九四話 知らしめる戦勝
軍団長のあっけない最期に、兵士たちの反応は様々だ。
目の前で起きた事が信じられないように呆然としているもの、腰を抜かして座りこんでいるものもいる。
彼らにとって雲の上の存在である〔神持ち〕の軍団長が、何も出来ないままに火柱になったのだ。
驚愕は押して知るべしである。
そしてこのタイミング――今こそ、アレをやる絶好の機会だ!
「二人共やったね! ――よぉし、皆で二人を胴上げだ!」
――そう、胴上げだ……!
派手に勝利を祝うことで、戦争は僕らの勝利で終わったと〔戦勝アピール〕をするのだ!
これにより相手の戦意を挫き、これ以上の無駄な争いを避ける訳だ。
さらには仲良く胴上げをすることによって、僕らの親しみやすさをアピールする狙いもある。
これでナスル軍に加入しやすい空気を形成する――そう、ナスル軍は〔アットホームな職場〕です!
「おいおい、胴上げって――まさか、今やるのかよ!?」
「『おいおい』は、こちらの台詞だよレット。むしろ今やらずに、いつやるの? 二人は、今この時に戦果を挙げたんだよ!」
僕の理路整然とした主張に唖然とするレット。
……まったく、レットは時々ズレた事を言うから困る。
「その通りだよレット君。活躍したら胴上げ――なにもオカシイ事は無いよ!」
なにもおかしい事は無いという割には、満面の笑みを浮かべて可笑しそうな様相のルピィ。
だが、これで決まりだ。
「まずはジーレからね。それ――わっしょい、わっしょい!」
僕の掛け声に唱和してくれたのはルピィだけだったが、軽過ぎるほどに軽いジーレの体は、雲が掴めそうなくらいに舞い上がる……!
「すごぉぉぉぃ……!」
ジーレの大興奮している声が空の彼方から聞こえる。
胴上げを敢行した理由の一つには、ジーレが爽快なアクションを好みそうという理由もあったが、僕の予想は正しかったようだ。
クールな顔で胴上げしているフェニィもきっと大好きだろう。
その証拠に、期待故の興奮からくるものだろう、フェニィの手に力が込められ過ぎて、ジーレの胴上げに回転力が加わっている……!
――そう、ちょいちょいジーレが高速回転してるのだ!
それでも明後日の方向にジーレが飛んでいかないのは、きっとジーレが重術を行使して調整しているのだろう。
ジーレは破天荒ではあるが、小技に長けた子でもあるのだ。
……しかし胴上げ組の高さを揃える為に、フェニィには中腰になってもらっているのにこの有様である。
フェニィが全力で胴上げをしようものなら、ジーレでも制御出来ないくらいに照準がズレてしまい、火柱にジーレが突っ込むリスクもあったことだろう。
中腰になってもらって正解だった。
我ながら――見事なリスクマネジメント!
天高く伸びる火柱の横を、幼い少女が胴上げされている。
この圧巻の光景に、兵士たちも目が離せない様子だ。
雲まで届けとばかりのジーレを、兵士たちは絶句しながら目で追っているのだ。
……そんな兵士たちを見た僕は、この作戦の成功を確信した。
牧歌的な胴上げの光景を見て心が洗われたのだろう――彼らには戦意が欠片も見えない……!
「……よし、っと。次はフェニィだ!」
興奮冷めやらぬジーレを降ろし、フェニィの番へと移る。
だが胴上げを開始した直後、大きな問題に気付いた。
――――重い!
フェニィの筋肉密度が高そうだから重いという事もあるだろうが、これは担ぎ手の問題だ。
まずジーレ。こちらは単純に背丈が低いので手が届いていない。
……ジーレの高さに合わせると全体的に低くなりすぎてしまうので、ジーレには胴上げの雰囲気だけを味わってもらっているのだ。
本人は楽しそうなので、これはこれで良いだろう。
担ぎ手の戦力として期待していた渋々参加のレットは、フェニィに触れるのを遠慮しているのか〔エア胴上げ〕だ。
そして……セレンに至ってはそもそもやる気ゼロだ。
僕の顔を立てて胴上げに加ってくれているようだが、こちらもエア要員だ。
つまり実質、僕とルピィだけで胴上げしている事になる……!
胴上げとしてはかなり危ういと言えるだろう。
対象がフェニィでなければ、身体にかかる負担を心配するレベルだ。
そして僕とルピィだけでは悔しいかな、ジーレの時ほど高く上げる事が出来ない……。
――よし、ここはアレでいこう。
公平にジーレと同じ回数分の胴上げを終えて、いざフェニィを受け止めるという段になった時、僕はルピィたちに「任せて!」と合図を送る。
訝しそうにしながらも、距離を取る皆――落下してくるフェニィ。
そして僕は、右腕でフェニィの両肩を、左腕で両膝を受けとめ、全身を使って落下の衝撃を吸収した。
そう――この形は〔抱っこ〕だ!
以前、遊び疲れて眠ったジーレを、僕が抱っこでベッドまで運んだ事があった。
その時、ちらちらとフェニィが僕らを見ていた事を見逃してはいない。
詰まるところ、不遇な幼少期を過ごしたフェニィにとっては〔抱っこ〕は憧れだったのだろう。
仲間の希望に応えるのが僕のポリシーだ――この絶好の機会を見逃す訳がない。
本人が何も言わずとも、その意思を汲み取ってあげるのは当然の事なのだ。
そしてこれで、ジーレより胴上げが低かったことの埋め合わせにもなる。
――まさに一挙両得というわけだ……!
「…………」
僕の腕の中で、フェニィはどうしたら良いのか分からないように慌てている……面白い反応だ。
なんだか興味深いので、もう少し見てみようと思ったが――
「――アイス君、いつまでやってんの?」
ルピィの鋭く突き刺すような言葉に、僕の方が慌ててフェニィを下ろした。
「ずるーい! フェニィちゃんだけお姫様抱っこしてる〜!!」
ジーレも騒ぎ始めた。……たしかに、お姫様抱っことも言える形ではあった。
無言のセレンも、言葉より雄弁な冷たい視線で僕を追い立てている。
なぜかレットは、見ていられないとばかりに顔を背けている。
……気が付けば、あっという間に皆が敵対的になっているではないか。
だが、こんな事はよくあることだ――僕は慌てない。
「皆、ルピィの言う通りだ。いつまでもこんな事をやってる場合じゃない。ここは戦場なんだ――気を引き締めよう!」
「お前がそれを言うのか……!」
すかさずレットが突っ込んでくるが、もちろん無視だ。
レットだけではなく全員を無視して僕は続ける。
「ちょうど炎術の火も消えたことだから、僕がまた交渉してみるよ!」
今や軍勢から敵意を感じない。
むしろ、仲間たちから僕に向ける敵意の方が強い……!
明日も夜に投稿予定。
次回、九五話〔戦勝記念〕




