九一話 落ちた殺害計画
僕らのやり取りの最中もライオンは動かなかった。
――いや、動けなかったのだろう。
僕らは会話をしながらも、ライオンの動向から意識を逸らす事はなかったのだ。
下手に動けば即座に殺されることを、本能で理解していたのかもしれない。
小さなマカが近付いていくと、ライオンは威嚇するように雄大な翼を広げる。
……仔猫が相手なのに油断している様子が無い。
自分と同じように、マカが強い力を持つ〔神獣〕だということが分かっているのだろうか?
しかし改めて見てもやはり大きい。
翼を広げると、さらに圧倒的な迫力を感じてしまう。
戦闘系の加護では無いようだが、〔翼神の加護〕あたりだろうか?
あの巨体で飛べるとは思えないが、飛べるものと想定して戦う方が無難であろう。
たとえ相手が手強くとも、マカの方もまだ未熟とはいえ〔雷神持ち〕の神獣だ。
普段の特訓通りの力を出すことさえ出来れば、相手が巨大な神獣であっても十分に勝ち目はある。
――マカには雷術があるのだ。
フェニィの炎術、ジーレの重術のように、魔術系の神持ちには遠近両方に対応した術を使うことが出来る。
ジーレの場合は、自分自身や触れた物に荷重を掛けることも可能ならば、遠距離攻撃として触れずに発動することも可能だ。
フェニィは遠距離攻撃としての炎術のイメージが強いが、近距離としては魔爪術で人体を切断した際、切り口を焼いているのがそれだ。
超高温の熱を魔爪に付加することによって、人体を切断しても血液が飛散しないという、凶悪で便利な芸当を可能にしているのだ。
そして同じように、マカにも遠距離攻撃としての強烈な雷術がある。
上手く嵌れば、苦戦することもなく一瞬の内に決着が着くことになるだろう。
――マカは巨大なライオンに怯えながらも、魔力を集中している。
強力な魔術である為、その魔力操作は困難を極めるようだ。
初の実戦がいきなりこれなので、かなり緊張しているようだが……大丈夫だろうか?
だが、悪い予感は的中してしまった――
「――っ! 皆、散って!!」
僕は警告したが、魔力の気配に敏感な仲間たちは既に退避している。
退避して間もなく、僕らがいた場所を――轟雷が襲った。
――ドォン!!
けたたましい轟音と共に、天空から大きな雷柱が落下する。
……半径十メートルはある巨大な雷だ。
瞬間的な火力ならフェニィの炎術にも匹敵するほどだろう。
さすがにフェニィの炎術のような持続性は無いが、十二分なほどの威力である。
地面が黒く焦げて煙を上げている。
その場にいたら僕らも危なかったはずだ。
マカの雷術はフェニィの炎術よりは威力は落ちるが、その分発動が早い。
だが雷術の前兆で、じくじくするような魔力を感じ取ることが出来るので、僕らならなんとか回避は可能だ。
しかし戦闘中に上手く使いさえすれば、軍団長クラスが相手でさえ有効な術だろう――そう、使い勝手が良く相当に強力な術なのだ。
ただ難点として、魔力操作が未熟なマカは雷術の照準が甘いのだ。
それに加えて今回は、初めての実戦で精神的に重圧がかかる場面だ。
……これは失敗も仕方が無いと言える。
この雷術の強力さと、マカの不安定さも、仲間たちがマカを処分したがっている要因の一つなのだ……。
――しかし今回のミスを「失敗しちゃったニャン」で僕の仲間たちが済ませてくれるとは思えない。
不幸なことに、僕らへと直撃コースだったのだ。
潜在意識化で――マカが僕らを敵だと認識していた線も捨てきれないが、きっと違うだろう。
その証拠に、マカは地面に前脚を投げ出した体勢で小刻みに震えている。
……あれはきっと〔土下座〕をしているつもりなのだろう。
以前にニトさんが土下座を決めていた時に興味を持っていたので、マカも真似をして謝罪の意志を伝えているのだ。
だが、残念ながらその姿は――地面に寝転がっているようにしか見えない……!
「アイス君……アイツ、殺しちゃっていいよね?」
うぐっ……消極的殺害思想のルピィでさえ、殺意を剥き出しにしている。
……積極派の意見は確かめるまでもない!
ルピィたちの視点では――雷の牙を剥いたマカが、地面に寝転がってバカにした態度を取っているように見えているのだろう…………違うのに。
「まぁまぁ……あのライオンの神獣は、もう少しマカに任せてみようよ。僕の友達であるマカなら、きっとやってくれるはずさ」
ルピィの言う『アイツ』がマカのことを指しているのは明白だったが、あえてその事には気付かない振りをして、話を先に進める。
さらに、マカが友達であることも強調して、マカに危害を加えることへの牽制も忘れない。
これにより、僕が積極的に助勢するには難しい空気となってしまったが、やむを得ない処置だ。
今を乗り切らなければマカに未来は無かったのだ……!
マカの退路は断たれてしまったが、もう勝利は見えている。
ライオンの神獣は、マカの雷術の驚異的な威力と、戦場に蔓延している女性陣たちの禍々しい殺意に、すっかり腰が引けているのだ。
…………だが残念な事に、身じろぎしただけで殺されそうな殺意の波動を受けて、ライオンどころかマカも動けなくなっている……!
「マカ、大丈夫だよ。誰にだって失敗はあるからね。……さぁ、深呼吸して落ち着いたら、もう一度やってごらん? 今度はきっと丸焦げだよ!」
僕は優しくマカに声を掛けて応援する。
……幸い、ライオンよりはマカの方が、これまでの経験から女性陣たちの殺意に耐性があったようだ。
のそのそ動き始めたマカに対して、ライオンは硬直したように動けないままだ。
蛇に睨まれた蛙というやつだろう。
野生で培ってきた本能が仇になっているようである。
だんだんと落ち着いてきたのか、マカの身体の震えは止まっている。
それどころかライオンを見上げているその様は、上位種のような貫禄すら感じさせる。
そして――――雷が鳴く。
――ドォン!!
……勝敗はここに決した。
静止した的となったライオンには、マカの雷術から逃げ出すすべは無かった。
ぱちぱちと全身から炎をあげるライオンは、末期の悲鳴もあげる事なく即死したのだ。
「マカ、やったね! あんなに大きな神獣をやっつけるなんて凄いよ! 偉いよ!」
僕は勝利の余韻に浸ることもなく、即座にマカに駆け寄り、抱き締める。
これは勝利を祝う為というよりは、今も消えない女性陣たちの殺意からマカを守る為だ。
この小さな身体は――僕が守る!
「にゃぁぁ~~~」
マカは重責を下したように嬉しそうな鳴き声を上げている。
結果的には僕らがサポートした形になったが、初の実戦で大戦果を上げたのだ。
いっぱい褒めてあげなくては!
僕はここぞとばかりにマカを褒めちぎり、撫で回す……!
「ゃぁぁ~~ゃぁ~~」
マカは軟体動物のようにぐにゃっとして、恍惚とした顔をしている。
……だが、マカの初陣での勝利に、場の殺意は収まるどころか強くなる一方だ。
「――よし。悪は滅びたことだし、いったんナスル軍に戻ろう!」
僕は強引にまとめに入った。
悲しい事に、皆のマカへの敵愾心を無くす結果にはならなかったが、山場は乗り切ったのだ。
時間が僕らのわだかまりを解いてくれることだろう――そう、問題は先送りだ!
僕はマカを隠すように抱き上げつつ、帰路へと足を進めた。
……こうして、〔第一次マカ殺害計画〕は終わりを迎えた。
明日も夜に投稿予定。
次回、九二話〔動き出す軍団〕




