七三話 犯人糾弾
「――そうだよ。アイス君が女装するとセレンちゃんソックリなんだから」
「にぃさまが女装ですか、見てみたいものですね」
「ふふん。こんなこともあろうかと――ボクは武器を持ち歩いてなくても、アイス君用のウィッグはいつも持ち歩いてるんだよ! アイス君、ちょっと来てくれる?」
「嫌だよ……」
人当たりの良いルピィが早くもセレンと打ち解けているのは喜ばしいが、ろくでもないことをセレンに吹き込まないでほしい。
というか、なんで旅の最中に武器を持たずにウィッグを持ち歩いているんだ。
まったく訳が分からない……!
「これがウィッグですか」
「いいでしょ? これはね、アイス君の散髪した髪の毛から作った〔天然モノ〕なんだよ」
「良いですね……私も欲しいです」
「もぉ~、しょーがないな~。セレンちゃんとお近付きの印にあげるよ。予備用にもう一つあるしね!」
「嬉しいです。ありがとうございます、ルピィさん」
なんと!?
人から何をプレゼントされても表情一つ変えないセレンが、あんなに嬉しそうにウィッグを抱き締めている……!
やっぱりルピィは凄いな。人が喜ぶツボをしっかり分かっている。
……それが僕の髪の毛じゃなければ、もっと素直に称賛出来たのだが。
「セレンちゃんだけずるーい!」「……」
ジーレとフェニィもなぜか欲しそうにしているが、あんなものを貰ってどうするつもりなんだろう? ……完全にその場のノリだけで欲しがっているに違いない。
そしてあのウィッグに、予備まで存在していたことにも驚きを禁じ得ない……。
ルピィは「また今度ね」と安請け合いしているが、あのウィッグを作る為に、僕が数カ月の間、散髪を禁止された記憶があるのだが……。
「レット、僕らがポトに戻ったら――もう、一カ月もしないうちに王都に向けて軍を動かすことになると思うんだよ。その間に、骨休めで温泉とか行ってみたくない?」
「骨休めって……アイスたちはいつも休んでないか?」
「失礼だな、鍛練も結構やってるよ。僕らの場合は、直前で根を詰めすぎて怪我をするよりは、ほどほどで抑えた方が良いっていう判断なんだ。……ナスルさんを驚かせようと思って、こっそりジーレの稽古もつけてあげてるんだよ」
「アイス、お前それ……いや、ジーレちゃんも神持ちだし、最低限の稽古は必要か。力の加減が出来ないと日常生活で困るしな……」
レットは何やらぶつぶつ言っている。
ポトに帰るまでにジーレを〔立派なハンター〕にするという、ナスルさんと男の約束をしているので最低限で良いなどと手抜きは出来ないのに。
「俺はナスルさんから『時々でいいから、兵士たちの訓練を見てやってくれ』って頼まれてるから、あんまりポトを離れるのもなぁ……」
「ええっ、何それ! 僕はナスルさんにそんなの言われたこと無いのに!?」
もう二カ月以上滞在している僕は言われたことないのに、なぜ来たばかりのレットがそんな事を……まるで僕が信用されていないみたいだ!
「それはアイス、お前に頼むと他の仲間が付いてくるからだろ……。
それに聞いたぞ、ナスル軍のトップだった人がアイスに殺されたって」
「だ、だ、誰がそんな事を!?」
ひどい! なんでそんな悪質なデマが蔓延しているんだ!?
裁定神のレットが騙されたということは、それを話した本人もそのデマを信じているということだ。
『オレハ、イキテルゼ』――そう、心のロブさんだってそう言っている!
オリジナルロブさんだって、昔と変わらず元気にしているのに……!
それに百歩譲ったとしても、殺しかけたのはフェニィであって僕ではないのに……これはあらゆる意味で看過出来ないデマだぞ。
「レット、それは悪質なデマだよ。短剣神のロブさんは、昔も今も変わらず元気にしてるよ。……ねぇルピィ、そうだよね?」
「昔と変わらないかはともかく……たしかに短剣神は生きてるね。ボクも保証するよ」
「ルピィさんまで……ということは本当なのか」
レット曰く……僕は時々、嘘を真実と思い込んで喋っているので騙されてしまうそうだ――ふふ、レットの為に磨いた技術なのだから当然だ!
なにしろ相手の嘘が全て見抜けるというのは、生きていく上でかなりのストレスなはずなのだ。
そこで僕が、本当のような嘘を会話に織り混ぜることで、レットのストレス軽減に一役買っているというわけである。
いわば、友人としての粋な計らいなのだが、こうした場合に信用してもらえないのは困ったものだ……。
「短剣神って、パパの護衛のひと~?」
「そうだよ、ジーレちゃん。アイス君に生意気な態度を取ったから、フェニィさんにお仕置きされたんだよ」
「にぃさまに生意気な態度ですか……良い仕事をしましたね、フェニィさん」
フェニィは「そうだろう!」と偉そうな態度を取っている――さりげなく僕に責任を負わせようとしているけど、明らかに私怨だったじゃないか……!
セレン、こんな事でフェニィを褒めたら駄目なんだ。……と思ったが、仲良くやっている空気に水を差すのは憚られたので黙っておいた。
――――。
「ナスルさん、只今戻りました。こちらが、僕の可愛い妹のセレンです!」
「こんにちは。にぃさまがお世話になっています」
僕らはナスル城へと帰還し、早速ナスルさんにセレンを紹介していた。
「あ、あ、ああ……本当に母親のサーレさんと瓜二つなのだな……」
母さんとセレンがあまりにも似ているせいか、ナスルさんのトラウマを刺激してしまったようだ。
「……たしか、セレンさんは娘のジーレと同じ歳だったかな?」
「――――」
――無視!
セレンはちらりとナスルさんを一瞥しただけで、完全に無視している。
分かりきった事を聞くな、ということなのだろう。
セレンは人見知り激しく気難しい子なのだ。
ここは兄として、僕がしっかりフォローしなくては――
「そうなんですよ。セレンとジーレはすっかり仲が良くなって、今や親友と呼んでも過言ではないくらいですよ」
ナスルさんは疑わしげな眼で僕を見ている……まったく、ナスルさんは疑り深くていけない。
「ねぇジーレ、セレンとはもう親友だよね? マブダチだよね?」
僕の発言を後押しするように、セレンもじっとりとジーレを見詰めている。
「う、うん……そうだよ、親友だよ……」
――無理矢理言わせたようになってしまった……!
本当に仲良くなっているのに……。
ナスルさんはますます疑わしげな眼で僕を見ているではないか。
まぁ、いい。たしかに親友というのは少し盛ってしまったが、人付き合いの悪いセレンにしては、かなり良好な関係であることは事実だ。
それはいずれ、ナスルさんにも分かってもらえることだろう。
それより、もっとセレンの良いところを伝えないと――
「それから出発前にもお伝えしましたが、セレンが団長を務めている〔指無し盗賊団〕の人たちがポトにやって来るので、よろしくお願いしますね。最大で千人くらいになるらしいです」
「千人……随分多いのだね」
「そうなんです、セレンは凄いんですよ! でもご安心下さい。人数は多いけどしっかり統制は取れているらしいので。セレンが『死んでください』と言えば、喜んで死ぬ人がいっぱいいるらしいですから!」
「そ、そうかね…………」
ナスルさんは感服のあまり言葉に詰まっているようだ。
ルピィが、なにやらニヤニヤしながら僕らを見ているが、いつものことなので気にしない。
ルピィといいフェニィといい、ナスル城に厄介になっているのに、帰ってきてもナスルさんに挨拶一つしないのだから困った人たちだ……。
常識に欠けた二人の代わりに、僕がしっかりしなくてはいけないな。
……少し目を離した隙に、〔常識人コンビ〕の片割れであるレットは、ナスルさんと親しげに何かを話し込んでいる。
僕より扱いが上等な気がするが、レットなら納得せざるを得ない。
さて、レットは置いておいて、僕にはこれからやることがある――
「――アイス君、あの男だよ」
練兵場でルピィが指を差した先には、一人の兵士がいた。
そう、彼こそが、僕がロブさんを亡き者にしたというデマを広めた張本人だ。
ルピィの手にかかれば噂の発信源を突き止める事など――お茶の子さいさいだ!
僕はともかくロブさんの名誉にも関わることなので、城に帰るやいなや、デマの払拭に来たという訳である。
「すみません、ちょっといいですか? ロブさんに関する噂について、ちょっとお聞きしたいんですが?」
「――なんだよ、うええっ!? な、なんであんたらが」
この反応。
噂に心当たりがあるからなのか、はたまた評判の芳しくない僕らに声を掛けられたからなのか……いや、ルピィの調査に誤りがあるとは思えない。
証拠を握っているぐらいの気持ちで強気にいこう――
「ロブさんを貶めるような噂を流すのは止めてもらえますか? 最近でこそ練兵場に顔を出していないですが、ロブさんは昔も今も変わってないですよ。……ですよね? そうですよね?」
僕はだんだん気持ちが熱くなってきて、身を乗り出すように詰め寄ってしまう。
さりげなく、ロブさんが昔から変わっていないことを強調するのも忘れない。
「ひ、ひぃっ……すみません、じ、冗談のつもりだったんです。隊長が生まれ変わったみたいに別人みたいになったもんで……か、か勘弁してくださいぃ」
「――こらこらアイス君、落ち着きなよ。怯えてるでしょ」
ルピィに叱責されて冷静になった。
僕の仲間たちが勢揃いしているのもあってか、尋常でないくらい怯えているではないか……。
このままでは、ますます僕らの評判が悪くなってしまう……!
「すみません、つい興奮してしまいました……本当にすみません」
「ひぃぃ、い、いいんです。あ、ああ……あたまを、上げてください、許してください!」
許しを乞う僕に対して許しを乞う兵士さん。事態は混迷を極めていた。
……だが事態は、更に混沌の坩堝へと突入しようとしていた。
ミスターカオスこと、混沌の主〔ロブ=ハイゼルト〕の登場によって――
「アイス。オメェ、オレノタメニ……」
そう、僕の気が兵士さんに向いているうちに、ロブさんも来ていたのだ。
ロブさんは感激して、目に涙を滲ませている……。
本人に聞かれているとは思わなかったので、僕は途端に気恥ずかしくなった。
なにせ、ロブさんの為というのは間違いではないが――半分くらいは僕の為なのだ!
「いえ、差し出がましいことでした。ロブさんが変わってしまったという噂を耳にしまして、つい……」
ロブさんは「アリガトヨ……」と僕の肩を軽く叩き、兵士さんたちに向き直り大声を上げた。
「ヨシレガキテカカクハ――!!」
「……」
「…………さっ、僕らは食事に行こうか?」
「そ、そうだね、アイス君」
僕らは多くを語らず、足早に練兵場を去った……。
明日も夜に投稿予定。
次回、七四話〔秘められた格差社会〕




