八二話 広がる誤解
「――これは、アイスさんに団長。戻られたんですね、お久しぶりでさぁ」
早速、僕らは指無しさんたちの元を訪れていた。
「こんにちは。指無しさんもニトさんも、お元気そうでなによりです」
虚弱体質のニトさんが心配だったが、血色が良さそうで一安心だ。
ナスル城の豪華な食事が滋養に良かったのかもしれない。
「お久しぶりっス。……神獣討伐に行ってるって聞いてたんスが、大丈夫だったんスか?」
神獣討伐というより温泉旅行がメインだったのだが……外聞の問題もあるのか、ナスルさんの説明ではそう聞いていたらしい。
ニトさんが心配そうに尋ねるが、僕らにとって神獣はそれほど脅威を感じる存在ではない。
そしてなにより――
「大丈夫ですよニトさん。神獣の子とは、平和的に話し合いで仲間になってもらいましたので」
そう、決して武力で脅して引き入れたわけでは無いのだ……!
「神獣を仲間に……? 今はどうしてるんでさぁ?」
指無しさんの疑問に、僕は軽くフードを持ち上げた。
自分のことが話題になったのもあってか、マカがひょいと顔を出す。
……そしてすぐに興味を失ったように顔を引っ込める。
「へぇっ、可愛いっスね! 俺、猫好きなんスよおオボボボ……!」
「ッ……!」
不用意にマカに触れたニトさんが電撃を受ける――接触していた僕もビリビリ痺れる!
「マカ……フードの中で電撃は止めてくれないかな……」
「んにゃぁ……」
マカは申し訳なさそうな鳴き声をあげて、僕の肩に飛び乗った。
揺らしている尻尾がぺちぺち僕の背中に当たっているが、多分これは反省しているのだろう……。
「この畜生……」
セレンが恐ろしい声で恐ろしい事を呟いているが、聞こえない振りをする。
わざとではないのだから、寛大な心で許してあげたいものだ。
ニトさんを攻撃したというより、電撃の大部分が僕に流れていた気もしてるが、これも気にしない……。
「――ニ、ニトぉぉー!!」
僕より軽症で済んだはずのニトさんが起き上がらない。
……やれやれ、ロブさんといいニトさんといい、困った人たちだ。
「ちょっと下がっていてください、指無しさん」
ニトさんの体を揺すっている指無しさんに下がってもらい、速やかにニトさんの診断をする。
……ふむ、身体は軽度の火傷だ。
そして予想通り……心臓が止まっている。
電撃は心臓が止まりやすいのだろうか?
これは僕にとっても他人事ではない、気をつけるべきであろう。
僕が心停止してしまうと――その間にマカが殺害されてしまう可能性が高いのだから……!
「…………大丈夫ですか、ニトさん? ……しかし、初対面の相手の身体をいきなり触るのは如何なものかと思いますよ?」
「かはっ……はぁ、はあっ……俺は……?」
目を覚ましたニトさんは混乱の中にいたが、指無しさんが現状を簡潔に説明する。
「大丈夫か、ニト? ……まったく、軽々しく神獣に手を出すなんて何考えてやがるんだ。アイスさんも電撃に巻き込まれてたんだぜ?」
指無しさんの言葉が脳に染み込んだニトさんは、顔を青くして、そのまま流れるように土下座を決める……!
「すみませんしたっ……!」
むぅ……いつもながら綺麗な土下座だ。
何をするにしても、無駄な動きが無いというのはそれだけで美しいものである。
聞けばニトさんは〔土下座のニト〕と呼ばれているほどの土下座の達人で、毎日土下座の練習を欠かさないらしい。
ニトさんがどこに向かっているのかはさっぱり分からないが――これが一流の技であることは僕が太鼓判を押そう……!
マカもまた何か感じ入るものがあったのか、僕の肩からしゅたっと降りて――ニトさんの頭に右脚を置いている!
出会った当初の頃は殺されそうになっていたせいか、いつもびくびくと萎縮していたマカだったが……今や完全に調子を取り戻しているようだ。
仲間の一員として暖かい気持ちになり、思わず僕の口元は綻ぶ。
そんな時――人の気配がした。
辺りを見回してみれば、ナスル城で働いている侍女が恐ろしいものを見たような顔で硬直していた。
現状を客観的に見てみる。
大の大人が仔猫に土下座をしていて、それを見てニヤついている僕――これはまずい。
これではまるで、仔猫へ土下座をさせて笑っているみたいだ!
ただでさえ悪い僕らの評判が、ますます悪化してしまう……!
「まって、待ってください。あなたはきっと大きな誤解をしています!」
「わ、わたし、何も見ていませんから……!」
完全に誤解して逃げ去っていく侍女を、僕には追い掛ける事が出来なかった。
マカの後脚が僕の足の上に乗せられていたからだ。……もちろん物理的な拘束力は無い。
だが、この脚を外すことは僕には出来ないのだ。
そんな事をすれば、このナスル城で魔力災害が発生してしまう。
だからこそ、この小さな後脚が僕の足を縫い付けたように縛りつけているのだ。
そして、未だに土下座の体勢を崩さないニトさんも放ってはいけない……!
それにしても……ナスル城に来たばかりの頃は、侍女の人たちも積極的に話し掛けてくれたのに、今では酷い有様ではないか。
『アイス君、今度私と遊びにいこうよ』と、親しげに声を掛けてくれた侍女さんも、今となっては僕と眼も合わせてくれない。
僕と話している時には、まるで誰かに脅されでもしているかのように、きょろきょろと視線が泳ぎ、落ち着かない様子なのだ……。
しかし侍女さんを脅して得する人間など存在するはずもないので、僕の勝手な思い込みなのだろう。
……きっと僕のなにかが気に障ってしまったに違いない。
僕には同年代の友達が少なく、侍女さんと仲良くなれることを内心で期待していたので、残念という他ない。
――とにもかくにも、マカをなんとかするとしよう。
マカは何が気に入ったのか、ニトさんの頭を前脚でぽんぽん叩いて楽しそうにしているのだ……いくらなんでも失礼すぎる!
あと二話で、第五部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、八三話〔超平和的解決〕




