七七話 襲われる仔猫
大きな岩の上には、腹を見せて寝そべっている仔猫がいた。
「――うん。あれは神持ち、神獣だね。魔力の質からするとフェニィに近いし〔魔術系の神持ち〕だと思うよ」
「相変わらずアイス君は便利だね~。……さて、それじゃあボクが退治するよ」
「……私がやろう」
「ここは私が片付けましょう」
なぜだろう、皆の戦意が非常に高い……!
僕らを見ても逃げ出そうともせず、のんびりとお腹を舐めている仔猫に苛立ちを感じたのだろうか?
これは神持ちとして他者を舐めきっているからなのか、ただの猫の習性からくるものなのかは分からないが、こちらを小馬鹿にしているように見受けられるのは確かだ。
純粋な見た目だけなら神獣とは思えない。
どこにでもいそうな、綺麗な白い毛並みの仔猫である。
……だが、魔力の質がフェニィに近いだけあって、じくじくとした圧迫感のある魔力を小さな身体から放出している。
まだ幼い仔猫ではあるが、幼いこの段階であっても常人にとって脅威となることだろう。
――しかし、僕の仲間は勘違いしている。
当初の計画を失念してしまったのだろうか?
「皆、待ってよ。まだこの仔猫は何もしていないだろ? まずは話し合いを――」
「――えいっ」
ジーレが可愛らしい掛け声とともに、仔猫に手を翳した。
「ぶみゃぁっ……!」
まるで重い物を上に乗せられたかのように、仔猫が押し潰される。
…………というか、なんでジーレはいきなり攻撃しているんだ!
「こらっ! 駄目だろジーレ。まずは話し合いから、って言ったじゃないか」
僕はジーレを叱った。
ジーレは、なぜ自分が怒られたのか分からない様子で弁明する。
「だ、だって、よく分からない相手はまずこちらから攻撃しないと……」
なんなのだ、その攻撃的な思考は……テングレイ家の教育方針なのか?
――おっと、こんなことをしている場合ではない。
僕は小さな身体をぴくぴくさせている仔猫に駆け寄る。
ふむ、骨が何本か折れているようだが……命には別状なさそうだ。
僕は治癒術を行使して仔猫の治療を行い、通じるかどうか分からないままに仔猫に謝る。
「ごめん、ごめんね……酷いことをするつもりはなかったんだ」
「ふしゃーーっ!!」
それはそれは警戒していた。
治療を終えて動けるようになった瞬間、僕から距離を取り、尻尾を逆立てて威嚇している。
……自己満足にしかならないのでやらないが、土下座して謝りたい気分だ。
――この状況を打開する為には、切り札を出すしかない。
僕は懐から秘密兵器を取り出した。
封を開けた途端に広がる、濃密な魚の香り――そう、〔カマボコ〕だ!
それも今朝水揚げされたばかりのタイを使用して作った、僕自慢の逸品なのだ!
神獣が〔猫〕と聞いて、持参していたタイをカマボコに仕立てた判断は正解だったはずだ。
カマボコなら柔らかくて仔猫にも食べやすいだろうし、なにより猫は魚が好きと聞く。この魚の旨味が凝縮されたカマボコなら、仔猫も病みつきになること請け合いだ。
「お詫びと言ってはなんだけど、これをあげるよ」
僕はそう言いながら、特製のカマボコを近くの石の上に置いた。
仔猫は鼻をひくひくと動かし、カマボコに興味を持ったようだが、警戒して近付いてこない。
僕は毒が入ってないことをアピールする為に、カマボコをもぐもぐと食べる。
うん、プリプリした食感でとても美味しい。
……なぜかフェニィも、カマボコをもぐもぐ食べている。
僕が食べているのを見て、触発されたのだろうか……?
猫は少しだけ距離を詰めたが、まだその距離は遠い。
そこで僕は皆に合図して、全員で数メートル後ろに下がる。
猫は更に距離を詰めて……僕の眼を探るようにじっと見詰める。
僕は敵意が無いことを知らせる為に、ゆっくりと目を瞑った。
…………しばらくして眼を開けると、石の上のカマボコは姿を消しており、遠く離れたところで仔猫がむしゃむしゃとカマボコを食べていた。
――よし。
ファーストコンタクトは成功だ……僕の中でジーレの蛮行は無かった事になっていた。
ここからが交渉の開始だ――
「良かったら、これから僕らと一緒に行かないかな? 毎日美味しい食事を約束するよ。ここにずっといると悪い人間に襲われたりするし、悪い話ではないと思うんだけど……」
ここでは寝ていただけで全身の骨を折られる事だってあるのだ!
――仔猫は潜考しているかのように動きを止めている。
もしや、と思っていたが、やはり僕の言葉を理解しているようだ。
旅人が会話をしているのを聞いて、言葉を覚えたのだろうか?
問答無用で襲ってきた神獣〔サケ〕とは違い、この仔猫の瞳には理知的な輝きがある。
だが――野生動物より理性がないのが僕の仲間たちだ。
「もう面倒だし、退治しちゃっていいんじゃないかな~?」
「畜生の分際で、にぃさまに無礼な態度ですね……私が殺しましょう」
「ダメだよー! ジーレがやっつける約束だも~ん」
あぁ……なぜ僕の仲間たちは、これほど好戦的なのだろう。
これほど愛らしい仔猫を愛でようという気持ちが、微塵も感じられない……女性は可愛い物が好きだというのは、ただの俗説だったようだ。
……フェニィだけは、神獣よりカマボコに興味が移ったらしく、マイペースにもごもごしているが。
こんなことなら気絶しているレットを覚醒させて臨むべきだった……。
明日も20:30頃に投稿予定。
次回、七八話〔脅される仔猫〕




