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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 終焉への始まり

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八九話 被害報告

「――指無しさん、ただいま戻りました。……いやぁ、まいりましたまいりました」


 僕は指無しさんの天幕に戻ってすぐに、大きな布で全身を包まれたニトさんをそっと寝所に寝かせる。

 ……その顔は、世界の苦しみから解脱したように安楽としている。


「あ、あ……アイスさん、まさかニトを……」


 おっと、指無しさんがよからぬ誤解をしているようだ。


「ふふっ、ご心配はいりません。ニトさんは生きていますよ。ただ、精魂尽き果てたようなので少し寝かせてあげてください。……身体を布で包んでいるのは、着ていた服が駄目になっただけです。一見すると遺体のようにも見えますが、ニトさんの怪我は全て治療してますので五体満足な健康体ですよ」


 ……実際、命が危ないところだった事は伏せておこう。

 色々あってニトさんが全身火だるまになった時は、もはやこれまでかと諦めかけたものである。

 死なせてなるものかと、元上級神官さんと協力して治療にあたった結果、ニトさんは無事息を吹き返してくれたのだ。

 さすがは本職だけあって、元神官さんの治癒術は卓越したものだった……。


 ――しかし元神官さんは、セレンを見る目が尊敬を通り越して〔狂信的〕なものを感じるので、ちょっとセレンに近付けたい人ではない。

 この人は、ナスル城に飾られている僕の絵(セレンとジーレが握手を交わしている絵だ)を見て、跪いて感涙していたとも耳にしている。

 ……たしかにあの絵はナスルさんも絶賛してくれたし、自分でも傑作だと思っているが、宗教画のような扱いを受けるのは不本意なのだ。


 教国では神持ちの人間は〔神の使徒〕のような扱いを受けている――そんな教国出身の元神官さんが、才色兼備で圧倒的な武力をも持ち合わせているセレンに強く惹かれるのは、仕方がない事ではあるのだが、僕にはあの人が少し怖い。

 なにせ、仲間であるはずのニトさんが火だるまになっていても、眉一つ動かさないのだ……。

 何事にも動じない女性陣でさえ「おおっ」と少し驚いていたぐらいなのに……!


「アイスさん、ニトにいったい何を……?」


 死んだように眠っているニトさんを見て、指無しさんが疑義の声を生じさせる。

 ……詳細を語るには刺激が強すぎるので、オブラートに包みこもう。


「そうですね……一言で言い表すのならば、ニトさんは一皮剥けて屈強な男になったんですよ。まぁ実際にも、全身大やけどで皮膚が一新されてるんですけどね!」


 軽快なジョークを織り交ぜてみたが、指無しさんの顔色は悪かった。

 ……事実を重く受け止められると、僕らの責任問題が追及されかねないので、あえて軽い感じで伝えてみたのだが、この反応を見るに失敗だったようだ。


「そ、それより、マカはどうでしたか? 指無しさんのお役に立てましたか?」


 マカは護衛対象より豪華な椅子に座って、ふてぶてしい態度で寝転んでいる。

 ……マカの態度をセレンが冷然と眺めているのが気懸りなので、早くマカを回収しなくては。

 四六時中、マカが僕と一緒にいるのが気に入らないのか、セレンは隙あらばマカを〔処分〕しようと画策している兆候があるのだ。

 マカのそれは護衛の態度にはまるで見えないが、やる事はしっかりやってくれる子のはずだ。


「へぇ、その……マカの電撃にやられたのが三人、それから……マカが眠った時に魔力が放散されて、体調を崩した人間が数十人いやしたが、幸い死亡者は出ていやせん」


 くっ……こちらも惨憺(さんたん)たる有様ではないか!

 護衛の様子を尋ねたはずが、なぜ〔被害報告〕を受けねばならないのだ……!

 ……どうりで、指無しさんの天幕の周りには兵士がいなかったわけだ。


 マカめ……「ちゃんと護衛したニャン」みたいな顔をしておきながら、うっかり眠って魔力を放出してしまっていたなんて。

 ――いや、マカはちゃんと頑張って仕事をしたつもりなのだ。

 だからあれだけ自信に溢れた態度を取っているのだろう。

 成長の芽を摘まない為にも、多少のことには目を瞑って評価をしてあげなければならない。


「そうですか、誰も殺さなかったんですね。指無しさんを守った上で不殺を遵守するとは……なんて偉い子なんだろう!」


 良い部分だけを切り取ってマカを評価する事にした。

 なんと言っても、生後半年にも満たない子なのだ。

 少し甘やかすぐらいでも問題は無いだろう。


 僕はマカの額の辺りをよしよしと撫でる。

 マカは褒められて機嫌が良いのか、珍しく僕の手に顔を擦り付けてくる。

 ぎりっ、とセレンからただならぬ気配を感じたので、早々に切り上げておく。

 ――セレンは焼きもち焼き屋さんなのだ……!


「さて、それではまた僕らは斥候に出ますね。……あ、それから、ナスルさんにも伝えておきますが、この先で神獣が暴れているそうなので討伐しておきますね」


 神獣被害はこの軍国で年々深刻になっている。

 というのも、これまで神獣は軍団長によって定期的に討伐されてきたが、十二年前――僕の父さんが洗脳術に囚われた頃から、討伐頻度は激減しているのだ。


 ――それも当然のことだ。

 父さんが現役の頃は、あちこち精力的に神獣狩りに出向いていたが、今はそれが無い。

 第三軍団のネイズさん辺りはともかく、他の軍団長たちは小さな村が神獣に襲われていても放置している。

 ……軍国では子供でも知っていることだ。


 一般的に、神持ちである神獣に対抗出来るのは、神持ちである軍団長クラスだけだ。

 とはいえ、軍団長からしても神獣の討伐には多大なリスクがある。

 神獣に返り討ちに遭う可能性だってあるのだ。

 そういった事情から、昨今では王都の近くで暴れている神獣か、よほど大きな街でもない限りは、神獣討伐に第三軍団以外は出動する事がない。


 軍国は広い――とても一つの軍団だけでは手が回りきるはずもない。

 よって多くの人々は、神獣を天災のようなものと考え、神獣による被害を諦めてしまっているのが実情となっているのだ。


 ……しかし僕らが困っている人を見過ごせる訳も無い。

 将軍の治世に不満を抱かせる為には神獣を放置しておくのも一つの手だと理解しているが、そんな卑劣な選択肢は選びたくないのだ。

 それで僕らは、神獣の噂を聞く度に討伐に赴くようにしているという訳だ。


「――へぇ、神獣ですかい。アイスさんたちなら神獣も裸足で逃げていきそうなもんですが……どうかお気をつけて」

「神獣はだいたい裸足ですけどね! マカみたいに良い子なら嬉しかったんですが、もう、幾つもの村を壊滅させている悪い子みたいなので、晩御飯になってもらいますよ」


 指無しさんには神獣を食べるという発想が無かったのか、怪訝な顔をしている。

 個体によっては妙味な神獣も多いのだが……食わず嫌いは良くないな。

 よし。食べられそうな個体だったら、美味しく調理して振舞ってあげよう。

 この際だ、神獣無しでは生きられない身体にしてあげようではないか……!


明日も夜に投稿予定。

次回、九十話〔始動する殺害計画〕

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