ。


 ――色々あったが、多数の兵士が処分された割には大きな混乱もなく、ナスル軍の進軍は再開された。

 残すところは第一、三、五軍団のみとなっているが、第五軍団は軍団というより〔諜報部隊〕なので、実質はあと二つと考えていいだろう。

 既に僕らは、第五軍団に所属している相当数の諜報員を退治しているので尚更だ。

 ナスル軍の情報収集やら、ナスルさんの暗殺目的で侵入してきた諜報員も、最近はその数自体を減らしてきている。……そろそろ打ち止めであろう。


 実質あと二つとはいえ、残りは〔武神〕の父さんと〔剣神〕のネイズさんだ。

 これからが正念場となるのは間違いない。

 聞くところでは、第一軍団はもう何年も王都近郊から動いていないらしい。

 次に出てくるのはおそらく〔剣神〕だろう。

 ……僕は覚悟を決めなくてはならない。


「――ナスルさん、余っている剣を貸していただけませんか?」

「剣……? アイス君が使うのかね?」

「はい。次はきっと〔剣神〕のネイズさんですから……僕が相手をしなくてはいけません」


 僕はナスルさんに剣を借りに来ていた。

 もう何年も剣を握っていないが、剣から逃げてばかりもいられないのだ。


「アイス……お前がやるのか……?」


 僕の言葉の意味を理解しているレットが、心配そうな顔で尋ねてくる。


「うん。後で肩慣らしに付き合ってくれないかな?」  

「……ああ」


 僕とレットを不審そうに気遣わしげに見ている仲間たちに、僕は安心させるように笑いかける。

 ……大丈夫だ。仲間に心配を掛けるようなことは、何も無いのだ。


 ――――。


 王都まで一週間の距離を切った頃、ついにその時は来た。

 第三軍団――いや、〔剣神〕ネイズ=ルージェスとの対峙だ。

 接敵までに、第三軍団が単独で出撃している情報は入っていた。

 これまでと違い、第三軍団は斥候を出す訳でもなく、昂然とナスル軍の進路で待ち構えていたのだ。

 小細工を嫌うネイズさんらしくて、つい頬を緩めそうになったが――これから闘う相手なのだ、と気を引き締め直す。


 見るからに豪傑然とした偉丈夫。

 ネイズさんは僕が呼び掛けるまでもなく、軍団の先頭で威風堂々と立っていた。

 軍の統率者としては軽率な行動なのかもしれないが、ネイズさんに限っては問題無いのだ。

 小細工を嫌うネイズさんだが――ネイズさんには小細工も通じない。

 矢を射かけようが、魔術で狙撃しようが、視認出来ないくらいの剣閃で斬り払うことだろう。


「ここは僕一人に任せてくれないかな? ……僕が一人でやるべき事なんだ」


 皆は不安そうにしていたが、僕が本気だということを分かってくれたらしく、存外素直に引き下がってくれた。

 ――そう、ここは僕が一人でやらなくてはいけない。


 僕はこれから()()()()()()()()

 幼い僕に剣を教えてくれた、もう一人の父親とも言える人だ。

 僕一人で相手をするぐらいの事は、最低限の礼儀というものだろう。


 ネイズさんには説得は通じない。

 やるまでもなく分かりきっていることだ。

 いくら将軍のやりようが間違っているとしても、ネイズさんは曲がらない。

 将軍に拾われたネイズさんは、将軍の為に忠義を尽くし、将軍の為に死ぬ――僕の知るネイズさんは、そういう人だ。


あと三話で、第六部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、百話〔過去との決別〕

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