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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 終焉への始まり

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九十話 始動する殺害計画

 雄大な翼を生やしたライオン。

 ……それもただの翼が生えたライオンではない。

 特筆すべきはそのサイズ、通常のライオンのおよそ三倍はある。

 まぎれも無く――神獣だ。


 戦闘系寄りの加護ではなさそうだが、その体積だけを見ても脅威的だ。……およそ油断出来る相手ではないだろう。

 しかもライオンは、それなりに歳を取っているおかげなのか、僕らが今まで出会った人間とは違うことに気付いているように見える。


 知能も高そうなので話し合いも可能かもしれないが、残念ながらこのライオンは、趣味であるかのように人間を狩っているらしい。

 本来狩りをしないオスのライオンのくせに、随分と高尚な趣味をお持ちのようだ。

 ……うむ、情状酌量の余地は無い。


 美味しそうにも見えないことだし、フェニィにこんがり骨まで焼いてもらおうかな……僕はそんな事を考えていた。

 だが、こちらを警戒するように動かないライオンを見ながら、セレンが名案を思い付いたように明るく提案する。


「にぃさま。せっかくですから、神獣同士――()()()()()()()()()のはどうでしょうか?」


 マカは僕の肩の上で「何言ってんだニャ!?」と驚愕した面持ちをしている。


 ――おかしい、おかしいことだらけだ。

 まず、セレンが「畜生」と呼ばずに、「マカ」と名前で呼んでいる。

 僕が聞く限りでは初めてのことだ。

 次に、セレンもそうだが、僕の仲間たちは神獣討伐を生き甲斐にしているかのように、討伐に積極的なはずなのだ。

 それが、事前に打ち合わせでもしていたかのように、誰も不満の声をあげない。

 ……なんだこの違和感は。


 セレンはマカを嫌っている――隙あらば命を奪おうとしているくらいに。

 だがマカの脅威はセレンだけではない。

 セレンが〔マカを殺す会〕の会長なら、ジーレは副会長の座に就いていると言えるぐらいに、マカに敵意を持っている。


 これは僕に責任の一端がある。

 マカと初めて出会った時、ジーレは問答無用でマカを圧殺しようとした。

 当然、僕はその非人道的な蛮行を叱責したのだ。

 ……結果的に、これまで僕がジーレを叱ったのはその時だけだ。

 そしてそれは、ジーレにとっては忘れることができない悔しい思い出になってしまったのだろう――そう、完全にマカを逆恨みしている! 


 ――治安維持機関イージスは、チンピラ組織の一員と一般人が争っていた場合、チンピラ側を庇うそうだ。

 これは、一般人がチンピラ組織に恨まれないようにする為の措置らしい。

 イージスとて万能ではない、常に一般人を守り続けるのは難しいのだ。

 現実的に考えれば、イージスの措置は正しいのかもしれない。


 だが、僕はそんなやり方は嫌いだ。

 イージスには、いついかなる時も正義側に立っていてほしいと思うのだ。

 これは僕自身に身を守る力があるが故の、傲慢な考えなのかもしれない。

 ――理想と現実は違う。


 ジーレとマカのケースは、まさにそれだ。

 マカの将来だけを考えれば、初対面で暴虐を働いたジーレを責めない方が良かったのかもしれない。

 ……そうすればジーレが逆恨みをすることもなく、今よりは良好な関係を築けていた可能性は高いのだ。


 僕は自分の自己満足の為にマカを危険に晒しているのだろう。

 ならば尚のこと――この局面で油断することは許されない……!

 僕の直感が正しければ、今まさに〔マカ殺害計画〕が進行している!


 そう、セレンとジーレだけではない。

 ルピィとフェニィも、マカのことを疎ましく思っているふしがあるのだ。

 ……そしてこれも僕のせいだ。

 ルピィとフェニィは、いつも僕の身を守ろうとしてくれている。

 そんな彼女たちにとって、神獣が僕の身近にいるという状況自体が許容出来ないのだろう。

 現に、マカが僕に電撃を浴びせたり、噛みついたりした時なんかは、彼女たちは思わずゾッとするような眼でマカを見ているのだ……。


 僕を心配してくれるのは素直に嬉しいが、マカはもう僕の友達なのだ。

 マカを失うことを想像するだけでも苦しくなるので、その事を分かってもらわなくてはならない。

 幸い、セレンやジーレが「絶対殺したい!」という積極的殺害思想なのに対して、ルピィとフェニィは「出来れば殺したい!」という、いわば消極的殺害思想なのだ。

 ……まだ付け入る隙はあるはずだ。


 ――それにしても、こんなに巨大なライオンとマカを戦わせようとは。

 サイズ比だけを見れば虐待としか言いようがないが、雷神という戦闘向けの加護を持っているマカなら何とかなりそうな気もする――そう、何とかなりそうと思わせるのが、この作戦のミソなのだろう。


 僕がマカを大事にしているのはセレンも知っている。

 今もマカが殺されていないのは、その事実が要因として大きいはずだ。

 迂闊にマカを殺害しようものなら僕に嫌われるのではないか? という懸念が、マカを守っているのだろう。

 だから今回のような迂遠な手を打ってきたのだ。

 敵対的な神獣との戦闘中に死亡するなら、僕も諦めてくれるだろうという訳だ。


 そこまで分かっていながら僕は迷っていた。

 ここはあえて――その作戦に乗ってみるのも一つの手ではないか?

 セレン達の策略を正面から打ち砕くことによって、逆に、セレンたちにマカへ危害を加えることを諦めてもらうのだ。


 そればかりでは無い……ここでマカが役に立つことをアピールできれば、生かしておいた方がメリットはあるのでは? と思わせることも可能なのだ。

 僕は思案しながらマカの方に視線を向けると――マカは壊れたオモチャのように激しく首を横に振り続けていた。

 ……うん。あれこれ考えていたが、マカの気持ちが最優先だ。


「いや、やっぱり嫌がってるみたいだから、止めておいた方が良いんじゃないかな?」


 僕の言葉に対して、セレンは毅然とした態度で主張する。


「子供のうちから甘やかしてばかりいれば、将来ろくな大人に成長しません。

 辛くとも、獅子が我が子を千尋の谷に突き落とすかのごとく、ここは信じて送り出しましょう」


 セレンはそう言いながら、僕の肩からマカをはたき落とす!

「んにゃぁ!」と鳴き声をあげて、くるっと回転しながら華麗に着地するマカ。

 ――送り出すというより、まさに突き落としている……!


 しかし千尋の谷か……獅子は向こうの方だが、奇しくも双方同じ猫科だ。

 これはまさに〔猫科の頂上決戦〕となる。

 なにやら胸が熱くなる響きではないか……。

 いざとなれば僕が助けに入ればいいし、マカに頑張ってもらおうかな……? 


 ――僕がそう考えていると、足に柔らかい感触があった。

 足元を見れば、マカが両手足を使ってガッシリと僕の右足にしがみついている。

 ……それはまるで「この手を離せば待つのは死ニャ!」という、不退転の強い意志を感じさせた。


「駄々をこねてはいけませんよ」


 セレンが、ゆっくりと一本ずつ、足を引き剥がしていく。

 ……なぜだろう、本能に訴えるような恐怖を感じてしまう。


「おにぃちゃん大丈夫、この神獣なら負けないよ」


 どこからその確信が生み出されるのか、ジーレが無責任に保障する。

 負けてもいいと思っている――それどころか、負けて命を落としてほしいと思っているに違いない。

 ジーレのその眼は、マカを応援しているような眼ではないのだ……。


「にゃぁぁぁ……」


 セレンに首を掴まれながら、マカが今にも殺処分されそうな悲しげな鳴き声をあげている。

 ――いけない。

〔マカを守る会〕副会長のレットがいない今、マカを守れるのは会長である僕だけだ。

 周りの空気に流されてはいけない……!


「セレンもジーレも、ちょっと待ってよ。……ほら、体格差も大きいし、まだマカには難しいよ。あの神獣は小さな家ぐらいの大きさなんだよ?」


 掌の上に乗るぐらいのサイズのマカでは、爪で引っ掻こうとも噛みつこうとも、相手にかすり傷も負わせられまい。

 肝心の雷術もまだまだ練習中だ。……やはり時期尚早だろう。

 だが、そんな僕の心を惑わすようにルピィが揺さぶりを掛ける。


「まぁまぁアイス君。これから先、ボクらがずっとマカの傍にいるとは限らないし、経験を積む上でも良い機会だと思うんだよ。――今回ならすぐ助けに入れるでしょ?」


 ルピィの言にも一理ある。

 たしかに危険な相手かもしれないが、今回は僕が見守っている状態で戦うのだ。

 この機会を逃せば、次の実戦はもっと抜き差しならぬ切羽詰まった状況かもしれない。

 ……ならば、ある程度の安全が保障されている今回は、絶好の機会ではないのか?


 首を掴まれて、だらりと手足を伸ばしているマカと目が合う。

 その瞳は愁いを帯びており、僕の目をすがるように見詰めていた。

 …………駄目だ!

 マカは僕に助けを求めている。見捨てる訳にはいかない……!

 しかし、決意新たに口を開きかけた僕を制するように、ルピィが終わりの言葉を告げる。


「じゃあさ――多数決で決めよっか」


 ――マカの運命は決まった。 

 民主主義を重んじる僕には、民主主義の大原則には逆らえないのだ!

 マカの「もっと粘るニャ!」と言わんばかりの鳴き声虚しく、マカは戦地に送り出されることとなった。

 その足取りは処刑台に向かう死刑囚のようだ。

 そんなマカにフェニィが声を掛ける。


「……逃げれば殺す」


 くっ……戦場に向かうマカへの思いやりがまるで感じられない……!

 ……いや、これはマカを脅す為に言っているのではない。

「殺しても悪く思うな」と、僕に言っているのだ――悪いに決まってるのに!

 

 マカは小さな体をますます小さくしながら、とぼとぼと巨大なライオンへと向かっていく。

 見ているだけで胸が締め付けられるような光景だ。

 危険を感じたらすぐに助けよう――と、過保護なのかスパルタなのか分からない思いを胸に、僕には見守ることしか出来なかった。


明日も夜に投稿予定。

次回、九一話〔落ちた殺害計画〕

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