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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 終焉への始まり

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八五話 名も無き街での出会い

 ナスル軍進軍の前日、僕らは先んじてポトを出発していた。

 僕らの足は早いので、ナスル軍に先行がてら斥候を務めようというわけだ。

 しかし、そもそもナスルさんはナスルさんで斥候を多数放っているので、戦略的には僕らがわざわざ先行する必要性は薄い。


 それでもこうして独立行動を取っている理由はというと――僕らが多数の人の中にいようものなら、間違いなく問題を起こしてしまうからだ……!

 協調性皆無で集団行動が出来ない僕の仲間たちが、軍という巨大な組織の中で問題を起こさないでいられるだろうか?

 ……いや、ありえない!


 ナスル軍の兵士を、うっかり殺してしまうような事態は避けなければならない。

 味方であるはずの〔神持ち〕に兵士が殺害されるような事になれば、ナスル軍の士気低下は免れないのだ。


 しかし僕たちは戦力の中核であると言えるので、僕らが抜けることでのナスル軍本体の戦力低下は否定出来ない。

 この戦争は、純粋な戦力比ならばこちらが上だと思っている。

 僕が恐れているのは――搦手(からめて)だ。


 それこそ求心力の中心であるナスルさんを暗殺でもされてしまえば、一気にこの軍は瓦解してしまうのだ。……僕らが斥候に出ることの不安はそこにある。

 なので本当は、謀略に長けているルピィに〔ナスルさんの護衛〕として張り付いてもらいたかったのだが、僕のお願いへの返答は予想を裏切らないものだった。

『――はっ? イヤに決まってんじゃん』と、当然のごとく断られたのだ。


 ……だが正直、全然期待してなかったので問題は無い。

 あのルピィが、地味で退屈そうな仕事を引き受けてくれるはずがない……!

 もちろんフェニィやセレンについては、端から検討すらしていない!


 そんな訳で消去法により――レットにナスル軍へと残ってもらっている。

 レットとロブさんが傍に控えていれば、そんじょそこらの暗殺者では手も足も出まいという判断だ。


 …………そしてなぜかナスルさんの愛娘であるジーレは、僕らと一緒に先行組へと加入している。

 先行組とは言え、僕らと一緒にいる方が安全かもしれないので取り立てて反対はしていないが……総大将の娘が最前線で良いのだろうか……?



「――アイス君、街が見えてきたよ。もちろん寄ってくでしょ?」


 ちなみに僕らは全員徒歩だ。

 最近ナスルさんからよく借りていた馬車は、斥候の目的にそぐわないので利用していない。


「うん。……だけど皆、くれぐれもトラブルを起こさないでね? このあとナスルさんたちもやってくるんだから」


 恐るべきことに、この面子は僕以外の全員がトラブルメーカーなのだ。……セレンは可愛く賢い子ではあるのだが、やや常識に欠けているのが珠に傷だ。


「あったり前じゃん。ボクがトラブルなんか起こした事があった?」


 かなり沢山あったのだが……賢明な僕はわざわざ指摘するという愚を犯さない。


「……とにかく、殴らない、殺さない、潰さない。ほら、簡単でしょ?」


 最後の『潰さない』はジーレに向けたものである。

 しかし、不埒な男たちにセクハラ行為を受けても大人しくしている仲間たちを想像すると……なんだか心がザワザワしてしまうので、言葉を付け加える。


「でも我慢出来なくなったら好きにやっちゃっていいよ。我慢は体に良くないからね!」


 こういう所が僕の甘いところなのだろう。

 僕の思考を読んでいるのか、ルピィはニヤニヤしながら僕の顔を見ている。

 ああ……これはまた駄目な予感がする……。


 ――ナスルさんは事前に、各地の村や街の領主に根回しを終えている。

 その目的は、ナスル軍が通過した際に無用なトラブルを防ぐ為と、ナスル軍への加入者を募る為だ。

 既にナスルさんはサクラを各所に潜ませているのだ。


 いざとなればサクラに『俺はナスル軍に入るぞ!』と声高に叫ばせる事により、ナスル軍に加入しやすい空気を作るという訳だ。

 あれで中々ナスルさんは抜け目無い。

 ……だから間違っても、僕らが仕込みを台無しにするようなことがあってはならないのだ。


 ――街の酒場に入った瞬間、酒場の喧騒が停止する。

 僕らはとにかく人目を引く面子なのだ。

 全員が若いうえに、女性たちは人並み以上に容姿が整っている。

 その中でも際立って目立つのが、長身美人のフェニィだろう。

 どこを見ているか分からないぼんやりした瞳だが、存在感は抜群なのだ。


 好奇的な視線の多くがフェニィに集まっているのを感じ取れる。

 ポトでは、僕らの顔は広く知られていたので絡まれるようなことも減っていたが、他の街に行けばそうはいかないらしい。

 下卑た目でフェニィを見ていた男が、小躍りしながら声を掛けてくる。


「ひょお! おい、俺たちのテーブルに来いよ! この椅子空いてるぜ。俺のヒザの上だって空いてるぜ、どぅひゃひゃっ……!」

「――――テーブルは空いてないから、皆カウンターで良いかな?」


 僕はごく自然に無視してしまう。

 この手の輩をまともに相手するのは得策ではない。

 無視していれば引き下がってくれることも多いのだ。


「なに無視してやがんだ、クソガキが! ……なぁ、大人しくこっちこいや、ねぇちゃんたちよぉ」


 駄目だったようだ。

 仲間たちの苛立ちが急速に高まっていくのが知覚できる。

 フードで寝ていたマカが怒気に反応して起きた気配がするが、不自然なほどにピクリとも動かない。

 ……どうやら、フードの一部となってこの場をやり過ごすつもりらしい。

 実に賢い、許されるなら僕もそうしたい。

 だが僕には責任がある、逃げる訳にはいかないのだ。


 しかし話し合いをする為に一歩踏み出した僕は――フェニィの呼び止めるような視線に制止された。

 これは、「任せておけ」ということなのか……?

 このパターンは悪い記憶しかないのだが……。

 不安などと生易しいものではない、上手く成功するビジョンがまるで浮かばないのだ……!


 ……いや、まて、待つんだ。これはチャンスだ。

 ここで成功する事によって、成功体験で過去のトラウマを塗り潰すのだ!

 僕は一歩引き下がってフェニィに場を明け渡した。

 このバトンは、フェニィに託す……!

 

 僕の期待に応えるように、胸を張って一歩前に出るフェニィ。

 そしてフェニィは、高い視点で睥睨しながら男たちに吐き捨てる。


「……失せろ」


 おお、フェニィがちゃんと()()()()をしている!

 一言目より先にツメが出ていたあのフェニィが……!

 僕は感動してホロリときそうになったが、すんでのところで堪える。

 まだ話し合いは始まったばかりだ。……僕がしっかり見守らないと。


「っ……! おい、ねぇちゃん、俺たちを舐めてんのか? 俺たちはあのナスル軍に入る予定なんだぜ?」


 フェニィの迫力に引きかけた男たちだったが、なんとか持ち直して続ける。

 しかし、ナスル軍に〔加入予定〕というのは強気になれる要素があるのだろうか……?

 百歩譲って『俺たちはナスル軍の兵士だ!』と言うなら、まだ話も分かるが。


 それからも男たちはしつこく言い募る。

 ――これはいけない。フェニィや皆の苛立ちが臨界点に達しそうだ。

 フェニィには悪いが、やはり僕が前に出るとしよう。


「まぁまぁ、どうかその辺で……僕らは食事をしにきただけですから」

「うるせぇ、すっこんでろや!」


 男が軽く僕を突き飛ばす。

 ――これが僕の最大の失敗だった。

 ダメージを受けないからといって、横着して回避を怠ったのだ。

 致命的なミス……もちろん絡んできた男にとっての〔致命的〕だ。

 僕が突き飛ばされた事で殺気が膨れ上がり、あっと言う間に閾値を超える。


 まずい――そう思った時には遅かった。

 言い訳をすれば、僕の判断が遅いのではない。()()()()()()()()()のだ。

 即断即決どころではない、考える前にはもう手が出ている。

 もちろん、止める暇などない――


 ――――夏の風物詩、スイカ割り。

 不意に僕は、子供の頃にセレンと泳ぎに行った湖のことを思い出していた。

 あのうだるような暑さの日、セレンはでこぼこした木の棒でスイカを割った。

 しかし割れたスイカは、鋭利な刃物で切ったかのようにスッパリと切れていたのだ。


 あの日のスイカのように――男の体は()()()()()()になっていた!

 ああっ、やっぱり殺ってしまった……!

 ……いや、これは僕が悪いのだ。

 不用意に僕が攻撃を受けたせいで、フェニィを怒らせてしまったのだから。


 …………駄目だ駄目だ。

 悪い方へ悪い方へと考えるのは良くない。こんな時こそプラス思考だ。


 真っ二つにして殺したといっても、傷口を焼いているおかげで店内を汚していない。……この一点はまずプラスだ。

 次に、体が二つに分かれたおかげで死体処理が楽になった。

 そう――持ち運びしやすくなったのだ!


 死体を掃除するべく、断たれた半身を運ぶ姿は……なんということだろう、〔個性的なバッグ〕のようではないか!

 こうして列挙してみるとメリットだらけだ。

 そしてこの場を乗り切る為の最大のメリットは――誰にもフェニィの斬撃が見えていないことだ!


「――わぁ、びっくりした。急に身体が二つになるなんてどうしたんだろう?

 フェニィに断られたのがよほどショックだったのかな。ほら、身が引き裂かれるような気持ちになるってやつだよ!」


 フェニィがやったという証拠は無いはず――ここは無関係を装うんだ!

 フェニィに断られたというより〔断たれた〕が正しいが、字面は似ているので良しとしよう。


「それはそれとして……店主さん、僕はミカン水と日替わりランチをお願いします。さぁさぁ皆も早く決めちゃいなよ」

「うん、そうだね。マスター、ボクも同じやつで」


 ルピィはニコニコした笑顔で僕に合わせてくれる。

 しかし、人が亡くなっているのになんでこんな笑顔なんだろう。

 ……まったく、神経を疑ってしまうなぁ。


 おや、真っ二つになった男の仲間が店内で吐いているではないか。

 店内で嘔吐するなんて迷惑な人だ。営業妨害も甚だしい……!

 僕の仲間にはそれぐらいで食欲不振になるナイーブな人間はいないが、他の客が全員いなくなっているではないか!

 ――しかし、店主さんは今にも倒れそうな顔をしているし、僕らが少し店に迷惑を掛けたのは事実なわけだから、多目に支払いをしてあげるとしよう……。


明日も夜に投稿予定。

次回、八六話〔信頼獲得への約束〕

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