八四話 未来の展望
市場の喧騒から一本外れた場所。
僕らはそこで椅子に座って、焼きハマグリを食べていた。
……ふと考えてみれば、これから数日もしないうちに僕らはこのポトの街を出ることになるのだ。
こうしてフェニィと二人だけで話せる機会も少ないかもしれない。
今のうちにこれからの事――いや、さらにその先の話をしておこう。
「フェニィは将軍を倒した後、どうするつもりなの? フェニィならナスル軍も歓迎するだろうし、そのままナスルさんの所にいても良いと思うんだけど……」
僕の父さんを解放して、将軍を倒した後の話だ。
順当にいけば、ナスルさんが名実ともに次の王となることだろう。
……フェニィには僕に付き合ってもらっている形なので、その後の身の振り方について、希望を知っておきたいのだ。
「…………」
フェニィは無言で僕をじっと見ている。
言葉が足りなかっただろうか?
ここは僕のことも話しておくとしよう。
「僕はね、フェニィ。この軍国でやるべき事を終えたら〔帝国〕に行こうと思ってる」
「……帝国?」
「フェニィが育った研究所――あそこを壊しに行くつもりなんだ」
帝国の研究所。
今も変わっていなければ、かつてのフェニィと同じように束縛されて生きている人たちがいるはずだ。
そんな存在がいることを、僕には容認することが出来ない。
その事を知らないのであればともかく、僕は知っている――そう、知っているのだ。
知っていながら何も行動しないのは、研究所の連中を暗に認めるという事だ。
僕はこれ以上、自分を嫌いになりたくはない……今よりもっと自分が嫌いになると、生きていくのも難しいのだ。
しかしフェニィにとって、帝国は忌まわしき古巣だ。
フェニィが帝国に行くとなれば、嫌な記憶を想起させることにもなる。
最悪、また奴等に捕らえられる可能性だってゼロではない。
「……私も行くぞ」
「……ナスル城にそのまま残って、平和に暮らすことだって出来るんだよ?」
「…………アイスがいないと、意味が無い」
フェニィは言葉を飾らない。
フェニィのまっすぐで装飾の無い言葉は、こちらが照れ臭くなるぐらいだ。
気負った様子も見受けられず、ただ思った事をそのまま言っただけ、という泰然とした瞳は、逆に僕を落ち着かなくさせるのだ。
さしづめ、僕の作る料理を気に入ってくれている、という事だろうか……?
「そ、そっか……フェニィが一緒に来てくれると、嬉しいよ」
「……ん」
「――んにゃぁ〜」
「あ、うん。もちろんマカも一緒だよ」
フードで丸くなっていたマカが、存在を主張するように鳴いた。
ハマグリは猫の身体に悪いらしいのでマカには禁止したところ、不貞腐れてフードで寝ていたのだ。
マカなら何を食べても大丈夫かもしれないが、念のためだ。
「よし、それじゃあそろそろ戻ろうか。朝食はマカのリクエスト通り――カツオのフルコースだからね!」
「にゃっ」
僕らと共に歩むようになってから、マカはすっかり舌が肥えてきた。
ふふ……今更野生には戻れまい。
マカも帝国に行くことになるのは必然なのだ……!
「――あ〜っ、アイス君がフェニィさんと朝帰りしてる〜っ」
部屋に戻ると、ルピィが僕らをからかうように出迎えた。
たしかに早朝出かけて朝に帰るのも、朝帰りと言えばそうなのだが。
ちなみに過去には「ちょっとー、出掛けるなら誘ってよ!」と言われたので、次の機会に起こしてみたら「ぅぅ……眠いからいいや……」と言われた経緯がある。
自由人ルピィは、起こさないとヘソを曲げ、起こそうとすると起きないという困った人なのだ……!
「今朝の買い物はマカの希望がメインだよ。……ああ、フェニィと二人で大事な話もしたけど。それじゃあ食堂に――」
「――待った! 大事な話ってなに?」
急に目の色を変えて尋問官の目になるルピィ。
特に関心を引く話題でも無かったはずだが……。
「大した話じゃないよ。将来の話についてちょこっとね」
「へ、へぇ……将来についての大事な話を二人で……。そ、れ、で、なんの話?」
執拗に質問を繰り返すルピィに困惑していると、背後から鳥肌を立たせるような声が響く。
「にぃさま……私も聞きたいですね」
両面から強い圧迫感を受ける……!
なぜだろう、疚しいことは何もしてないのに――ちなみにルピィと話している途中で、マカはフードから飛び出してレットの元に駆け込んでいる。
何か危険の予兆があったということだろうか?
僕にもその危機察知能力がほしい。
そして、マカに逃げグセがついてきている気がする……!
「――――なぁんだ、それならそうと早く言えばいいのに~~」
僕が帝国に行く計画について説明すると、途端に朗らかになるルピィ。
「まだ、ずっと先の話だからね。直近の問題も解決してないのにそんなことを言い出すのは気が早すぎるよ」
「それなら、なんでフェニィさんだけに相談してたの?」
笑顔で僕に質問しているルピィだが――目が笑っていない……!
「そ、それは、ほら、フェニィは帝国に良くない思い出がいっぱいあるだろ?
事前にちゃんと確認しておかないと。……それにルピィとセレンは、もう一緒に行くことに決めてたしね」
元々ルピィは、僕が固辞していても無理矢理ついてきているような人だ。
一緒に帝国に行かないという選択肢は、そもそもからして存在してなかったのだ。
もちろんセレンに関しては言うまでもない。
「ふふ、ふふふっ……そっか~、分かってんじゃんアイス君!」
弾かれたように上機嫌になって僕の肩をばんばん叩くルピィ。
安全な旅になるとは思えないが、そんなに嬉しいものなのだろうか……?
セレンも、荒れ狂う海のようだった瞳が、山奥の湖のような静かなものへと変化している。
「でも、アイス君。その研究所の場所も知らないんでしょ。当てはあるの?」
そう、当のフェニィも研究所の場所を知らなかった。
帝国にそういう類の研究所が存在していた、ぐらいの情報しかないのだ。
「国が主導の研究所みたいだからね。帝都に行って〔帝王〕と話してみようと思ってるよ」
――研究所の場所が分かって物理的に破壊したとしても、大元の帝国を何とかしない限りは、別の場所に移設されて元の木阿弥となる可能性もある。
元締めに話をつけるのが筋と言うものだろう。
「帝王と話すって……会うだけでも楽じゃないと思うけど、『止めてくれる?』『いいともー』で研究所を閉鎖してくれるとは思えないよ? 帝王を半殺しにでもして脅すの?」
僕とてそれほど軽く考えてはいないのだが……相変わらず物騒な物の考え方だなぁ。
「ふぅ、やれやれ……ルピィは相変わらず暴力的だなぁ。僕らには言葉があるんだよ? まずは穏便に話し合うべきではないのかな?」
「……そんな生意気な口を聞くのはこの口かな~。ほぉら、ぐにぐに~」
「ごえんなあい……」
僕は謝罪させられた!
……まったく、こういうところが暴力的だと言うのだ。
なまじ力がある人は、すぐ短絡的に力で解決しようとする傾向がある。
とても良くないと思います。
「でも実際問題、アイス君と帝王の話し合いで何とかなるとは思えないよ?
ナスル王が権力を握った後に、外交ルートで話を進める方がまだ現実的だよ」
「外交ルートだと時間が掛かりそうだし、実現性も低いと思うんだ。……内政干渉になりかねないしね。とりあえず話してみて無理そうなら――帝王を殺してしまおう!」
今代の帝王に話が通じないなら、次代の帝王と交渉しようという訳だ……!
フェニィにした仕打ちを考えれば、殺されたって文句は言えないはずだ!
「結局殺してるし、どこが穏便だよ! こんなアイス君に偉そうなこと言われるなんて……このっ、このっ……!」
「やべて、やべてよ……」
理不尽なルピィに苛められる。
僕の計画の根幹には平和的な話し合いがあるのだ。
暴力が前提のルピィと一緒にしてほしくない……!
「ルピィさん、それぐらいで。にぃさまらしい計画ですし、よろしいのではないですか?」
セレンが助け舟を出してくれる。
だが、僕がルピィに苛められていても、セレンはあまり怒っていない。
僕に危害を加える人間には容赦しないのがセレンなのだが……よく二人でなにやら相談しているようであるし、協定みたいなものがあるのだろうか?
仲良くしているのは良いが、ルピィの悪影響を受けるのが心配だ。
「――お前たち、いい加減にして朝飯に行こうぜ」
部屋の隅でマカと一緒に大人しくしていたレットだ。
レットは諦め悪く、「俺は個室に、いや、指無しさんたちと同室の部屋に変えてもらう!」と言っているが、僕はそんなことを認めない。
……こんなアウェーな部屋に一人でいる訳にはいかないのだ。
そんなわけでレットが部屋を出るなんてことがないように、常にレットの意見は最優先される。
「そうだね、食堂に行こう。……もちろん、レットも帝国行く時はついてきてね?」
「……帝城に乗り込む時は合流してやる」
レットは相変わらず、常に行動を共にするのを避けようとするが、一番危険であろうところはしっかり共闘の意志を表明してくれた。
なんだかんだでレットの助力を約束してもらえたので、心から安堵してしまう。
……レットはこのメンバーの貴重なブレーキ役なのだ。
常に暴走している仲間たちを、僕一人で抑えきれるはずもない!
第五部終了。
明日の夜の投稿からは、第六部【終焉への始まり】の開始となります。
次回、八十五話〔名も無き街での出会い〕




