七四話 秘められた格差社会
「うん、いいね。バッチリだよフェニィ!」
僕の眼前には一辺が一メートルの炎の箱がある。
今日の僕らは町外れに鍛練に来ていた。そして、近頃魔力操作がますます巧みになってきたフェニィに、炎術の練習を解禁していたのだ。
以前の炎術は雲まで届くような火柱が上がっていたが、日々の鍛練が実を結んだのか、今や上下方向の制御を見事にこなしている。
「これだけのエネルギーを緻密に制御出来るとは見事ですね」
セレンは、同じ魔術系の神持ちとして思うところがあるのか、分析するような目で見ながら感心している。
同じく魔術系の神持ちであるジーレは、炎に触ろうとしてルピィに止められている……。
「ダメだよジーレちゃん。あれに触ったら、指無しになっちゃうよ?」
……もしかして、副長の指無しさんを揶揄して言っているのだろうか?
もしもそうなら、とんでもなく失礼な話なのだが……。
今日は僕らの良心たるレットはいない――レットは兵士さんたちに調練をつけている。
僕らも練兵場に行こうと思ったのだが、ちょうどいい機会だと思い直し、こうして町外れでフェニィの炎術を確認しているのだ。
なにしろ僕らが練兵場に行くと、波が引くように兵士さんたちがいなくなる。
……気配りが出来る僕としては、兵士さんの邪魔にならないように気を使っているという訳だ。
「本当にフェニィは成長したよ、これはお祝いしなきゃね。……たまには、何か形に残るものが良いかな」
皆から四方八方の称賛を受けて、ふんぞり返って倒れそうなくらいのフェニィだが、今回ばかりは調子に乗るだけの価値はある。
「ふふん。形に残るものというなら良いモノがあるよ?」
僕の思いつきの発言に喰らいついたのはルピィだ。
まるで以前から機を窺っていた、といった勢いに一抹の不安を感じる……。
「――ここ、ここ。魔昌石の専門店だよ!」
魔昌石――淡く色が付いた水晶のような石で、とても高額で取引されている石だ。
水晶や宝石より遥かに高価なその理由は〔魔力を蓄積出来る〕というその特性にある。
……フェニィによると、洗脳術を受けていた頃に〔命令の書き換え〕に利用されていたのが魔昌石なのだ。彼女の膨大な魔力は、あの〔悪魔〕のような例外を除けば容易に干渉出来るようなものではない。
それを可能にしたのが、魔昌石による補助だ。
術者の魔力に〔魔昌石に蓄積された魔力〕を加えることで、洗脳術の命令の書き換えを可能としていたのだ。
――しかし一般に市販されている小粒の魔昌石では、火術が一回使える程度にしか魔力を蓄積することが出来ない。
しかも魔昌石への魔力供給は、かなりの手間と時間が掛かる。
例えるなら、注ぎ口が極小の大きな瓶に、バケツで水を入れるようなものだ。
魔力量が多く魔力操作が得意な僕でも、小粒の魔昌石に魔力を満たすのに一週間はかかる。
フェニィに対応出来るような魔力を貯えようと思えば、巨大な魔昌石を要する上に、何年もの時間がかかることだろう。
だがこれを国の事業で行うとすれば、不可能に思えることも現実味を帯びてくる。
実際、軍国や帝国は〔国宝〕として巨大な魔昌石を所有しているし、術者など掃いて捨てるほどもいるはずだ。
そんな事情もあるのでフェニィに魔昌石はまずいのでは、と危惧していたのだが――まるで気にした様子も見せずに、物珍しそうに魔昌石を眺めている。
さすがは、良くも悪くも過去にこだわらないフェニィといったところか……。
そして僕には、フェニィの様子以上に気になる事があった――
「――ジーレちゃんはこの色とか似合うんじゃない?」
「ジーレはセレンちゃんとお揃いが良いな~」
……フェニィのみならず、他の皆も魔昌石を買おうとしているようなのだ。
フェニィ一人だけに買ってあげるというのも不公平なので、他の皆にも僕が買ってあげるべきだろう。
だが……問題がある。
「その、僕……そんなにお金が無いんだけど……」
そう、先立つものが無いのだ……!
なんといっても魔昌石は高い。小粒の魔晶石とはいえ、一般人の僕がほいほいいくつも買えるようなものではないのだ。
そんな僕に、ルピィが太陽のような笑顔で言い放つ。
「何言ってるの。アイス君には――ナスル王がいるじゃない!」
なんということを……ただでさえ僕らはタダ飯喰らいの居候なのに、さらにこの上、高額な嗜好品の金まで出してもらおうと言うのか……。
よくも言えたものだ――しかもナスルさんの娘の前で……!
だが、よくよく考えてみれば……希少な神持ちを戦力として雇う訳である。
それを考慮するなら、これくらいの出費は許容範囲なのか?
「……うん、そうだね。ナスルさんに頼めば、一人に一つくらいは買ってもらえるかもね」
それを聞いたルピィは呆れたようにため息を吐いて、「分かってないなぁ~」と言いたげに指をちっちっちっ、と振ってきた。
「勘違いしちゃあいけないよ、アイス君。ボクらはナスル王の部下でもなんでもないんだから、こんな高額なモノを貰うわけにはいかないよ。ボクらはあくまでもアイス君に付いてきてるだけなんだからね」
それに同意するように頷く皆――ジーレもさりげなく混じっているが、君はナスルさんの娘だろう……!
――騙されてはいけない。
ルピィは良い事を言っている風だが……これは罠だ。
他の面々はルピィの言葉に純粋に同意しているようだが、ルピィの目的は違う。
これは、僕一人に人数分の魔晶石代を払わせるよう仕向けることによって、僕一人にナスルさんへ金を無心させようという策略なのだ……。
そう、つまりは僕を困らせる為だ!
ルピィがこんなことを言い出さなければ、皆でナスルさんに資金援助をお願いしに行くという流れが出来たはずなのに、このままでは僕一人が、高額な嗜好品の代金の為に金を無心することになってしまう――とんだヒモ野郎ではないか……!
だが、ルピィの策謀だと分かっていても、仲間の期待するような眼を裏切ることは出来ない。
「……今日は見るだけだよ」
僕には、そう言うだけで精一杯だった……。
――――。
「ナスルさん、折り入ってご相談があるのですが……ええ、金貨を五百枚ほど頂けませんか? いえ、貸して下さいとは言いません。返す当てが無いのにお金を借りるなんて不誠実ですからね! だから僕はこう言うのです――金貨を五百枚下さい、と」
快く大金をもらい受けて部屋を出た僕は、廊下の壁に背を預けているルピィと出会った。
部屋でのやり取りを聞いていたらしいルピィは、「相変わらずアイス君は期待を裏切らないね」などと、含みのある笑顔で僕の背中を叩いてきた。
僕が首尾良く金を得たので感心しているのだろう。
誠実に接すれば、相手も誠実に返してくれるというものだ。
ルピィにも僕を見習ってもらいたいものである。
ただ……ナスルさんは、僕の要求が金と分かって、むしろ心から安堵している様子だったのが気に掛かる……どんな要求をすると思われていたのだろう……。
――――。
僕らは再度店を訪れていた。
この店では、魔昌石を選んだ後に、ネックレスや指輪などの装飾品の種類を選んで――魔晶石に合わせて加工してもらう、という高級店らしい受注生産となっている。
女性陣は装飾品の種類の多さに迷っているようだ。
「これかこれだと、アイス君はどっちが良いと思う?」
「うーん、戦闘中に邪魔になる可能性も考えれば、ネックレスが良いんじゃないかな」
「…………アイス」
ルピィに意見を求められて答えていると、意外にも熱心に選んでいるフェニィからも声を掛けられた。
フェニィにも同様にネックレスを勧めようとして――ふと気付いた。
フェニィの場合だと『ネックレスがお胸様の上に鎮座なされるのではあるまいか?』ということに。
胸の谷間に挟み込めばいいのかもしれないが、それは異物感が気になったりしないのだろうか?
僕に胸は無いので分からないが、脇の下に体温計を挟み込んだままでいるような、そんな異物感があるのではないか?
そんな事を熟考した上で、僕はフェニィに答える。
「……フェニィはネックレスより指輪の方が良いんじゃないかな」
「――ちょっと!? なんでボクがネックレスで、フェニィさんが指輪なの!」
僕の発言に過剰反応したのはルピィだ。
なんで、と言われても、持つ者と持たざる者の差としか言えないが、そんな事を口に出す訳にはいかない……。
だが、半ば無意識に二人の胸部に視線を送ったのが失敗だった。
当然ルピィは僕の意図を察知し、顔を怒りに染めて口を開きかける――そうはさせない、ここは機先を制するんだ!
「待ってよルピィ! ルピィは気にしすぎだよ。胸が小さくたって良いじゃないか。男と間違えられたって良いじゃないか。『ルピィ君』と呼びたいやつには、そう呼ばせてやれば良いんだよ!」
「……ボクは今まで『ルピィ君』なんて呼ばれたこと無いんだけど……アイス君はそう呼びたいんだ? いいよ、そう呼んでみなよ……?」
ひぃっ! 余計な事まで言ってしまった!?
そう呼んでみなよ、と言いつつ、呼んだ数だけ殺されそうな殺気を発している。
でも僕には命が一つしかないから、一度呼んだら終わってしまう……。
明日も夜に投稿予定。
次回、七五話〔朗報〕




