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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 終焉への始まり

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九八話 輝く親友

 僕の呼び掛けを受けて、第二軍団から一人の男が進み出てきた。

 斧を担いでいることであるし、〔斧神持ち〕の軍団長に相違無いことだろう。

 先天的に力が強い神持ちには珍しく、しっかりと体を鍛えているようだ。

 百八十センチはある体格に、服越しにも分かるほどの隆々とした筋肉が見て取れる。


 筋肉だけではない。

 堂々と歩く姿にも隙が少ない――前回の軍団長とは雲泥の差だ。

 ……軍団長の名に恥じない猛者がようやく出てきたということか。

 僕が話し合いの為にフェニィの肩から降りると、セレンが僕に近付いてきた。


「にぃさま、アレは駄目です。殺しましょう」


 ふむ。余人の言葉ならいざ知らず、他ならぬセレンの言葉だ。

 ――セレンには〔魂の汚れ〕が見えるのだ。

 その善人悪人を見分ける判別精度の高さは、僕もよく知っている。


 ナスル軍に潜入したスパイの狩り出しにも、ルピィと協力してかなりの人数を退治しているのだ。

 あまりにその人数が多いので――まるで悪人と判断した人間を殺して、後からスパイだったと決めつけているかのようなのだ……!


 ルピィならやりそうだが、心優しいセレンがそんな無慈悲な事をする訳もない。

 それに、物言わぬ死体にしてから後付けでスパイだったことにするなんて……そんな恐ろしい所業をする人間はナスル軍にはいない!

 ナスル軍は将軍の圧政に対抗する、正義を標榜する集まりだ。

 近年軍国で行われている不当裁判のようなことが、正義のナスル軍で行われるはずもないのだ……!


「う〜ん、セレンがそう言うならそうするべきなんだろうけど、話し合いぐらいはしてみるよ」


 僕はセレンにそう応えた。

 投降を促しておきながら、いきなり殺害してしまうのはマズい。

 ……背後にはナスル軍の人たちもいるのだ。


「――武神のガキが生きてたってのは本当らしいな。その顔も、その人を舐めた態度も、覚えがあるぜ。……ナスルがパチモン仕立てあげてるかと思ってたんだがな」


 どうやら軍国側では、僕が〔アイス=クーデルン〕本人かどうか真贋が疑われているようだ。

 死んだ事になっていた武神の息子が、よもや反乱軍側にいるとなれば、偽物と疑われても仕方がないのかもしれないが。

 人を舐めた態度というのが、ちょっと何を言っているのか分からないが……僕を知っているなら話は早い。


「ええ。平和を愛する男、アイス=クーデルンとは僕の事ですよ。……その重そうな斧を一度降ろしてもらって、ここは話し合いといきましょう」

「はん! 亡霊は亡霊らしくクタバってろよ! ……そこの女共はそこそこ使えそうだな。よし、俺が王城で飼ってやるよ」


 僕の仲間たちが尋常の存在でない事に気付いているようだ。

 やはりそこそこは腕が立つのだろう。

 ……だが、僕の仲間たちに不遜な物言いは不愉快だな。


 ここは僕の手で片付けてしまおう。

 そう決めて動こうとした直前――軍団長こと斧男がレットの存在に気付いた。


「……あん? お前、バズルのジジイのガキか? ハハッ、夜逃げ団長の息子が反乱軍にいるとはなぁ! いつも偉そうな事言ってやがったが、借金こさえて夜逃げしてんだからウケるぜ、ハハハッ!」


 バズルおじさんは僕ら兄妹を守った代償で命を落とした。

 あの一件の後、ガータス家の人間が王都を出奔しているのをいいことに、軍国にとって都合の良い話をでっちあげられたのだろう。

 この男は、僕の仲間に無礼な事を言っただけではなく、命の恩人であるバズルおじさんをも愚弄した。……万死に値する愚行だ。

 だが、僕の出番は無さそうだ――


 ――ドゴッ!


 レットの拳が斧男に直撃した。

 斧男は馬車に撥ね飛ばされたように吹き飛んでいく。


「――親父を侮辱するんじゃねぇ!!」


 そう、レットがバズルおじさんを罵倒されて黙っている訳がないのだ。

 普段は穏やかな男だが、一度激怒するとレットは恐い。

 レットの迸る気迫に戦場に立つものの多くが後退りする。……それはナスル軍も例外ではない。

 むしろ大人しいレットを知っている分、普段とのギャップの大きさに戸惑っているように見える。


「――立てよ。正面から叩き潰してやる」


 格好良い……!

 レットの一撃で倒れた男に追撃をするわけでもなく、正面から正々堂々と打ち倒そうとしている。

 ――まるで物語の主人公のようではないか!


「……てめぇ、不意打ちの一撃が当たったぐらいで図に乗りやがって……!」


 レットの余裕に、斧男は憤怒を露わにして――重量物である斧を持っているとは思えない速度でレットに襲いかかる。

 なるほど……やはりこの斧男、中々に手強い相手だ。


 ――だが、レットの相手をするには足りない。

 家族を失った僕たちの訓練は峻烈を極めるものだった。

 中でもレットは毎日のように血反吐を吐き、何度も何度も失神しては起こされる事を繰り返していた。

 今のレットは戦闘系の神持ちすらをも凌駕する力を持っているのだ。


 ――ガッ!

 レットの盾であっさりと斧の強撃は逸らされる――お返しとばかりにレットの盾が斧男の顔面を強打する。


「……っぐ!」


 しかし斧男もさる者だ。

 すぐに体勢を立て直し、重い斧を持ったまま機敏な動きで後ろに飛び退く。

 一連の攻防を観察した僕は思う――これは長丁場になる。


 ならば僕にはすべき事がある。

 もちろんレットに助太刀するような無粋な真似はしない。

 両軍の兵士たちにしても、神持ち同士の争いに手を出せるような者はいないだろう。

 僕は地面に置いていたイーゼルを拾い上げ、三脚をしっかり固定して設置する。


 そう――()()()()()()

 レットの勇姿は後世へと残すに値するものだ。

 親友である僕が描かずして、誰が描くと言うのだ……!

 折り畳み椅子を設置してイーゼルの前に座る僕を、両軍の兵士たちが驚愕の視線で見ているのを感じる。


 ……しかし僕は気にしない。

 描かれた絵は、多くの人々に見られることになる。

 ――画家の僕が見られることを気にしてなんとする!


「さすがはアイス君だね!」


 僕の果断な決断を称えながら仲間たちも周囲を取り囲みだす。

 ……皆、僕が絵を描いているところを見るのが好きらしいのだ。

 だが、ここで一つ問題がある。


 レットは盾術の使い手ということもあって――闘いが地味なのだ!

 僕の親友は仲間内でも突出した安定感があるが、いかんせん闘い方に華が無い。

 レットの魔力を流した盾は、手数の多いルピィの攻撃をいなし、地を砕くフェニィの一撃すらも受け止める事が可能なのだが、守る事に特化しているのだ。


 相応の強さを持つ者を相手にした場合、相手が疲労して隙を見せるまでチクチクと盾で攻撃しながら、決定的な瞬間を待ち続ける事になる。

 したがって、短気な上に負けず嫌いなルピィやフェニィを相手にすると、それはもう大変なことになってしまう。

 僕が止めないと、レットを本気で殺害しようとしてるんじゃないか? と思えるぐらいに危険な事態になるのだ。


 この光景をそのまま絵に描けば、レットの主武装が盾であることからレットが〔防戦一方〕に見えてしまう恐れがある。

 実際は汗一つかかずに完全に抑え込んでいるのだが、これをどう絵で表現するか……今、僕の技量が試されている!


 僕の創作意欲がむくむくと湧き上がる。

 ――よし。

 レットの挑戦、しかと受け取った!


 ――――。


 猛然と筆を進める僕だったが、三十分近く応酬が続き――斧男の動きに精彩が欠けてきた。

 当然の結果である。重い斧をずっと振り回し続けていたのだから。

 ……しかしこれはまずい。

 僕の絵はまだ完成していないのだ……!


 勝利を祝う言葉と一緒に、描き上がったばかりの絵を渡す予定だったのに……。

 いや、僕は諦めない!

 僕は更に絵を描く速度を上げる――僕の全てをここに……!

 後ろでルピィたちの感嘆の声が聞こえるが、それにすら構っていられない。


 …………斧男の振り降ろしの一撃。

 それは当初の勢いを完全に失った、力無い一撃だった。

 その隙をレットが見逃すはずもない。


「うおぉぉぉ!!」


 レットが咆哮と共に、斧を盾で弾き飛ばす――斧男の顔が驚愕に変わる前には、レットの剣が男の首を貫いていた。

 決着だ。そして僕も――フィニッシュ!

 やった、僕はやったんだ……! 


 レットの勝利に爆発的な歓声が起きている。

 ……心なしか、敵軍の兵士もどこかホッとしているような雰囲気がある。

 レットの絵をぎりぎりで描き上げることが出来たので、僕にはレットへの歓声が、僕の絵の完成を祝っているかのように聞こえていた……皆、ありがとう!

 僕の元に歩み寄ってくるレットは息も切らしていないが、何故か僕のイーゼルを見ながら疲れた顔をしている。


「アイス……お前という奴は……」


 どうやら、僕がレットの絵を一心不乱に描いていた事に感動しているようだ。……僕らは友達なんだから気にしなくて良いのに。

 ――おっと、こうしてはいられない。


「お疲れレット、見事な完封勝利だったね! ――よぉし、皆でレットを胴上げだ!」

「『胴上げだ!』じゃねぇよ! なんで勝ったのに、あんな罰ゲームみたいなのやんなきゃいけねぇんだよ!」


 照れ屋のレットは胴上げが恥ずかしいらしい。

 ……こんな時くらい自分をさらけ出しても良いのに。

 にじり寄る僕らを、レットは盾まで使いながら追い払ってくる。

 どうやら本気で嫌がっているようなので諦めよう……。


「……あ、そうだ、レットの為に絵を描いたんだ。受け取ってよ」


 短い時間で描いたとは思えない、渾身の力作をレットへと手渡す。


「いやぁ……思ったより早く決着がつきそうだったから焦っちゃったよ。もう少し空気を読んで引き延ばしてほしかったな」

「なんでアイスの絵に合わせて戦わなきゃいけないんだよ……って、おい! なんだよコレは!!」


 ふふっ、レットは驚いている。

 なにしろ一枚の絵で見事にレットの完全勝利を表現しているのだ……!


「なんで倒れた男の顔に――笑顔の俺が足を置いてるんだよ! 俺はこんな事してねぇだろ! すげぇ感じ悪いヤツみたいじゃねぇか!!」


 ――そう、盾で身を守るレットの絵では防戦一方のようだし、倒れた男の横にレットが立っているだけでは、レットが倒した事が伝わりづらい。

 そこで敗北者と勝利者を、誰が見ても分かるように明確に描き分けたという訳だ……!


「アイスの画力が無駄に高いから、本当にあった事みたいに見えるじゃねぇかよ……っていうか、こんな絵なら今描く必要無いだろっ、ふざけんなよ!」

「おやおや、レットらしくもない。……よく背景を見てごらんよ」

「なんだよ……くっ、背景の人たちまでしっかり描き込んでやがる。顔の判別まで出来るじゃねぇか……」


 その通り。

 むしろここに時間が掛かったと言える。

 それに僕も考え無しに描いていた訳ではない。

 僕が絵を描いて注意を引く事で、短気なフェニィたちの暴発を防ぐ役割も果たしていたのだ。

 僕のこの機転が無ければ、レットの心意気を無視して彼女たちは望まれてもいない援護を行い――あっという間に勝負を終わらせていたはずだ。


 そうなれば今の戦場の空気はあり得ない。

 ……レットと闘っていたはずの男が突然頭を爆発させたりすれば、観客も興醒めというものである。

 僕らには、結果が分かりきっていたこともあって少し退屈な勝負だった。

 だが兵士たちにとっては、目にも留まらない手に汗握る攻防だったはずなのだ。


 なにせ滅多にお目にかかれない――〔神持ち同士〕の決戦だ。

 歴史に残る闘いだったと言っても過言ではない。

 ……歴史書には、僕の絵も一緒に添付してもらうとしよう。


明日も20:30頃に投稿予定。

次回、九九話〔粛清〕

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