八三話 超平和的解決
僕とレットは部屋でのんびりとしていた。
女性陣は入浴中でここにはいない。
「ふふ……マカ、ちょっとこっちに来てごらん」
僕の枕の上で寛いでいるマカに呼び掛けた。
……よりにもよって、なぜあんなところに座っているのだろうか?
マカの白い毛が僕の髪に付くと〔白髪〕みたいになってしまうのに……。
「にゃん」
特に疑問を持たずに僕のところにやってくるマカ。
よしよし。僕がこっそり練習した成果をマカに披露して、びっくりさせてあげよう。
「いくよ……それっ!」
「にゃぁァヅヅ!」
マカは僕の雷術を受けて痺れている!
よし、使えそうな術だと思って僕も練習していたのだ……って、あれ?
なんでマカに雷術が効いているんだろう……?
「ご、ごめんね……マカには効かないかと思ってたよ」
「にゃあっ! にゃあっ!」
マカは怒って僕の体をぽかぽか叩いている。
爪は出していないので痛みは無いのだが、申し訳ないことをしてしまった。
「おいアイス、マカを虐めてんじゃねぇよ……」
〔マカを守る会〕の副会長であるレットに叱責されてしまった。
会長の僕がこんなことを言われてしまうなんて……なんたる失態だ!
「まぁまぁ、落ち着いてよマカ。……そうだ。お詫びの印に明日の朝、魚市場に連れていってあげるから。朝ごはんはマカの好きなものを何でも作るよ?」
「にゃ? にゃにゃにゃああ、にゃ」
マカの興味を引いたらしい。
一生懸命に自分の希望を伝えているようだ。
だが、僕らには――言葉の壁があるのだ!
残念ながら、マカが何を伝えたいのかさっぱり分からない。
……かくなる上は、あの手でいこう。
「……よし、分かったよ。〔サバの味噌煮〕が食べたいんだね!」
「ニャーッ!!」
知ったかぶりをして適当な事を言ったら、激しい怒りを買ってしまった。
マカはガブガブと僕の腕に噛みついている。
……どうやら雷術を浴びせた時より怒っているようだ。
自分の言葉が曲解されるというのは、かくも許しがたいことなのか。
さりげなく――僕の食べたい物を選択したのが失敗だったかもしれない……!
「アイス……お前というやつは」
レットは呆れた目で見てくるが、この噛みつき攻撃は意外と痛いので、マカを宥めるのに協力してほしい……。
――――。
「――にゃぁ〜〜」
マカはご機嫌だ。
日も昇らぬ早朝、僕は約束通り魚市場に来ていた。
仲間の皆を起こさないように気配を殺して部屋を出てきたが、野生児のフェニィには察知されてしまったので、この場には僕とマカとフェニィがいる。
「おっ、アイスちゃんおはよう! 今日も早いね」
「おはようございます、今朝も冷えますねぇ」
市場のおばさんに声を掛けられたので、愛想良く返事を返す。
僕は普段からここの市場を利用しているので、すっかり顔馴染みなのだ。
……それというのも、ナスル城での仲間の食事は、二回に一回くらいは僕が作っている事が要因にある。
ナスル城には専属の料理人がいるので、僕が厨房を借りて料理をするのは失礼にあたるのだが、仲間の要望とあらば止むかたなしだ。
ルピィやフェニィは、旅の長い間、僕の料理を食べ続けてきたせいか、専属料理人の料理より僕の料理を好んでくれているのだ。
もっとも、あちこちを旅してきた僕は――数多の有名な料理店の味付けを参考にして、自分の料理に研鑽を重ねてきている。
だから、生半な料理人には負けない自信はあるのだ。
ロブさんにご馳走した時には「ココノメシヨリ、ウメェジャネェカ!」と褒めてもらったりもしている。
……すぐそばに城の料理人がいたので、褒められて嬉しいよりは、気まずい気持ちの方が強かったのだが。
「アイスちゃん、その猫はどうしたの?」
おばさんが訝しむのも当然だ。
初めて訪れる市場に興奮しているのか、天敵である女性たちがいないせいなのかは分からないが、マカは――いても立ってもいられないように、僕の肩や頭をしきりに登り降りしているのだ……。
……頭の上に猫を乗せていれば、道行く人に奇異の目で見られることになるが、そんな事は僕には気にならなかった。
なぜなら――そんな目で見られることは慣れているからだ!
朝の市場には、フェニィと二人で行くことが度々あったが、なにせサザエの壺焼きを殻ごと食べるようなフェニィなのだ。
常識を超越した行動の数々は人々の注目を集め、僕の精神力を鍛えている。
だから今更、この程度のことで動じたりはしない。
市場の人も僕とマカを見て「えっ?」と一瞬驚くが、僕の顔を確認して、何かを納得したような様子なのだ……!
「――この仔猫、マカは新しい仲間なんですよ。こう見えて神獣なんですから!」
「またまた、アイスちゃんは冗談ばっかりなんだから〜」
むぅ、全く信じられていない。
だが下手に警戒されるよりはこの方が良いのかもしれない。
……僕はおばさんに別れを告げ、市場探索へと移行した。
「んにゃ、にゃにゃ!」
僕の耳元で騒いでいるマカを先導に、露店の浜焼きをあちこち買い巡る。
――もしかして、朝食の食材を買いに来たことを忘れているのだろうか?
露店での買い食いにはフェニィも満足そうにしているが、ここでお腹いっぱいになると、城に戻った時にルピィたちから怒られてしまうので気をつけよう。
間食はよいが、ちゃんとした食事は仲間全員で取るべきなのだ。
それが起きた時、僕とフェニィはイカの串焼きを食べていた。
マカは首を伸ばして僕のイカ焼きを齧っている。
食べこぼしが僕のローブをイカ臭くするのではないか? と心配していると――遠くから怒声が聞こえてきたのだ。
「――国の為に戦おうっていう俺から、金を取ろうってのか!!」
ならず者が露店のおじさんに絡んでいるようだ。
ナスル軍決起の日が迫り、ポトには血の気の多い男たちが集まってきている。
その中にはああしてトラブルを起こす者も少なくないのだ。
もちろん――困っている人を見過ごす訳にはいかない!
「お待ち下さい。タダで商品を持っていこうとは不届き千万ですよ」
「ア、アイス君……」
露店のおじさんは僕の顔を見て、ホッとしたような顔になる。
僕の顔を見て安心されるなんて……こんなに嬉しいことはない。
ナスル城の人たちではあり得ない反応なのだ。
「ガキが! 邪魔するんじゃねぇ、ブチ殺すぞっ!」
盗っ人猛々しいとはこのことだ。
これは殺害予告ということで、殺し返しても怒られないだろうか?
いや、露店を血で汚すのは迷惑だ。……そして悩んでいる猶予は無い。
なにせ男の怒気に反応して、マカがビリビリと電気を発し始めている――僕の身体も痺れ始めている!
フェニィは今にも魔爪を抜き打ちしそうだ――衛生所の抜き打ち検査より大騒ぎになりそうだ!
「――――ぎぇ!」
マカとフェニィに介入する間も与えずに、僕は無頼者を気絶せしめた。
さて、ここまでは良いが……僕は気絶した男を前に考える。
ここは狭い露店街だ。男を寝かせて置く場所は無い。
だが、わざわざイージスの詰所まで運ぶのも面倒だ――僕らは買い物の途中なのだから!
よし――ここはフェニィの新技の出番だろう。
「フェニィ、アレをお願いしていいかな?」
「……いいだろう」
きらん、とフェニィの目が光る。
ようやくこの時が来たとばかりにヤル気に燃えている。
僕はフェニィが新技の使用機会を待っていたのを知っていたのだ。
なんだなんだ、と市場の人たちが周囲に集まりだす。
……ギャラリーも揃ったことだ、刮目して見るといい!
僕が指定した地面に、フェニィが手を翳す――
――ボゴッ!
くぐもった爆発音と共に、地面から蒸気がもうもうと沸き上がる。
蒸気が少なくなってきた跡には、人間一人分くらいの縦穴が存在していた――そう、これは炎術による掘削だ。
これは、成功しているのでは?
そう思いながら……気絶した男の手を掴んで、縦に収納していく――
「――ピッタリ……ピッタリだよ、フェニィ!!」
両腕を上げた姿勢の男が、ぴたりと縦穴に収まったのだ!
まだモコモコと蒸気が出ていることもあり、まるで蒸し焼きにしているようではないか……!
「……当然だ」
そう言いながらフェニィは得意げだ。……それにしても凄い。
目視しただけの男の高さ、幅が、ぴたりとハマっているのだ。
男は目を覚ましても、腕一つ動かせないことだろう。
そして更に――男の指先が見える穴の上に露店のカゴを置いてみる。
「おじさん、バッチリですよ! これでイージスが駆け付けてくるまで営業に支障がないですよ!」
地面に寝かせたままだったならば、著しい営業妨害となったことだろう。
だが今はどうだろう……?
男は視界から消え、何事も無かったようになっているではないか!
「あ、ああ……ありがとうアイス君。君は涼しい顔をして凄いことをするね……しかし、まるで私の店が死体を隠ぺいしているようだが」
「ご安心下さい。ちゃんと帰り際にイージスの詰所に寄って、説明していきますので」
「そうかい? ありがとう、助かるよ。信じがたい顛末だが、アイス君の言葉なら納得してくれることだろう」
特に不思議な事は無かったはずだが……まぁ、いいだろう。
こうした草の根運動で、僕らの評判をどんどん上げていきたいものだ。
もうナスル城の無駄飯食らいなんて呼ばせないぞ……!
だが気のせいか、市場の人たちが僕らから距離を広げているような……?
――いいや、気のせいだ。
今回の僕らは一滴の血も流すこと無く〔超平和的解決〕を成し遂げたのだから!
明日の夜の投稿で、第五部は終了となります。
次回、八四話〔未来の展望〕




