九話 買い物
昔、妹と手を繋いでる最中に、魔力波の飛ばし合いをしたことを思い出し――
『とーん』と魔力波をフェニィに飛ばしてみた。
池に小石を投げ込んで波紋を作るように、僕の体の中心から緩やかな波を飛ばすイメージだ。
僕もフェニィも、常に身体の表面に魔力膜を張っている状態なので、魔力波を送る側も感知する側も、ある程度魔力操作に熟達していなければならないが――
フェニィは「ん?」と、こちらに気が付いた。
フェニィの魔力操作の上達ぶりを微笑ましく思いながら、もう一度『とーん』と魔力を飛ばしてみたところ――
『とーん』とフェニィからも魔力波が飛んできて、僕の送った波は相殺された。
なんと、あのフェニィがこれほど細やかな真似にたちどころに対応するとは……。
そこで僕は、さらに『とーん、とーん』と連続で送り出してみたが――
『とーん、とーん』とフェニィに連続で返された魔力波に相殺された。
驚いて思わずフェニィの顔を見ると、その瞳は楽しげにキラキラと輝いているように見える。
どうやらこの遊びはフェニィの琴線に触れるものがあったようだ。
――面白い。魔力操作に一日の長がある僕としては負けるわけにはいかない……と、次なる一手を打とうとした時、僕は気が付いた。
僕らは果物屋の前に立っていたが――なぜか果物屋のおばさんが倒れている!
「――フェニィ! 魔力! 魔力、漏れてる!」
内在魔力の操作に集中するあまり、フェニィの暴力的とも言える魔力が身体から漏れ出していたのだ……。
あわわわ……なんということだ、また罪を重ねてしまった!
しかも今度は、罪無き果物屋のおばさんだ……!
「大丈夫ですか! どうしたんですか!?」
僕は白々しくもおばさんに声を掛けた。
「う……うぅ…………」
おばさんの意識は朦朧としているが、命には別状無さそうだ。
「どうかしっかり意識を保ってください。今、治癒術をかけますので」
僕の治癒術は解術に比べたら拙いながらも、おばさんの体の具合を回復させるには事足りたようで――おばさんはみるみる精気を取り戻した。
「ありがとうねぇ……教会の人かい? 助かったよ、急に具合が悪くなっちゃってねぇ……」
「自分の体の不調に自分では気付けない時もありますからね、お元気になられたようで良かったですよ」
僕はいけしゃあしゃあと、それらしいことを言ってしまう。
「治療してもらって大したお礼も出来ないんだけど、この果物よかったら持っていっておくれよ」
「おう、神官の兄ちゃん、若いのに大したもんだ! うちの野菜も持ってきな!」
となりで野菜を売っているおじさんまでもが、僕に商品を渡そうとしてきた。
――というか、すでにフェニィが野菜を受け取っていた!
なんということだ、これではマッチポンプではないか……うぅ、胃が痛い。
どこか嬉しそうに野菜を受け取るフェニィには、罪悪感というものが存在しないのだろうか……?
僕は心から恐縮して頭を下げながら、フェニィと共にその場を後にした。
こっそりと、おばさんたちの勘定台に〔迷惑料〕としてお金を置いてきたのだが…………そのお金すらも強奪したものという事実!
僕が雪だるま式に増えていく罪状にうんうん唸っていると、フェニィがぽつりと漏らした。
「…………アイスは、凄いな」
どうやら、僕が褒められた事を喜んでくれているようだ。
この様子では、自身から漏れ出た魔力の影響でおばさんが体調を崩したことに、気が付いていないらしい。
……なるほど、それで素直にお礼を受け取っていたということか。
フェニィの良識を疑っていた僕は、心の中で深く謝罪した。
嬉しそうなフェニィの様子を見ていると、事実を伝えてその気持ちに水を差すのも憚られる――なので「おばさんが無事でよかったよ」とだけ、僕は感想を伝えた。
元はと言えば、僕がフェニィにちょっかいを掛けた事が発端なので、今回のフェニィの魔力漏れについては無かったことにしよう……。
そして、紆余曲折あり多少の犠牲を払いながらも、僕らはなんとか目的の店を見つけることに成功した。……主に犠牲を払ったのは第三者であるのだが。
「――おっ! アイスじゃねーか! 森の近くで降ろして以来だな」
いつぞやアズからコベットまでの途中、荷馬車で一緒に旅をしたおじさんだ。
「お久し振りです。あれから無事目的を終えたので、今日はお店に仲間の服を見に来ました」
「仲間? すげえ別嬪の姉ちゃんだな……コベットで合流したんだな。サービスしてやるから見てけよ」
少しだけ危惧していたが、おじさんは死滅の女王の顔を知らないようだ。
死滅の女王その人が、街に普通にいるとは誰も思わないだろうから、何とでも誤魔化しようはあったが。
「フェニィ、好きな服があったら何着か選んでみて。僕もいくつか買うから予算に限りはあるけど」
僕の服も燃え去ってしまい一張羅のみとなっているので、肌着ぐらいは数点購入しておきたかったのだ。
「……服、選びかた、分からない」
……これは僕が迂闊だった。
自分で服を選んだことが無いであろうフェニィには、さぞハードルが高かったことだろう。
僕は内心で反省しつつ――おじさんの奥さんと思われるおばさんに、フェニィの服選びを手伝ってもらうように依頼して、あとのことを任せた。
「……アイス」
しばらくして僕はフェニィに声を掛けられ――――その姿を見て絶句した。
シンプルなシャツにパンツルックという、よく見かける組み合わせだ。
そこまでは良い、そこまでは。問題は……
「(胸! 胸が! 圧倒的なサイズじゃないか!!)」
元々着ていた皮鎧で締め付けられていたのだろう、解放されたその胸部はもう『ボク、はちきれそうだよ』と、シャツのボタンから幻聴が聞こえてきそうなくらい張りつめている!
「……?」
――いけない。フェニィが不思議そうな目で僕を見ている。
あまりの光景に、つい無言で凝視してしまった。
「……よ、よく似合ってると思うよ。動きやすそうだし、良いんじゃないかな」
「…………そうか」
これは、照れて……いるのか?
目の奥の光が僅かに揺らいだ気がしたが、はっきりとは分からなかった。
それにしても、目立たないようにする為に服を買いにきたつもりが、却って人目を集める格好になってしまった。
死滅の女王を連想する風姿では無いので、これはこれで良いのかも知れないが。