九五話 戦勝記念
僕は声を〔風術〕に乗せて語り始める。
「はい。というわけで、軍団長はお亡くなりになられました……悲しい事ですね。このような悲劇を繰り返さない為にも、どうか武器を捨てて僕らに投降してくれませんか?」
――よし、完璧だ。
軍団長への哀悼の意を示しつつ、兵士たちに再度投降を促したのだ。
軍団内のざわめきは前回の比ではない。
多くの兵士の心が揺らいでいるのがよく分かる。
『さっきの炎……例の、領主屋敷を焼いたやつじゃねぇのか?』
『ああ、間違いねぇよ。あれもアイス=クーデルンの仕業だったのか……』
『あのイカれた胴上げ見たかよ? やっぱ武神の息子はまともじゃねぇぞ』
以前に、領主邸宅を焼失させた炎術は、王都からも見えていたらしいので、多くの人間が類似性に気付いたようだ。
なにしろ雲まで届くような強烈な炎の吹き上げだ。
あんな事が出来るのはフェニィ以外にいないだろう。
そして同時に彼らも気が付いたはずだ――あれが手加減されたものだと。
広大な邸宅を焼いた時と違い、今回は人間一人分の範囲だけの炎だったのだ。
その気になれば軍団ごと焼き尽くすことも出来たと、多くの兵士が自覚しているはずだ。
……説得成功まで、もうあと一息だ。
そう思い、再び兵士たちの心に響く言葉を送ろうとしたが――流れを堰き止めようとする声に邪魔された。
「――バカもん、惑わされるな! ここからは副団長のワシが指揮を執る! いくら相手が化け物でも数はこちらが上だ、押し包むぞ!」
副団長が出てきた。
神持ちではないようなので脅威は感じないのだが……せっかく話がまとまりかけてたのに。
いや――ああいう強硬そうな人を説得してこその交渉人だ。
僕の交渉力を見せつけるチャンスではないか……!
「お前たち何をしている! 敵はたった六人だぞ、早く――」
――ボン!
話の途中で副団長の頭は爆散した。
これは……セレンか。
魔力を込めて投石した石を、刻術で加速してぶつけたのだろう。
なんてことだ、なぜ僕の交渉相手はいつも途中で死んでしまうのか……。
いやこれは、セレンを怒らせて放置したまま交渉を開始した、僕のミスだ。
機嫌が悪かったので、まだるっこしい展開に我慢ならなかったのだろう。
……うむ、仕方がない!
しかしこのままでは――この僕に、言論より暴力を優先するというイメージが定着してしまうではないか。
ここはいつも通り上手く誤魔化すしかないだろう。
「……おやおや、どうしたんでしょうか? 副団長さんの頭が爆発してしまいましたね。ふむ、きっと興奮して頭に血が上りすぎたのでしょう。――血圧が上がれば爆発くらいはしますよ!」
僕は強引に不可解な現象を結論付けた。
セレンがやったという証拠は無いのだ。
どうとでも開き直ってみせようではないか……!
兵士たちは声を出す事も出来なくなったように、静かに固まっている。
……ルピィが笑いながら僕の背中を叩く音がやけに響く。
僕の見事な弁舌を賞賛してくれるのは嬉しいが、あとにしてもらいたいものだ。
「あ、言い忘れましたが、ここにいる僕らは全員が〔神持ち〕ですので、ひとたび争いになってしまうと……控え目に言っても、一方的な虐殺になってしまいますね。……もちろん軍団の皆さんも平和を愛しているはずですから、そんな事にはならないですけどね!」
僕の発言の直後、兵士の一人が武器を地面に捨てたのを皮切りに、一人、また一人と次々に投降の意思を示した。
やった……!
真摯に説得すれば、気持ちは伝わるんだ!
僕は繋がった人の心に感動した。……だが、僕の感動に水を差すように、背後でルピィがふざけている声が聞こえる。
僕の声音で『僕は神持ちだからね!』などとやって、堅物のレットすらをも苦笑させていたのだ……!
先の『全員が神持ち』発言を受けて、からかいたくなったのだろう。
……便宜上、僕も神持ちという事にしただけなのに。
ルピィはいつか絶対にぎゃふんと言わせてやる……!
――――。
「――これはナスルさん、お疲れ様です」
無事僕らは、後続のナスルさんとの合流を果たした。
仲間内での多数決により、レットに第四軍団の投降をナスルさんへ知らせに行ってもらい、僕らは第四軍団の兵士たちと待っていたのだ。
……レットの扱いが酷いようだが、これは本人の希望でもある。
ちなみに待ち時間、僕は軍団の人と親睦を深める為に会話をしようと考え、「副団長さんは健康上の理由で亡くなりましたし……他の代表の方はおられますか?」と聞いてみたのだが、遠慮がちな皆さんは目を逸らして、誰も名乗り出てはくれなかった。
やむを得ず、僕の方で暫定的に軍団の代表を指名したのだが、なぜか〔死の宣告〕を受けたかのように真っ白な顔をされてしまったのだ。
……危害を加えたりなんかしないのに。
結局、話が弾むことなどあるはずもなく――代表さんからは必要な情報を聞き出しただけで終わってしまった。
軍内でまともに会話が出来る人を作るチャンスだったのに、どうしていつも上手くいかないのだろうか……。
仲間たちを除けば、ナスル軍で僕へ気さくに接してくれるのはロブさんくらいなのだ。
初対面の印象が良くなかっただけに、ロブさんがこんなにも僕の支えになってくれる存在になるとは思わなかった。
……本当に、生きていてくれて良かった。
「レット君から話は聞いた。……よく、やってくれた」
「僕は何もしていませんよ。ジーレとフェニィが軍団長を撃破してくれたおかげです。……是非ともジーレを褒めてあげて下さい!」
「ジ、ジーレが……?」
うむ、レットはお願いした通りに詳細を話していなかったようだ。
ナスルさんには、この場で喜びの感情をジーレにぶつけてほしかったのだ。
「……ジーレ、よくやった」
「えへへ〜っ」
父親の大きな手を頭に置かれたジーレは、とろけるような笑みを浮かべた。
そんなジーレを見たナスルさんも相好を崩す――ナスルさんは厳しそうな顔をしているが、かなりの親バカなのだ!
うんうん、親子共に幸せそうで良かった。
これはお膳立てをした甲斐があったというものだ。
だが……まだサプライズは終わりではない!
「これなんですが、ジーレをお祝いしている時の様子を絵にしてみました。戦勝記念にお受け取り下さい!」
そう。ナスル軍と合流するまで時間があったので、僕は絵を描いていたのだ。
雲を突き抜ける火柱の横を、笑顔のジーレが雲に潜り込んでいるという、どこか幻想的な絵だ。
ナスルさんも――まさかこれが現実に起きた光景だとは思うまい……!
「おお……これは凄い。アイス君の絵は相変わらず素晴らしいな! これならいくら金貨を払っても惜しくはない!」
ナスルさんはいたく気に入ってくれたようだ。
前回、ジーレとセレンが握手をしている巨大な絵画をプレゼントした時にも、意地でも僕に謝礼金を支払おうとしてきたのだ。
僕としてはナスル城にセレンの絵が飾られているだけで満足なので、もちろん固辞しているが。
「純粋な僕の趣味ですから、お金なんていりませんよ。喜んでいただければ僕も嬉しいです。いやぁ、わざわざ画材道具を持っていった甲斐がありましたよ!」
「アイス……珍しく荷物を持ってたかと思えば、そんなもんを…………それより武器の一つも持っていけよ!」
お堅いレットに怒られてしまった。
だが、僕の方にも言い分はあるのだ。
「待ってよレット。一見無駄に見えるけど、こうしてちゃんと役に立ってるだろ? ……僕よりもルピィだよ。ルピィこそ武器も持たずに、役にも立たない〔僕用の変装セット〕をいつも持ち歩いているんだよ?」
僕は声高に正当性を主張した。
そして同時に、頑なに女装用ウィッグや変装道具を持ち歩き続けているルピィを、ここぞとばかりに非難した。
……この機会にルピィの悪癖を改めてもらおうという訳だ。
だが――そこで黙っていないのがルピィだ。
「なに言ってんの、アイス君が全然女装しないのが悪いんじゃん! それに、アイス君よりボクの方がよっぽどマシだよ。アイス君のイーゼルなんて――レット君の盾より大きいじゃない!」
逆に僕を非難するルピィ。
この人、本当に無茶苦茶だなぁ……なんで僕が怒られているんだろう。
僕が女装を拒み続けているのが悪いのだろうか?
……しかし、セレンの前で女装などしたくない。
ただでさえ低い兄としての威厳が、ますます下がってしまうのだ。
そして、たしかに三脚のイーゼルは大きくて持ち運びには不便だが、実際に役立っているのだ。
使い道の無いウィッグなどとは、比較するのも烏滸がましい……!
「ふぅ、レットからもルピィに言ってあげてよ。無用の長物であるウィッグと、僕のイーゼルを一緒にしないでよって」
「いや……二人共、大差無いからな。それに無用の長物って意味じゃ、むしろアイスのイーゼルの方が該当するぞ」
うぐっ、裁定のプロであるレットに言われると、そんな気がしてしまう……。
普段から僕とルピィの意見が割れた時には、第三者のレットに裁定してもらっているのだが、ほとんどが喧嘩両成敗になってしまうのだ。
ルピィはまだ不満そうだが、レットが僕のイーゼルを批判したことで少し溜飲を下げたようである。
……僕としても不満が残るが、まぁいい。
イーゼルがどれほど重要な物か、その身を持って分かってもらうとしよう。
そう――次の機会にはレットの絵を描いてあげようではないか……!
明日も夜に投稿予定。
次回、九六話〔平和の象徴〕




