八話 初めての掃除
本日は四話投稿予定です。
それから何をするでもなく、二人でぼんやりとその場に立ち尽くしていたが、先に冷静になったのは僕だった。
漂う血臭が鼻を衝き、僕を正気に返らせたのだ――街中で殺人は不味い、と。
正当防衛を強弁するにはあまりに無理がある状況下なので、このままでは〔イージス〕に捕まってしまう。
なにしろ加害者(死亡した男達)は武器すら持っていない……!
治安維持機関〔イージス〕は突出した個人の戦力は少ないものの、なにしろその数が多い。
軍国首都に武力に秀でた軍人が集中している関係上、地方都市は治安が悪くなりがちだが、彼らイージスはどこの街にも村にも一定数存在し、各地の治安を維持している。
イージスのネットワークでお尋ね者扱いを受ければ、これからの旅に支障が出るのは必至だ。
これが街の外であれば、魔獣が死体を食い漁り〔証拠隠滅〕に貢献してくれたであろうが、ここは街の中だ。
少なくとも、僕らがコベットの街を出るまでは犯行が露呈しないようにしなければならない。
まず、すべき事は――
「……フェニィ、残念だけどやってしまったことは仕方がない。まずは彼らの所持金を回収してから、遺体を目立たない場所へ運ぼう」
もはや強盗殺人そのものであったが、零れた水は元には戻らない――今すべき事をするしか無いのだ!
弱肉強食。弱い者の肉は強者の栄養となる。
法治国家においては許されざることだと自覚しているが、今は最善と思える選択肢を選び取るんだ……!
「……炎術で、焼くか?」
「駄目! 絶対に駄目!」
思わず何かの標語のような調子で強く否定してしまったせいで――フェニィは心なしか、しゅん、としているように見える。
……だが仕方が無いのだ。
街中であれほどの爆発を起こせば、この人気の無い路地もお祭り騒ぎになってしまう。
「ま、まぁ近くの空き地の茂みにでも放置しておけば、僕らがこの街にいる間くらいは時間が稼げると思うよ。最近は気温も低いから遺体の腐敗も遅れると思うしね」
これが暑い時期であれば、遺体の腐敗臭で発見が早まっていたことだろう。
そういう意味では不幸中の幸いだった。
――それから僕らはバラバラになった遺体を空き地まで運び、路地に拡散した血液には水を撒いて薄めて誤魔化した。
「……意外と何とかなるもんだね。結果的には無一文だったところにお金が入ったし、悪いことばかりでも無かったね」
僕はフェニィを慰めるように、自分に言い聞かせて自分を騙すかのように、フェニィへと言葉を漏らした。
被害者の男達に対しては申し訳ないという言葉も生温いが、諦めるほかない。
――せめて被害者遺族に見舞金を置いていくべきだろうか?
しかし、被害者から強奪した金を遺族に置いていこうというのは、倫理的に如何なものだろうか……。
不測の事態はあったけれど、知り合いがコベットで店を出しているそうなので、その店を探しがてら、僕とフェニィはぶらぶらと買い物をする事にした。
唯一の持ち物だった魔獣の素材も売却済みであり、現在は完全に手ぶらなので都合が良い。
「結構人が多いね……」
思わず僕は呟く。
食料品や雑貨を扱う店が建ち並んでいるが、これまでの道中とは比較にならないほどの人口密度だ。
実際のところ、排斥の森からコベットに至るまで、ほとんど無人の道ばかりを歩いていたのだが……。
――しかし、ここで問題になるのはフェニィの体質(?)だ。
人混みで身体が接触する度に〔切り捨て御免〕としていたら、笑顔溢れる買い物スポットが惨憺たる舞台と化してしまう。……御免ではきっと許してもらえないことだろう。
そこで僕は先手を打つことにする。
「人混みではぐれるといけないから、手を繋ごうか」
人混み対策は間違いではないが、真の狙いはフェニィの攻撃手段を抑えておくことにある。
魔爪術は左右どちらの手からも出せるらしいが、咄嗟の場合には利き手である右手の爪を振るうはずだ――そう予想した僕は、さりげなく自分の左手を差し出す。
これでフェニィの猛威から街の皆を守れるはずだ……!
「……あ、ああ」
フェニィは珍しく動揺を言葉に出して、僕の手を握った。
短い付き合いではあるが、常に無表情なフェニィの感情表現をその〔瞳〕以外に表すのは珍しくて、僕は意外な感に打たれる。
……まだ自分から他人に触れることに慣れていないからだろうか?
しかし、少しでもフェニィの感情が表に出てくるのは喜ばしいことだ。
慣れてきた僕の目からみると、フェニィの瞳、という一部分だけに限って言えば雄弁で感情豊かに感じられる。……だが初見の人には変化が微細すぎて、何を考えているか全く分からないことだろう。
これから先、フェニィが失った時間を取り戻していくことを想像していると、気持ちが暖かくなり――――不意に、村に残してきた妹のことを思い出した。
よく妹と手を繋いで歩いていたので、その点でも連想が働いたのかもしれない。
僕が村を旅立った二年前――セレンが十一歳、僕が十六歳の時に別れるまで、ずっと僕の後を付いて歩いてきていた最愛の妹を思い出し、郷愁の想いで胸が一杯になってしまう。
もう二年も会ってないが、十三歳ともなればさぞ美人に育ったことだろう。
当時から、少女でありながら流麗風雅な容姿で、美しさの中に気品があり、その可憐な花唇から放たれる言葉には無条件で従ってしまいそうになる妹だった。
そんな絢爛華麗な妹は、なぜか村の人々には恐れられていたが……きっと神々しさ滲み出るセレンに、人々は畏怖に似た感情を抱いていたに違いない。